Vol.4.2 【プレゼントと告白】

休日の昼過ぎ。

私は駅前で待ちぼうけをしていた。

時計を見れば15:03。


「……珍しいですね。

彼女が約束の時間に遅れるとは。もしかして何かのトラブルでしょうか」


そう思って携帯電話を取り出し、彼女に電話を掛けようとした所で、視界の端に走る彼女が映った。


「遅れてしまってごめんなさい」


開口一番に謝罪をする彼女。

季節は初夏ということもあって、急いで来てくれた彼女は汗だくだ。


「いえ、今回お願いしたのは私の方ですから。

それより、走ってきて暑いでしょうから、まずは移動しましょうか」

「そうね」

「それにしても、時間に遅れるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

「あ、うん。実は着てくる予定だった服にシミが出来ているのが見つかっちゃって、慌てて着替えてきたの」

「なるほど(それはちょうど良かったかもしれませんね)」

「ん?何か言った?」

「いえ。と、このお店ですね」


辿り着いたのは駅前の一等地にある女性服専門店。

男性の私は基本的に縁の無い場所ですが、ここを経営されている方には昔大変お世話になったので、お返しの意味も兼ねてやってきた。

中に入れば華やかながらも落ち着いた雰囲気を醸し出していて、店員の所作も洗練されている。

その内の30代前半くらいの1人が私達が入店したのをみて慎ましやかに声をかけて来た。


「いらっしゃいませ。本日はどの様なものをお探しですか?」

「はい、えっとそうですね。彼女に合う服を探しているのですが」

「まぁ、恋人へのプレゼントですね。素敵です」

「ちょ、ち、ちがいます。まだ彼女じゃないですから」

「あら、そうで御座いましたか。大変申し訳御座いません」


慌てて否定する彼女を暖かい目で見守りながらも静々と謝罪を述べる店員さん。


「それに、あなたも。誤解される言い回しは避けること。

わたしへのプレゼントではなくて、お世話になった恩師のお嬢さんへのプレゼントでしょ。

背格好や雰囲気が似てるから見立てて欲しいって話だったじゃない」

「そうだね、いやすみません。そんな訳なんです。

背格好や肌の色、髪の長さなども彼女とほぼ同じくらいだから、彼女に似合うならその娘さんにもきっと似合うと思って彼女に付き合ってもらったんです」

「くすっ、左様でございますか。

それではこちらへどうぞ」


振り返る瞬間に店員さんと目が合う。

その目は「まかせてね」と言っているようだった。

そして向かった先で幾つかを並べ、重ね合わせ、彼女に感触を尋ねていく。

……うん。女性の服に掛ける情熱は凄いな。

私だと最初に選んだ服でもういいだろうとなってしまう所だ。

そうして選ぶこと1時間以上。

ようやく候補が2つまで絞れたようだった。


「それではそれぞれ試着して、彼に見て頂きましょうか」

「え!?その、試着だけじゃ、だめですか?」

「はい、ダメです。それに実際にプレゼントを渡す相手を知っているのは彼なのですから。

彼の意見も聞いてあげなくては」

「そ、そうよね。分かったわ、着替えてきます」


ばっさりと断言する店員さんに押されて1着目の洋服を抱えてフィッティングルームに入っていく。


「(期待していてください)」


店員さんが私にだけ聞こえる声で囁く。

それもあって緊張しながら待つこと数分、フィッティングルームのカーテンが開いた。

カラフルな色合いのノースリーブとミニスカート。

露出は多めだけど、決して下品ではなく、むしろ活発さの中にちらりと覗く色気に意識を奪われる。


「ど、どうかな」

「かっ……(かわいすぎる)」


はにかみながらミニスカートの裾を摘まんで上目遣いで見る彼女は、まさに妖精のような可愛らしさで、自分でも顔が赤くなっているのが分かる。


「えっと……変、かな」

「(ふるふるふる)」


恐る恐る聞く彼女に、まだ上手く口を開けない僕は首を振って答える。

見かねた店員さんが彼女に近づいて何か囁くと、彼女の顔が真っ赤になった。


「つ、次のに着替えるね!!」


シャッとカーテンの向こうに隠れてしまった彼女。

思わず「あぁ」と手を伸ばしかけた私を見て店員さんが堪らず笑っていた。


「ふふふっ。あなたのそんな姿を見れる日が来るとは思っても見なかったわ」

「うぐ、先生、楽しんでいらっしゃいますね」

「ええ、もちろん。こんなに楽しいのは久しぶりだわ」


この店員さん。正しくはこのお店のオーナーさんなのだけど。

この人こそが私が中学生時代に家庭教師としてお世話になった恩師だ。

私が女性を連れてお店に行くと連絡したら、こうして直々に待っていてくれたらしい。


そうして、躊躇いがちに開かれるカーテン。

今度は白地のワンピースに帽子。

先ほどと一転して清楚なその姿はまさに、そうまさに。


「……天使だ」

「てっ!!」


私の呟きが聞こえてしまったらしく、赤かった顔を更に真っ赤に染め上げて、帽子で顔を隠してしまう。

帽子で隠した顔からちらちらとこちらを覗く様がまたなんとも。


「いや、すみません。

口に出すつもりは無かったんですが、つい」

「~~~。も、もういいよね」


そう言って三度カーテンの奥に消える彼女。

そして元の服に着替える彼女を待つ僕に最大の問題が降りかかって来た。


「それで、どちらになさいますか?」

「えっと……」


横を見るとニヤニヤしてる店員さんがいる。


「……………………両方で」

「ふふっ。はい、畏まりました」


彼女が着替えている間に会計を済ませる。

くっ、0の数が普段の買い物より1つ多い。

これは当分食費を削るしかないか。

そうしていると後ろでカーテンの開く音が聞こえる。

僕は鏡で表情を確認して気合を入れ直す。

なにせ今日の本番はこれからなのだから。


「お、お待たせ」

「あ、はい」


ふたりして顔を赤くしてお互いをちら見する。

さっきの余韻のせいか、朝の服のはずなのに眩しく見える。

そんなお見合いをしていた私達のところに先ほどの服を包装した店員さんが来た。


「お待たせ致しました」

「はい、ありがとうございます」


服を受け取り、私達は店を後にする。

いつの間にか時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。


「今日はありがとうございました。

あの、この後ってまだ時間大丈夫ですか?

良ければ少し寄り道をしたいのですが」

「ええ、大丈夫よ」


そうして私達は近くの自然公園へと移動した。

この時間は人もまばらで、目に付くのはカップルと思しき男女ばかり。

私達はそんな人達をちらちら見つつ公園の奥へ。

幸い遊歩道のベンチが空いていたのでそこへ移動する。

私はベンチに持っていた荷物を置いて彼女を正面から見つめた。

うっ、手の汗が凄い。心臓もうるさい。でも今だ。覚悟を極めろ。


「瑞穂さん」

「はい。……って、あれ?えっと、これ、えっ!?」


私のただならぬ雰囲気に当てられて、あわあわし出す彼女。

ちょうど夕陽が彼女を後ろから照らし、髪がキラキラと輝く。

あまりの美しさに、目を細めた私は自分の想いをそのまま伝えた。


「あなたの事が好きです、瑞穂さん。

これからもずっと、私の隣で笑っていてくれませんか」

「は、はい……わたしも、その、あなたの事が、ずっと好きでした。

その、末永く、よろしくおねがいします」


想いを告げたまま手を繋ぎ、そっと唇を交わす。




「はぁぁぁ。今の告白はちょっとずるいと思います」

「えっ?なにが?」


キスの余韻が治まったところで抗議する彼女。

何かまずかっただろうか。


「だって、夕陽を浴びてキラキラしてるんだもの。

こんなの見とれるに決まってるじゃない」

「ええ、じゃあ、もしかしてさっきのはただの気の迷い?」

「そっ、そうじゃないけど!!」

「あ、そういえばさっき『末永く』って言ってたけど、それって」

「わーわーわー。そういうのは忘れなさい」

「あははっ、はい。じゃあそれはまたいつかということで」

「いつかって……」


真っ赤になる彼女に更に追い討ちをかけるように、さっき買った服を渡す。


「あと、これ。良かったら次回のデートの時に着てきてくれると嬉しいです」

「え、で、でも。これってお世話になった人の娘さんへのプレゼントじゃなかったの?」

「あぁ、あれは嘘です。最初から瑞穂さんにプレゼントする予定だったんです」

「そうだったんだ。

……って。これでもしわたしが告白断ってたらどうしてたの!?

そんな状態じゃ、わたし絶対に受け取れないわよ!」

「あっ」

「あっ、じゃないでしょ」

「ま、まあ結果オーライということで」

「もう、しっかりしているようで、どこか抜けてるんだから。

ほんと、これからもそばで見ていないと危なっかしいわね」

「はい、よろしくおねがいします」


そうして私達は日が暮れるまで笑い合っていた。



……

…………

………………



「そ、それがお父さんとお母さんの馴れ初めだったんだ」


私の昔話を聞いて顔を真っ赤にする娘の水菜緒。

隣にいる妻も当時を思い出して懐かしそうにしている。


「そうね。あなたってば今でも同じ様にしてくれるのよね」

「そりゃあね。今も変わらず君の事を愛しているからね」

「わたしも愛しているわ、あなた」


そうして見詰め合う私達を、娘がため息混じりに眺めていた。

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