3 祭りの夜

 夏の夜空に鮮やかな色の火花が散り、四人が陣取る海辺の公園を照らした。普段は人気のない海辺のエリアに花火目当ての人々が島内から大勢集まっていた。今日、八月三一日の天気予報は降水確率四〇%で、花火大会の開催が危ぶまれただけに、いっそう花火は輝いて見えた。四人は、花火が上がるたびに「おおー」とか「きれいー」とか感嘆の声を上げた。

 花火開始から二〇分くらい経ったとき、「腹減ってない?」と隣で隆が囁いた。恒平はそこまで減ってなかったが、じっとしているのに飽きてきたところなので、渡りに船だった。

 恒平が田村と文華に二人で食事する旨を伝えると、カップルも付き合うと言った。町の狭いメインストリートには出店が並び、行列ができていた。隆はやきそばを買い、他の三人はたこ焼きを買った。たこ焼きを求めて列に並んでいる間も、花火が上がり、猥雑な町並みを照らし出した。さっきまでのように集中して見ていたときよりも、テンションが上がった。

 それぞれがブツを手にすると、道端に移動して、そこで立ったまま食べた。

「やっぱビールがないとな」と田村はそう言うと、目の前の店で三五〇ミリリットル缶のビールを買ってきた。

「なんか俺ばかりで悪いな。一口どう?」

 田村はグビグビ飲んでから三人に言った。隆が一口飲むと、恒平も隆に倣ったが、美味しいとは思えなかった。

「まあ、今日くらいはいいか」と文華は寛大だった。恒平はたこ焼きを二個ばかり隆に上げて、全員が食べ終わると、田村はタバコに火を点けた。その仕草が大人びて見え、憧れを感じた。恒平はタバコがかっこいいと思う自分に驚いた。

「吸いたくなった?」と田村。

 恒平は一瞬考えたが、断った。

「今日くらい吸っても怒られないぞ」

 そう言われればそうかもと思ったが、ビールにタバコはやりすぎか。

「タバコは今度にします」

「お、そうか。今度な」

 四人で立ったまま花火を見ていると、男子の二人組が田村と文華に話しかけてきた。

 二人は田村と文華と向き合って、話していた。恒平と隆はそれをボケっと見ていたが、そのうちに自分たちが紹介された。

「隆くんは知ってるけど、君は知らんわ。名前は?」

 恒平が「柿崎かきざきです」と名乗ると、臙脂の半袖シャツの男子は、「ふーん」と訝しげな表情をした。もう一人のスポーツ刈りの男子は、「俺は知ってるよ」と言って笑った。

「とりあえず、俺らもビール買ってくるわ」と臙脂の半袖シャツの子が言った。

 二人が田村と同じ缶ビールを買って戻ってくると、田村と乾杯した。臙脂の半袖シャツの子は「モロ」、スポーツ刈りの子は「ヤマイ」と呼ばれていた。二人とも乙高校の三年生らしかった。

 モロはバイク事故で大怪我を負った三年生と、その後指導と称して悲惨なバイク事故の映像を生徒全員が見せられたことを憤りとともに話した。

「一部の暴走野郎のことなんて知らないよ。俺のような安全運転のライダーには何の効果もない。そんなビデオ流すよりも、バイク整備とか乗り方とか基本的な講習をすべきだろ」

「しかし、バイク事故多いよな」と田村。

「まあ、危険な乗り物であることは間違いないが、公共交通機関が整備されてない以上はバイクに乗らざるを得ないわけだから、恐怖心を植え付けるような映像を見せるのはまったく的外れだよ」

「ですよね。ぼくもあの映像には腹立ちました」

 隆が口を挟んだ。

「文華も気をつけろよ」とモロ。文華は無言でうなずいた。 

「しかし、知伸はいい身分だよな。明日も休みで。俺らは夏休み最後の日を派手に遊び倒そうと思ってたんだけど、君らと出会えて嬉しいわ。すまんが、タバコもらえるかな?」

 モロは田村からタバコをもらうと、ビールを片手にタバコをスパスパやりながら、文華に話しかけた。恒平はモロの言葉を聞き取れなかったが、次の瞬間、文華はモロを睨んだ。田村が文華の前に立ち、モロに背を向けて彼女を守るような仕草をした。それにモロは立腹した。

「おお、お前何様のつもりだ! 女がいるからっていい気になるなよ。俺たちはな、同じ穴のムジナなんだぞ」

「女子に言っていいことと悪いことがあるだろ」

「何だよ。悪いこと言ってないだろ。いちいち熱くなるな」

「とにかく、馴れ馴れしくしないでほしい」

「……」

 モロはタバコを路面に叩きつけた。タバコの火が飛び散った。モロは肩を怒らせ、田村に詰め寄った。ヤマイは心配げにモロを見ていた。そのとき、花火が上がり、みんな空を見やった。爆音とともに連続花火が華々しく夜空を彩った。

 静寂と漆黒の空が戻った頃には、モロは落ち着きを取り戻し、ヤマイに何か話しかけた。

「じゃあ、俺らはちょっとブラブラしてくるわ」

 モロはそう言うと、二人から離れた。

 花火はスターマインがラストのようだった。

「花火終わったから、帰ります?」

 無表情の田村と文華に隆が話しかけた。

 四人はそれぞれの乗り物の場所まで歩いた。道すがら、文華がモロのことを話した。

「実はわたし中学の頃、辰一しんいちと付き合ってたの。今は腐れ縁というのかな。『同じ穴のムジナ』って言ったでしょ。それは、たぶん辰一も北島への暴力事件に関わったことを言っているのだと思う。北島を殴ったのは彼なの。彼こそ退学すべきなのよ。なのに辰一は修学旅行の謹慎だけで、復学した。知伸は辰一の代わりに高校を退学したようなものなのよ」

「それはない。俺は自分の意志で退学したんだ」

「でも、割に合わないよ」

「いいんだよ」

「なるほど、そういうことがあったんですね」と隆。

「辰一は知伸が退学してから、わたしの見張り役みたいな感じで、ナイト気どりだったんだけど、最近は、行き過ぎというか、やたら干渉してくるから、あまり関わらないようにしてるの」

 恒平は知るはずのなかった人間関係に踏み込んだことに後ろめたさを感じながらも、興奮していた。恒平は、そうした熱い人間関係をテレビドラマや映画の世界でしか知らなかった。いわゆる三角関係ではないか、と思ったがあえて口にする勇気はなかった。田村は無言で厳しい表情を崩さなかった。

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