episode7 mural

パピヨンに戻ると彼女は二人に増えていた。

効率を良くするためなのか、ただの暇つぶしなのかはわからないが、二人はとても上機嫌そうだ。


「二人で工作かい?それはどう見ても薬というより……。」

「これは薬でス。」

「Hi!ベニマル!これは薬というよりモ、お守りでス。」

「いやいヤ、これは薬!」

「どう見てもこれはお守リ!」

「薬!」

「お守リ!」

「薬!」


そんな二人の論判を他所に、僕は火の気のない暖炉の周囲へ足を運んだ。

暖炉の右側も左側も、変哲のないただの壁である。

ただ思うところがあるとすれば、暖炉の周辺も含めてこの空間の壁一面におびただしい数の本や布切れが天井近くまで積み上げられているということだ。


「この本の裏辺りかな。」

「No!」

「Stop! Don't touch it!」

「あ。」


誰かが積み上げた隙間だらけのジェンガを引き抜いた気分だった。

すすや灰、埃の全てを身にまとい、本の山ジェンガの中からのそりと這い出た。

真っ白になった髪や衣服を叩きながら立ち上がると、二人が目の前に立ちはだかっていた。のだが、視線は僕の後ろの壁へと向いていた。


「What is this?What is this mysterious pattern?」

「この模様、どこかで見たことがあル。」

「これは驚いた。古代メソポタミア文明の壁画じゃないか?この楔形文字くさびがたもじ……、パピヨンの本の中の文字と一緒だ。」


ふと頭の中であることがぎった。

本の表紙は英字表記なので一通りの解釈は可能であるが、その内容に記述されている文字は壁の文字と同様、楔形文字なのだ。

そして、その文字をどういうわけか読み解くことができる人物がここに二人もいるというわけだ。


期待に胸を膨らませるというのはこういう時のことを言うのだろう。

早く読んでほしい、次に何が起こるのだろう。


「きれいだネー。」

「デコボコしてるネー。」

「これ、とてもおいしそうでス。」

「こっちの鳥モ、おいしそうですネ。」

「あ、見てくださイ、サリー、あれはどうみてもお団子!」

「本当ダ!お団子だ……ネー……。」


そうではない!そうではないんだ!と心の中で叫んだ。

しかもサリーが消えた。30分が経過したのだろう。


「アシュリー、壁画に見惚れるのはいいのだけれど、その横の文字を読んでもらってもいいかな。」

「Yes. understood!……。……。」


─────


10分後。


「……。……。なるほド。」

「何て書いてあるんだ!」


口を尖らせた彼女は得意げな表情で両手を顔の横で広げた。


「全くわかりませン!」

「ええっ……。」


彼女との会話で得た情報はこうだった。

本の表紙も本の中の記述も、全て英文であるために作業に取り掛かることができると。

つまり、本の内容が楔形文字に見えているのは僕だけということになる。


謎に謎が覆いかぶさった。

謎が謎を呼ぶから【なぞなぞ】というのだろうか。という意味のない言葉までもが脳裏に浮かんだ。


その後、壁画を押してもなぞっても、叩いても擦っても何も起こることはなかった。

他の壁にも同様の壁画や文字があるのかもしれないが、ここの壁の本を全て避けることは難しいだろう。

ニ十畳程度のワンルームのこの建物には、暖炉の他に数点の作業台のような机、数脚の椅子がのさばっており、そんなスペースなどは皆無なのだ。


彼女はぴょんぴょんと障害物本の山を避けて何かを持ってきた。


「そうダ、これあげまス。」

「……こ、これが幽霊と話ができる薬?これを食べるの?まさか水と一緒に飲み込むとか?」

「No!使うときはこうすル。袋から取り出してこウ。こうやっテ。」


それはどこからどうみても親指大の藁人形だった。

彼女は紙袋に入った藁人形を右手で扇ぐ仕草をして見せた。

どうやら香りを嗅ぐということなのだろう。


それよりも思うことがもう一つあった。

崩れ去った数千冊もの本の山をどう片付けるかだ。


しかしその考えは一瞬で解決した。

僕には念力サイコキネシスがあるじゃないか。


藁人形を袋から取り出し、その香りを嗅いだ。

長い糖質制限から開放されたかの如く、頭が冴え渡ってくるのがわかった。


「おお!すばらしイ!お掃除はこれで完璧ですネ!ついでニ、机と椅子モ、きれいに並べておいてくださイ。」


Papillon Pharmacy School of Witchcraft(パピヨン魔法薬科学校)の掃除当番は僕で決定だろう。

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