瑞闇〈風〉神気烈


あらすじ


平安時代以前、世界には神や妖で満ち溢れていた。

史実通り進むならば妖等の幻想たちはいずれ消え去るだろう。


今日また一つ町が壊滅した。風を操り病をばらまく厄神。彼は鼠や烏つかい人間たちを殺していた。

ある日、可能性世界である妖や神がいない世界の青年と繋がってしまう。青年の世界は21世紀の地球。

このままいけば幻想たちは消滅するであろう未来だった。

真実を知り、自らの消滅を恐れた厄神は考える。



そして史実の歯車は狂い出す。科学の否定、幻想の肯定、そして人と妖と神の共存。自らの滅びゆる運命を書き換える壮大な挑戦が始まる。


◇◆




山に入るものを導き、恵みを与える狩りの神がいるように、通りかかる人間を襲う妖あり。


この現世にて人の支配地域などなかった。


人は野を切り開き囲いや堀を作って獣や敵意ある同族から自らを守った。

それだけでは守れないと人は気づいた。

槍を構え弓を射り、盾を構えた。

獣は壁に阻まれ、同族は堀に落ちているうちにそれらで打ちのめされ、人の住処は安全が保証されてきた。


しかし、世界はそれだけではなかった。

人が理解しわかるものだけがあるわけでない。黒い点に太陽が隠される恐ろしい日食だって、神の怒りとさえ言われていた雷でさえ、いずれは科学によって証明される日が来るだろう。

でも。

きっとその頃にはわからないものは忘れられて、忘れられたものは消えているだろう。

そして人間は思う、神はいなかった。

神も妖も滅んだ後の世界で、全てを科学によって証明し思いを馳せる。




幻想なんて存在しない。




世界は全て現実のみである。



と。


でも


でも今は。


今だからこそ、言おう。


まだ世界には神がいて妖が闊歩し、人や獣は生存圏を脅かされていたのだと。





西の釜ノ崎と呼ばれる村がある。

釜ノ崎と呼ばれる素晴らしい地がかの都にはあるらしいと聞いた村人たちが言い始めたことだ。

妖怪や獣が闊歩する中を歩いてこんな都から離れた地まで旅人が来ることは滅多にない。

旅人が村に訪れた際には、備蓄を解放してワイワイガヤガヤと騒いだものだ。

村人のほとんどが村から出ずに一生を終える。せいぜい親族ばかりで子を産んでいると呪われるという話を聞いてからは隣村に嫁を出すくらいでそうそう外の話を聞くことはない。

それだから村人たちは都には妖怪はいなくて金でできた宮殿が建っているだとか、住まう人々は皆食に困らず絢爛豪華な生活を送っていると考えていた。

それだから村人たちは訪れた旅人の話を楽しみにしていた。

都はどんなところなのだと。


旅慣れた旅人は、村人たちが都が極楽浄土のようなところなのだと思っていると知っていた。都は金で出来ているのは本当なのかと聞く村人たちに本当のことを伝えればいいとは思っていない。

彼らは外の世界は楽な世界がある、と考え少しでも希望を抱きたいのだろう。


ましてや都は妖怪に占領され生きたまま人間が生齧りされ、ワザと見逃され悪戯に追いかけられ殺されているなんていうわけにはいかない。


この旅人も妖怪に占領された都から脱出した口であった。

本当ならば都は妖怪に占領されていて危ないから近づかない方がいいとかと注意をするのが正解なのだろうが、どうせ彼らには都まで迎える手段がない。

ここは彼らの興味を掻き立てるような面白おかしい話でもしておくのが一番いいだろう。

そこまで考えた旅人は深く思考の海に潜っていた意識から手を離し、固まって上の空だった旅人を心配そうに見ていた村人たちに話し出す。


都に釜ノ崎という名所あり。

釜ノ崎とは自然と神秘に満ちた豊かな地。妖怪に対抗する人間が多く住む都において妖怪は脅威ではない。

美しさで言えばこの村と同じくらいである。

麓に広がる澄んだ湖、神の住まう山、集落の側に広がる竹林。

絢爛豪華さでは劣るが、ここを西の釜ノ崎とよんでもおかしくない、まさに瓜二つだ。なんだと釜ノ崎なぞありもしない地名をいい、村を褒め、理想の都像を捏造し、都の凄さを嘘八丁こねて話した。

村人は話すたひに面白いように驚き、旅人は騙している罪悪感を忘れいつからか気を良くしてありもしないことをボンボン話していた。


旅人は数日、村に滞在したあと都から追いかけてきているかもしれない妖怪から逃れるため西へ西へと逃げて行った。



酒をのみ少しいい気になっていた旅人が話した都を信じた村人たちは名もない村だったこの地を西の釜ノ崎と呼び出した。

やがて数十年も経つ頃には村は町へと変わった。旅人の話を信じて釜ノ崎に近づけるよう整備した結果、近隣では知らぬ人のいぬ、名所となっていた。

西の釜ノ崎は釜ノ崎なぞという土地がないことが判明してからは普通に釜ノ崎と呼ばれ交易の要所となっていた。




そう、なっていたのだった。




何ごとにも前兆なぞあらず、前兆があったというのは、事後、事の発端を思い出してそういうと聞いたが、この時ばかりは前兆はあった。


不気味な前兆だった。春だというのに桜が咲かず、風がびゅうびゅうと吹き大量の烏が空を飛び回っていた。

最初は風が強く吹いてきて、ああ春一番か嵐の前かと楽観的に考えていた彼らは、何日経っても止まずむしろ強くなる風に眉をひそめた。

それから少しすると何処からともなく大量の烏がやってきて釜ノ崎の上を回るように飛んだ。

黒い渦のようになって空を覆う烏に不気味に感じ、足早に立ち去る者もいたが、交易の要所を早々と離れるわけにいかない旅人や商人たちは、止まった。

翌日、これまた何処からやってきたのか大量のネズミが湧き、米俵や酒、味噌を食べ中身をぶちまけて消えた。


皆、鼠を殺そうと槍や鍬を抱えちょろまかと動き回るその背に刃を振り下ろしたが当たることはなかった。


夕刻、疲労困憊の彼らの前に空から降りてきた大量の烏が襲いかかり傷を負った。



そして傷は治らず、青く晴れ上がりやがて膿んで、いずれも血を吐いて死んだ。

死体は少し離れた地に埋められた。

薬師は何一つ直せず責められた。そして愛想つくしたのかこっそりと釜ノ崎から出たところで妖怪に襲われ死んだ。

薬師を町人たちは逃げた臆病者と罵ったが、更なる文句を言う前に次々に謎の病に倒れた。

昔からいた呪術師が祟りだと言い出すには遅すぎた。

何の対策も出来ず、誰も逃げる暇さえなく一つの町が厄病の前に滅んだ。



「はッ、は、ハハははははは!!!!!」


埋葬される暇もなくバタバタと人が死んだ。突然血を吐いて死んだ。元気だった男が突然魂を抜かれたかのように崩れ堕ちた。


酷い腐敗臭に満ちた町の中で唯一の生者がいた。

灰色の神を搔きあげ蛇を思わせる鋭く冷たい眼光であたりを見回す男がいた。


かつて美しさは都にも勝るとも劣らずと言われた釜ノ崎は見る影もない。


腐敗臭した死体が時折ピクピクと動き、中から皮膚を食い破って鼠たちが姿を現した。ちぃちぃと可愛らしい声で鳴いた鼠たちは男の足元に縋り付くとすうっと幽霊のように姿を消した。


相変わらず空を飛び交う烏たちは気に入った死体を見つけると降りて啄ばんだ。


「ああ"、イイな。すばらしい」


大袈裟に手を広げ、そんなことを呟く。


彼は、この参事を起こした元凶であった。風神。風の神ともいうし、厄や病をばらまく厄神としての風神でもある。

厄病の代名詞である烏と鼠を使い、たまたま目をつけたこの町に厄病をばら撒いて人間を殺したのであった。


風神に使え幾度となく人の肉を喰らった鼠や烏たちは妖怪へと変化していた。

妖怪たちは妖怪になった時に初めて風神と自らの絶望的な力の差を理解し支配下に屈した。


凄まじい数の妖怪を手に入れ、信仰を受け力を強めた風神は、軽く遊ぶために人里を襲ったのだった。



風神は妖怪ではなく神である。

妖怪が人間の肉をたべ、他者の恐怖や畏れを食べて生きる肉体と精神体の間を持つ中途半端な存在だが、神は違う。

思いや、信仰を受けてそれを力にして生きる完全精神体の存在であり、人間を食べたりしない。


だが風神は狂っていた。

それは人間の感覚では、だが。

鼠たちが献上した選りすぐりの人肉をもさぼり食う。


妖怪が人間を食らって力を手に入れられるならば神も人間を食べて力を手に入れられるだろう。



そんなことを考えていたのかもしれない。

それのおかげか、比較的新しい神でありながら古くから信仰されてきた神と怠慢がはれるくらいには力を手に入れていた。



風神は力を手に入れたいのであって、勝てるかどうかわからない相手と戦いたいわけではない。

ゆえ、もしも戦うことがあるの、ならばという話だが。




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