episode9 upset

一人二人と他のお客さんたちが帰路に就く中、僕の目の前で洗い物を始めたふうちゃんが僕に話しかけてきた。


「ベニちゃんベニちゃん!どう?例の幽霊。今日は見えるんでしょ?教えて!」

「うん。今日は見えるね。はっきりと。」

「えぇ!どこ!どこにいるの!風ちゃんも見てみたい!風ちゃんもわかるの!幽霊がいるってこと!」


興奮ぎみの風ちゃんの様子を見て、春ちゃんも話に加わってきた。


「え~、ちょっとやめてくれなーい?人のお店で幽霊とかそういう話。ベニちゃんビール残ってるから一杯いただきまーす。」

「はいどうぞ。全然そんな物恐ろしい話じゃないんですよ。」

「そうなのママ!全然怖い話じゃないんです!」


まもなく雪も降ろうかという寒い季節に、残された数名の客を交えて恐怖体験談が始まった。

美月さんはホラーやミステリー系に強い興味を持っており、様々な恐怖体験を語ってくれた。

一方、二十歳ハタチの桃子ちゃんは美月さんの横で苦い表情をしながら小刻みに頷き、蛇蝎だかつのごとく怖い話を嫌がっていた。


えんもたけなわという言葉がある。

宴の一番盛り上がっている状態のことを指す。

客足もピークの時間を超えて、残った数名のお客さんを交えて会話を楽しむこの時間こそが、その言葉にぴったり当てはまるのではないだろうか。

そう思えるほどに会話に花が咲いていた。


そんなときに僕のスマートフォンが一定のリズムを刻んで震えたので、再びトイレへと向かって席を立った。


「はい。どうしたの?」

「ベニマル!幽霊には会ったノ?門限を過ぎていル!」

「ごめんアシュリー。幽霊には会ったというか何というか……。とりあえず害はなさそうだから今日はこのまま帰るよ。」

「Okey-dokey!Come home early!」


どうやらタイムリミットが来てしまったようだ。

しかし、僕には早急に幽霊をなんとかしないと、否、いけない理由があったのだ。


席へ戻り、思考を巡らせながらグラスに残っていた最後のビールを飲み干した。

にこにこしながら風ちゃんが瓶ビールを注ぐ。


「まだあったんだ。」

「これが最後!ちょうどなくなったよ!」


良かった。

少しだけ考える時間が増えた。


─────


そうこうしている間に、時刻は2時を過ぎていた。

幽霊にために話をしに来たものの、果たしてそれが良い結果となるのか、以前アシュリーが言っていたように取り憑かれたり呪い殺されてしまうような事態になってしまうのか。

はたまた全く異なった結末を迎えてしまうのか、不安な気持ちが大半を占めていた。


店内は閉店作業で皆慌ただしく動いていた。

幽霊はまだいる。

僕の目にははっきりと見えているし、その心の声もかすかに聞こえていた。


一足先に帰る準備を終えて、私服に着替えた風ちゃんがトコトコと近寄って来て小声で話しかけてきた。


(ベニちゃん!幽霊追い払ってくれたの?まだいるの?)

(ああ、いるよ。どうしたら一番いいのかなって、ずっと考えてる。)

(え!風ちゃんも見たい!見して!どこにいるの!)





……



………



…………



「幽霊は僕の目の前にいるよ。幽霊は……、風ちゃん、君だよ……。」

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