スタートさせるには

「…………」

 少女を起動させるには、私の声と唾液が必要だった。最初に出回ったドールのシリーズの一部にそういうマニアックなのがあるとは知っていたけれど、ほんとに存在していたとは。

 ぽちぽちと片手でスマホで検索する。よく使う通販サイトの検索ボックスに、シリーズ名、スペース、唾液で起動と入力してエンターを押す。ずらりと並ぶドールたち。値段もふっかけてあるのから引くぐらい安いのまで様々だ。同じ髪色の子を探す。下へ下へとスクロールすると、銀色の髪の子が映る。クリックしてみると、売り切れと表示されており、最後に取引があったのは二十年前の日付。つまりそれ以降取引はないということだ。人気がなかったか人気がありすぎたかのどっちかだろう。

 やめておけばいいのに、通販サイトを閉じて、ブラウザの検索ボックスに先程と同じ言葉を連ねて、銀髪を付け足す。で、エンター。

「…………うわ」

 思わず引くぐらいの金額が表示されている。画像欄には私がさっきじゃがいもの箱で持ち帰った同じ少女が映っている。検索結果欄には、ずらりと「二度と入手できない」の言葉が並ぶ。ひとつのブログをクリックする。

「……ドールA0039シリーズは今となっては廃盤……、シリーズの名前通り三十九体しか作られなかった、しかも今ではその大半が廃棄されている……。現在残っているのはほぼないといっていいだろう……」

 ブログには、ドールA0039シリーズについての事が書いてあった。

 大半が廃棄されている、といっても新品の状態のままであの店にあったこの少女はなんなのだろう。ちらりと箱から出した少女を見る。

「唾液かあ…………」

 柔らかそうな、赤い、唇。これにキスをしていいのか。でもそれが起動方法なら大丈夫、大丈夫。何が大丈夫なのかもわからないけど。

 私は少女の全てが欲しかったわけで、起動させないまましまうために買ったわけじゃない。だから、起動させよう。

「…………、あ、なたが、マスター?」

 唾液を含んだ途端に、少女は起動した。硬く閉じた目を開けて、私をまっすぐ見ている。赤と紫が混じった不思議な瞳をした少女に、私はそうだと答えた。

「じゃ、あマスター。お名前を、教えて。私の」

 よどみなく自分の名前を言おうとして、口を開いたまま止まった。最近のドールは最初から名前が決まっているものが多かったので、その先入観でこのドールにも既に名前があるものだと思っていたのだけど。もしかして、ないのか、名前。

 うっかりしていた。この場で適当な名前をつけてもいいが、そんなのでいいのか、よくないでしょ。名前、名前―――。

「…………シルヴィア」

「私の名前はシルヴィアなのね」

 シルヴィアの手が伸びて、私の頬に触れた。銀色の髪がさらりと揺れて、赤と紫が混じった瞳が近づく。口の中に柔らかいものが入ってくる。口内を私以外が荒らす感覚、不思議と不快を覚えることもなく。ぬるりと出て行く。

「マスター、あなたのお名前は?」

「アリスよ」

「アリス、アリスね。いいお名前だわ、これからよろしく」

 口元に私の唾液が残るシルヴィアは、怪しく笑った。


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