アンドロイドは眠りにつく

 起動したシルヴィアは、私の部屋を見て回った。大して面白いような構造ではないのだけど、好きに動いてもらう。

 ああ、そろそろ部屋を変えてもいいかもしれない。せっかくシルヴィアも来たわけだし。部屋の端末を持ち、コードを入力する。「お待ちください」の文字と共に部屋全体にノイズが走り、「完了しました」の文字と共に部屋が変わった。ちょっとレトロな西洋風の部屋にしてみた。今までの部屋より窓が大きくなって、ベッドは天蓋付きで、壁には絵画を取り付けてあり、完璧だ。

「アリス、これはどういうこと?」

「部屋?シルヴィアが来たし、変えようと思って。今までデフォルトだったし」

「そんなことができるの?あれ。ああ大変よアリス。早く私を専門店へ連れて行って」

 急に沈んだ声で言うので、不安になって手元のスマホで近場のドール修理店を探す。意外と近くにあったので連れて行くことにした。

「あ、靴ないんだった」

「アリス、そんなのいいから、早く」

 シルヴィアが急かしてくるので、仕方なく彼女をお姫様抱っこして修理店まで走る。私の靴を履かせればいいと気づいたのは、修理店についた時だった。いやどっちにしろサイズが合わなさすぎて歩けやしなかっただろう。気づいても遅いし、意味がなかった。


 □□□


「はい、終わりましたよ。ソフトの方は新しいのを組み込みましたんで」

「ソフトですか?」

「あ、もしかしてドールを買うのは初めてでしたか?」

「はい」

「今の人でわかりやすい例えだと、その手に持ってるスマホですかね。OSが古いまま放置されてて一回も更新されていない状態でした。だけど今そのOSを更新して普通に使える状態にした感じです。」

「……なるほど。ありがとうございます」

 会計をすませて、シルヴィアを受け取る。そのレジ横でいくつか靴が売っているのを発見したので。シルヴィアに履かせてみる。ショートブーツやストラップシューズ、パンプスといろいろあったが、どれもサイズが合う物がなく、端の方にあった黒のブーティが奇跡的にサイズが合ったのでそれを購入した。

 靴下は一緒に売っていなかったので、素足にブーティというなんとも微妙な仕上がりになってしまった。帰りに適当なとこで買わなければいけない。

 修理店を出て、スマホを開いて近くの店を検索する。と、歩いて五分くらいのところにショップがあるようで、そこに歩いて行くことにした。自宅とは逆方向に歩かないといけないが、徒歩で行けるような場所にあるショップはそれぐらいしかなかったのだから仕方ない。


「わあ、たくさんあるのね」

 ショップに入って早々シルヴィアが感嘆の声を上げた。あちらこちらに視線がうろうろしているので、好きなのを選んできていいと告げると、解き放たれたようにおしゃれな服が置いてある場所へと走り去る。なんて行動が早いんだ、と関心しながらその場にある服を眺めた。

 そして二十分も経たないうちに、一着の服と靴下を持って、駆け寄ってくる。赤を基調としたワンピースで、フリルはあまりなくシンプルな作りになった服のようだ。着たら似合うだろうなあと思えるようなチョイス。ちらりと値札も見たがそこそこに押さえてあってそこまで高くはなかったので、一安心である。

「帰ろっか」

「ええ」

 会計を済ませた服が入った袋を持って、一緒に店を出る。新しく入手した靴下を履いたシルヴィアは完璧だった。


 家について、だらだらと過ごす。シルヴィアは帰ってきて早々に部屋の探索を始めて、即座に私の視界から消えた。見た目少女なんだけど中身が幼女のような気がしてくる。そんな考えを振り払いながら、放り投げられた説明書を読み始めた。

 最初のページはまず初めてドールを買う人用の説明だった。私は確かここを読まずにまず起動するページを読んだな……。簡単なドールの説明と当時のドール像が書かれていた。次のページは、起動方法が書いてある。その次のページは、ドールの充電方法について。

「えっ」

 充電に唾液はいらないらしいが(そもそも唾液がいるといっても最初の起動時だけのようだ)、軽い接触はいるらしい。説明書にはおでこ辺りにキスが好ましい!とでかでかと書かれている。なんでこんなにマニアックに作ってあるんだと説明書を投げたい気持ちになりながらも、そのページを読み飛ばす。

 次は、このシリーズのドールに関する知識がずらりと並んでいた。独自のOSとAIが搭載されているこのシリーズでは、食事や排泄といった類いのことは必要とせず、古いアンドロイドのようにオイルを必要とすることもなく、自然光や電気の光といったもので充電を可能にした新時代のドール―――。それにマニアポイントを大量につけたもの、ということだ。確かにこれは時代が早すぎたのではないか、と思ってしまう。一部の人にはめちゃくちゃウケそうではある。このマニアさが嫌だといって、他のドールを買う気にもなれないし。私はこのシルヴィアが欲しかったわけで。

 ぱらぱらと説明書を流し読みしていると、そろそろいい時間になってきた。寝ないと。明日も仕事だ。

「シルヴィア、寝るよー」

「……アリス、わたしまだ寝たくない」

「……。だめ、寝るよ」

 少し不服そうな顔をしながら、しぶしぶといった感じでシルヴィアは頷いた。ドールってここまで感情豊かなものなんだろうか。マニア向けそうなドールだしそういう機能もあるのかもしれない。

 シルヴィアを天蓋付きベッドに横たわらせて、おでこにキスを落とす。ゆっくりとシルヴィアのまぶたが落ちていく。あのショーケースで見た彼女と同じだ。呼吸音も全くしないし、目は硬く閉じられている。ああ、あの彼女がここにいるのだ。

 ――――わたしの部屋に、ここに、全てがある。

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