オールド・ドール
武田修一
追憶
母とはぐれた私は、薄暗くなった街を歩いていた。まったく土地勘のない場所で、うろうろするのはいけないとは思ってはいても、薄暗いところにずっと母が来るまで待つのも嫌で、明かりのある方へ明るい方へと歩く。ぼんやりとした明かりが見えてきたので、足早にそちらへと向かう。
アーチを描いた天井がかかったまっすぐな道がある場所にたどり着く。たぶんここは商店街だ。昼間と違って人は全くおらず、がらんとした道に、天井から吊り下げられた電球の明かりと、店内からの明かりが漏れている。店は閉まっており、薄いガラスの向こうに飾られている商品を照らしていた。化粧品に、バッグ、アクセサリーと飾られている商品は様々だ。なんでもあるんじゃないかと思うぐらいに商品が並んでいる。しん、とした商店街で、私の足音だけが不規則に響く。
「あ」
思わず声を漏らした。
ショーウインドウの向こう側、木の椅子に座っている女の子が映っている。その女の子は、黒いヘッドドレスをつけており、銀の長い髪がキラキラと光っている。目は硬く閉じているのに、手は力なくだらりと伸びている。長い銀色の睫毛は、光に照らされて頬に影を落としている。身を包んでいる黒いワンピースは、銀の髪ととてもよく合っていた。その黒いワンピースから伸びる足は白く、艶めかしく。靴を履かされていないぶん、その白さが際立つ。
手を伸ばしたら、届きそうだった。
そうして手を伸ばすけれど、薄い、けれども質量を伴った確かな壁が私を阻む。向こう側にどうしても届かない。
「アリス!」
どこかで私を呼ぶ母の声がする。でも目の前の女の子にどうしても触れたい。手を伸ばしても、届かないのに。私はどうしても女の子が欲しくて仕方なかった。
いつの間にか目線が高くなって、強制的に女の子から、ガラスから離れてく。母に抱えられたからだ、そう気づいた時には遅かった。母は近くにいるのに声は遠くて、ただガラスの向こうにいる女の子から離れていくのが悲しくて涙を流す。
あっという間にあの人のいない商店街が遠くなっていく。母の歩く速度は早くて、どうしようもなかった。
それがあの少女との初めての出会いの記憶だ。
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