ドール
幼い頃見たショーウイドウ。あのころよりも、もっと、寂れた商店街に私は立っている。あの日と変わらないままの少女は、やっぱり木の椅子に力なく座って、目を硬く閉じていた。
あれから月日が経っているというのに、埃のひとつも見られないショーケース。黒を基調としたワンピースはまるで新品のようで、しわもよれもなく、昔のままながらの綺麗さを保っている。前と変わらず少女は靴を履いておらず、艶めかしい白い足は投げ出されていた。その足下にあるプライスの紙には埃が積もっていて、そこはとくに触っていないことが窺える。少女だけ大事に飾られているようだった。
長い月日を同じ姿で同じ格好でショーケースに飾られている少女は、人に近づきすぎた形をした機械だ。そう、生き物ではなく、人間ではなく、ただのAIが搭載された人に近い形をしている機械。機械に見えないけれど機械であり、人のように見えて人以上の知能を持つアンドロイド。人に近いけれど、人ではないような美しさを持った機械。それに幼い頃の私はどうしようもなく惹かれたのだ。
ギギッと嫌な音を立てながら、時々止まりながら、この店の古びたドアを開けた。電気もついていない暗い室内が現れる。外からの明かりでかろうじて店内が見えるが、薄暗い店内を照らせるほどの光量はなく、目をこらして見るも人の気配はなさそうだった。息を吸って、声を出す。
「すみません、誰かいませんか」
想像していたよりも小さな声が出る。私の声はすぐに空間に溶けてしまったかのようだった。最初のような静寂が訪れる。もう一度、声をあげようか、どうしようか。
迷っている間に、コツコツと階段を降りる音が。突然の音にドキリとした。私がまず先に声を上げたというのにだ。理不尽な自分に笑いつつ、その音が止むのを待つ。
ぬるりと現れたのは、生きた老人だった。おそらくここの店主だろう、その老人は私を見て口を開いた。
「…………お嬢さん。何をお求めかな」
言い終わると同時に店内に明かりが灯る。最近よくありがちな明るいものではなく、辺りを優しく照らすような光だったおかげで、目が潰れずにすんだ。それでも急な明かりで、目を細めながら、私は答えた。
「ショーケースに入ったあのドールが欲しいのですが」
店内からも見えるようになっているショーケースを指さす。少女は後ろを向いたままだ。
老人は黙って、鍵を取り出す。鍵穴に鍵をさして、キッとガラスを横にスライドさせる。老人は後ろを向いたままの少女を指さして、
「こちらでよろしかったかな。価格は、これぐらいにしかならんが」
いつの間にか持っていた電卓をはじいて、見せてくれる。
少女の足下にあった価格よりもずいぶんと安い数字が並んでいた。あまりにも安い金額で、戸惑っていると、老人はさらに値引きをした。
「これなら?」
「えっ、あっ、これで買います!買います!」
ぼんやりしているとどんどんと安くなってしまいそうだったので、慌てて私はその金額で了承する。用意していたお金の半分くらいで済んでしまった。余ったお金で他の衣装でも買おうかな、と思いながら老人にお金を渡す。
老人はそのお金をレジにしまい、ショーケースから少女を運び、私に渡してきた。
「一日に七時間の充電をすればいいだけだから。最近のと違って食べ物や水とかは受け付けんから注意してくれ。説明書はこれ。」
少女を抱えたまま、なんとか薄い説明書をもらう。想像以上に軽い少女のおかげで、持ち帰るのは簡単そうだが…………。
「……あの、何か箱か何かありませんか」
「あー……。それが入るサイズはちょっとないな。うーん、ちょっと待っててくれ」
老人は階段前の扉を開けて、引っ込んでいった。ガサゴソと音がする。ちらっと見えたがいろいろなものがしまわれていたように見えたので、奥が倉庫代わりになっているのだろう。よさげなものがあればいいんだけど。
少女を抱えたまま、老人を待つ。少女をよく見たいのだけど、さすがに買ってすぐにそんなことをするのは躊躇うし、かといって私が幼い頃から欲しかったものを手にしてそのまま待てというのもなんともいえないし。
うだうだと考えている間に、ガチャという音と共に老人が扉から顔を出す。じゃがいも、と大きく書かれた箱を持って。まさか。
「これぐらいしかないがいいか?」
予想通りの言葉を吐いたのだった。
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