第2話

魔術学院ーーそう世界に有数の魔術学園、その中でも最高位と呼ばれるアソコ地方、沿岸都市ザッツカインドに位置するオブシングス魔術学院。

国中から将来魔術師を志す未来ある若者が集まり切磋琢磨しその力を国のため人のために使うため日々勉強に心血を注いでいる。


隣国との間の争いが絶えず軍備増強路線を推し進める王国の意思に沿うよう生徒たちの就職先が魔術軍隊へと確定してるなど一部の暗部があるもののそれでも存在しているという功績は計り知れない

生徒たちは約百人、三年間の授業を得て彼らは一年前の魔術師となるのだ。


そんな生徒たちを教えるのはやはり権威ある伝説的魔術師達である。

一個人だけで変人狂人怪物と称される教授がゴロゴロと在籍しており、ここ数百年間事件の一つなど起きたことなどなかった。

国を滅ぼしてお釣りがくるほどの戦力がある学院、そして倫理観念が致命的に欠如した教授達、それらがいる学院を襲うーー?バカと知られる地潜り族モグラ供でも攻めないだろう。


そして変態変人、学院全てを統括する教授、その人は学院長と呼ばれ生徒たち、国の官房などから敬意を含んだ視線を一身に受けていた。

百年前の魔導大戦、魔王軍を滅ぼすのに一役を担った伝説の魔術師それこそ賢者と呼ばれる女性。


彼女は今日も優雅に紅茶のカップを傾け、紅色の茶で喉を潤していた。

よく整えられた流れる川のような美しい長髪、後ろで一纏めに纏められ惜しげも無くそのうなじを晒す姿は可憐、淫らに見えぬその高貴さが彼女の超人然とした雰囲気を醸し出している。

その御身を包むのは魔術学院二千年の歴史を語る魔術学院長の証であるローブ、誰もかれもが一度は身につけることを願うその伝説の一品、それが女性らしく艶美な肢体を晒し出す。

起伏のある瑞々しい肢体、老若男女問わず見惚れるその姿。

まさしく世界最高峰の学院の学院長の姿で違いなかった。


「もう百年......時が経つのは早いわね......」


感慨深く、平和に魔術の鍛錬を積む学徒たちを見ながら彼女は呟いた。

百年ーー百年経って尚若さを保つあたり魔術師らしいと言えるだろう。

今日も何気ない日常が過ぎていく、学徒たちは研鑽し教授達は魔術の神秘を解き明かす。


そしてアイツは、ボサボサとした黒髪に性格がそのまま瞳になったかのような黒眼。

がさつで、それでいて根っこのところは優しい青年ーー


そこまで考えて、静かに、自虐的に笑い思考を打ち切った。


「私も歳かしらね......」


今日でちょうど魔導大戦から百年、式典を丁重に断った彼女は優雅に移りゆく学院の姿を視界に収め一日を過ごしていた。

百年、そう百年という期間が流れて尚、自分はたった一人の不器用な青年の姿を忘れられずにいる。


時間というのはひどく残酷で気がついた頃には致命的なほどに過ぎてしまっている。


もしアイツが生きていたら、そう彼女は思案して笑う。

彼は普通の人間で、勇者ともてはやされて尚弱くてそれを必死に隠して努力して、もし魔王を倒して尚生きているのならばバカみたいな日常を送って、自分を困らせて、それでいて充実した日々を送らせてくれるのだろうか、と。


時間はひどく早く過ぎていくだろうがそれでもそれはおそらく幸せに違いないだろうと珍しくも願ってしまう。


今日自分が柄にもなく式典行事を断ったのも青年を忘れ去って記憶から送ってしまいたくなかったのかもしれない。

死んだと理解しているのに未だ脳内でどこか生きてる、そんな感覚が残ってしまっていた。

式典に参加すれば勇者を追悼する行事もあるだろう、そこに行ってしまったが最後自分は青年に別れを告げてしまう気がした。

年季の入った髪留め、彼にもらったそれを外し大事な宝物をしまうように小さな箱に収める。


「あーもう、ダメよダメ。私はこの魔術学院を任せれてるんだから」


彼は死んだ、もういない。

そう心に決めてしっかりと彼女は箱と、心に鍵を掛けた。

年齢をとって初めて良いと思えたのは心が隠せるようになったことだろう。


「学院長先生、大変です!」


「ーーどうしたの?」


突如始まった喧騒、慌ただしい生徒達の声が聞こえ始め部屋に突然入ってきた新人講師のハライタ=フクツウは口を開く。


「学院に不審者が、その侵入者?変質者?取り敢えずよくわからないソレが入ってきたんです!」


「どういうことよ?」


まったくもって理解できない。

普段から真面目で物事を性格に捉えられる新人講師の彼女へと訝しむ視線を向ける。

彼女はぐるぐると当惑したように両眼を回して。


「今、大変なんです!教授が既に二人侵入者に籠絡されてしまいました」


「何ですって!?」


教授が二人やられただけでなく敵側についてしまったーー?

その前代未聞の事態に少々焦りを見せるが彼女はすぐに立ち上がり腰に銀の片手長剣、右手

に伝説と称される杖を持った。


「まず全生徒に戦わないよう避難させて、行くわよ!」


学院長としての素早い指示を飛ばし彼女は駆け出す。

ハライタに案内されるがまま学院長室を飛び出し侵入者がいるという階下へと急ぐ。

この魔術学院は千年間一度たりとも誰かが被害を受けたことはない、それを学院の誇りとしてきた。

その誇りと踏みにじる輩、教授二人を籠絡し敵とするなどあり得ない事態だ。


沸沸と、彼女の心中に怒りがこみ上げる。

百年、ここ百年多少の争いはあれど世界は平和だった。

それも全て彼が戦ったからであり誰よりも弱い青年が命を賭して手に入れた報酬だ。

そんな平和を、この式典が行われるであろう今日学院へと攻め入るとは許せない。


魔力を全開まで練り上げると彼女は身体中が火照る感覚に襲われる。


魔力とは火であるとよく言われる。

火は何もないところで生まれない、魔術師とは生まれつき火打ち石を持っている。

才能は木材でありその性質により火の形は幾何学模様を描くように何億通りもある。

そして努力は油でありいかに才能がなかろうとて努力は火を極限まで輝かせることができる。


無論天分の才能をもつ彼女の体を巡るは超一級の魔力、杖の先端へと魔力が集中していく。


姿を覚えぬよう抹殺する、そう思わせる姿に射線から逸れるよう新人講師は傍に逸れる。


「こちらです!」


「ありがとう、あなたは下がっていて......」


一回へと降りる階段、階下から悲鳴が聞こえる。

逃げ遅れた生徒でも襲っているのだろうかと思うと脳が蒸発するほどの痛みが走る。


ふぅと彼女は息を吐く。

落ち着こう、魔術は落ち着かなければ乱れるものだ。

階段へと隠蔽魔術を使い降り、気配探知を俊敏に使い敵の座標を確認、籠絡された講師の姿を一目見ようと一階へと降りる。


そっと少し顔を出すと、長廊下、一階はまさしく地獄絵図となっていた。


「ほっほっほ、やはり幼女こそ至高ーーミスターマコト、やはり貴方はよく分かってらっしゃる」


ある老人ーーこの学院で三、四番目に強いとされる好々爺、エルダロリー・コンヒュルー。

彼は何故か本を持ち、仰け反り身体中を襲う痛みに対抗するが如く暴れまわりのたうち回っていた。


敵は精神支配系かと彼女は素早く考察する。


「ふぉぉぉっっっっっ!!男の娘百合とは新ジャンル私萌え死にそうです、はい!まこっちゃん愛してるぅぅ!!」


若き秀才、ラムスビー・エルライカー。

魔術に適性が少ないとされる女性の中で常識をくつがえした女。

性差別されてきた女性を代表するように魔術大会で数回優勝、女が魔術に向いていないという常識を覆した女性だ。

普段は卓越した指導術と明確な例、親切な説明、たまに早口となってしまうのが玉に傷、そんな完璧な淑女のはずだった。


そんな彼女は廊下の中央でブリッジと呼ばれる体制で海老反りとなり何か本を見て発狂していた。


くっあんな真面目な講師を洗脳してしまうとは......恐ろしく強い魔術師に違いない。


と、思い彼女は気配を探るが強い魔力は一つたりとも感じられない。

あれだけの講師と教授、その二人を洗脳ーー籠絡してしまうほどの魔術師、まず間違いなく異常なほどの魔力を持つはず。

だが強い魔力など感じられない。


彼女は十分な防御魔術を出現させ階下に飛び出した。


「さぁ、出てきなさい。一体何が目的か知らないけれどこの魔術学院を攻めたことを後悔させてあげるわ!」


威風堂々とした態度で魔術を用意ーー設定完了。

杖を向け睨むがそこに居たのはーー


「よぉ!ミズキ、久し振りだな!」


懐かしい声、かつていつまでも一緒と思えた青年。

そんな心から、今なら素直に思える。

心から愛していたであろう青年の姿が眼前にあった。


その姿を見て完全にブチギレた、彼女の怒髪天を貫く怒りを乗せて、魔術が放たれる。


「『爆裂魔術・改っ!』」


「へ?」


ピチューンと三十八重術式、『爆裂魔術・第三型改』が放たれる。

真っ直ぐと突き抜けるような爆風は小型の第三型というのもあり男のみを包み込み元素単位で消しとばした。

一切合切が虚無に帰り廊下を不自然なほどの綺麗にくり抜かれた跡が残る。


そうしてしまうほど、彼女はブチギレ。

精神干渉系の敵だろうとは予測していた、だからなんらかの攻撃があってもおかしくないとも思った。


まさか、まさかあいつに化けるなんて、と顔を歪ませる。

一瞬、ほんの一瞬もしかしてあいつが帰ってきたかもしれないと思った、けれどそれは幻想だった。

ありえない、あいつが死んだのは自分が最後まで見ていた。

崩れゆく異界の中で最後まで残り死んでしまった彼の姿を見た。


もうあいつは死んだのだ。


溢れそうになる涙をこらえて唇を噛む。

生徒たちの前で泣くわけにはいかない。


「もう、マコトは死んだのよ......」


自分に言い聞かせるようにつぶやくと背後から肩を叩かれる。

ハライタだろう、慰めだろうかと振り返るとそこには黒髪黒目のーー


「勝手に殺すな!?ていうか今お前に殺されかけたんだが」


アイアムイノセントと笑う男、いや青年ーー


「偽物ーー!?」


魔術を展開しようと杖を振るおうとするが横に来たエロダロリーに止められる。

抗議の視線を彼女が向けるとエルダロリーは真面目な顔で諭すように。


「ミズキちゃん、このマコトは本物じゃよ」


「一体どこにそんな証拠がっ!あいつは死んだのよ!」


激昂、怒り露わに睨む。

だがどこまでも落ち着いた様子で老人は胸元からやけに露出が激しい童女の本が。


「ほれ、これ見てみるがいい」


「なっいきなり何見せるの!?これ官能本でしょ!?」


本の内容は、まぁ薄い本であった。

童女が(規制されました)や、中年男性数十人に(規制されました、健全な小説です)される様子など。

見慣れないわかりやすいエロ、顔を真っ赤にして彼女は数歩下がる。


だが老人は冷静に最後のあとがきを指差す。


『実は最近生き返ったので新刊だしちった♪脱稿までが長かったつらいby誠実な人』


「これがどうしたっていうのよ?」


「ミスターマコトの口癖は誠実な人間いないだろう?じゃったな、つまりこの本を書いたのがこの人物ならこの人物がミスターマコトということとなる」


「そんな暴論」


「それに賢明な貴方なら気配、魔力の性質、それらから簡単にわかるでしょう?」


まさか本当に本当のマコトな訳がない!さぁ、解析魔術ドーン!さらに百八十九重の超高精度魂魄解析魔術もドーン!

さて結果はふむふむ、うんうん、さて次はその結果を過去の記録と照らし合わせてっと。


シンジョウマコト。


彼女は目を疑い、もう一度魔術を使う。


シンジョウマコト。


ありえない、絶対に魔術がおかしいと思うが魔術は正常。

耳も目も記録も魔術も疑うがやはり結果は一つ、真実は一つだけ。


この人物は、この青年はシンジョウマコトその人である。

なによりもありありとそう告げる魔術に彼女は愕然としてから、震えた声を捻り出す。


「......マコ......ト?」


「そうだ、いきなり殺しにかかるとか本当ありえない」


声の性質も一緒、整合率九十パーセントを超えている。

震える手を伸ばしペタペタとマコトの頬、腹、手を触れて。


「マコト?」


「だからそうだって言ってんだろ?」


やれやれと言った様子のマコトにやはり信じられない、まるで奇跡でも見たかのような幸福に満ちた顔で感極まって彼女はーー


「『力魔術』」


迷わず魔術をぶっ放した。

空気を力魔術で圧縮、放つ魔術がマコトの体を数度地面で跳ねさせその場に転ばす。

突然振るわれた理不尽な痛みに抗議の視線を向けるが涙を両眼いっぱいに貯めた彼女ーーミズキの姿に静止して。


「ただいま」


一言、言いたくて言えなかった言葉。

それをマコトが確かに呟いて。

百年間溜め込んで、我慢し続け、言えずにいた、発散できずにいた感情を心の中から溢れさせ。

貯めた涙を決壊させて、両頬を人目も気にせず濡らして。


「っ......こっこのっばかぁっー!」


力一杯起き上がりかけていたマコトに飛び込みミズキは嗚咽を漏らす。

地面に背中を叩きつけられたマコトはいてぇ、と呟き助けを求めるようにエロダロリーを見るが。


「随分と男冥利につきる様子じゃありませんか。貴方の責任ですのでしっかりとしてください」


と言い。

ラムスビーを見るとマコトが渡した男の娘百合、熱々イチャイチャ同人誌を読むのに夢中で気づいてすらいなかった。


人目を気にせず泣きながら抗議の声や、感謝の言葉や色々な複雑な感情を漏らすミズキを見て、まぁいいかとマコトは思い子供をあやすように背中を撫でた。




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『リメイク』なんで異世界勇者の俺よりも嫁の方が強いの? @Kitune13

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