謝方明1 孫恩の乱に遭う 

謝方明しゃほうめい陳郡ちんぐん陽夏ようか県の人。

当然だが謝晦しゃかい謝裕しゃゆうの親戚だ。

祖父は謝安しゃあんの弟、謝鉄しゃてつ永嘉えいか太守。


父は謝沖しゃちゅうで、中書侍郎。

病を得たので会稽かいけいの自宅に戻った。

黄門侍郎としての招聘を受けたが、辞退。

そうこうしている内に

孫恩そんおんの乱に遭遇、殺された。


この事態を受け、謝方明は

伯父の謝邈しゃぼうが統治していた呉興ごこうに退避。

だが、孫恩の勢いは止まらない。

会稽かいけいに襲撃をかけると、

周辺の士庶らが呼応して決起。

吳興でも、地元民の胡桀こけつ郜驃こうひょう

呉興軍府を襲っていた。

謝方明は謝邈に逃げたほうがいい、

と語ったが、従わない。

結局、謝邈は殺された。


なので謝方明、自分のみで退避した。


ところで謝邈のいとこである馮嗣之ふうしし

北方からやってきた学者の仇玄達きゅうげんたつは、

吳興の謝邈のもとに寄宿した。

が、そのもてなしが

非常に軽いものであったため、

謝邈のことを恨んでいた。


なので二人、なんと孫恩と結託。

ある夜に孫恩、彼らのガイドで

呉興に侵入。そうしたら折り悪く、

謝邈とその一派に出くわしそうになった。


なんとか逃れる孫恩たち。

一方の謝邈ら、気がつきそうな気配がない。

それはそれでまたなぁ……。


孫恩ら、呉興での決起を

目論んでいたのだが、

どうにもうまく行きそうにない。

なので、すぐさま会稽に引き返した。


そんな折の、胡桀と郜驃の決起である。

馮嗣之と仇玄達、喜んで参与。

みごと謝邈を血祭りに上げる。


が、そこまでだった。


東晋とうしん政府から劉牢之りゅうろうし謝琰しゃえんらがくる。

あっという間に敗れ去った五斗米道ごとべいどう軍。

馮嗣之らを置き去りとし、海へ逃げた。


えっこれどうすんの!?

ひとまず、まとまれ!

そうして仲間とともに身を寄せる。


一方の、謝方明だ。

謝邈の仇が、すぐそばにいる。

なので謝邈に世話になっていたもの、

謝邈の家に居候していたもの、

百人あまりを集め、馮嗣之らを包囲。

ことごとく捕まえた上、

謝方明みずから彼らを殺した。




謝方明,陳郡陽夏人,尚書僕射景仁從祖弟也。祖鐵,永嘉太守。父沖,中書侍郎。家在會稽,謝病歸,除黃門侍郎,不就。為孫恩所殺,追贈散騎常侍。方明隨伯父吳興太守邈在郡,孫恩寇會稽,東土諸郡皆響應,吳興民胡桀、郜驃破東遷縣,方明勸邈避之,不從,賊至被害,方明逃竄遂免。初,邈舅子長樂馮嗣之及北方學士馮翊仇玄達,俱往吳興投邈,並舍之郡學,禮待甚簡。二人並忿慍,遂與恩通謀。恩嘗為嗣之等從者,夜入郡,見邈眾,遁,不悟。本欲於吳興起兵,事趣不果,乃遷於會稽。及郜等攻郡,嗣之、玄達並豫其謀。劉牢之、謝琰等討恩,恩走入海,嗣之等不得同去,方更聚合。方明結邈門生義故得百餘人,掩討嗣之等,悉禽而手刃之。


謝方明は陳郡の陽夏の人、尚書僕射の景仁が從祖弟なり。祖は鐵、永嘉太守。父は沖、中書侍郎。家は會稽に在り、病を謝して歸り、黃門侍郎に除せられども就かず。孫恩に殺さる所と為り、散騎常侍を追贈さる。方明は伯父の吳興太守の邈に隨いて郡に在り、孫恩の會稽を寇ぜるに、東土の諸郡は皆な響應し、吳興の民の胡桀と郜驃は東に遷りて縣を破り、方明は邈に之を避けんと勸めど從わざれば賊の至れるに害さるを被り、方明は逃竄し遂に免る。初、邈が舅の子の長樂の馮嗣之、及び北方學士の馮翊の仇玄達は俱に吳興に往きて邈に投じ、並び之を舍て郡學し、禮待は甚だ簡なり。二人は並べて忿慍し、遂に恩と通謀す。恩は嘗て嗣之らを從者と為し、夜に郡に入り、邈が眾を見、遁れるも悟らず。本より吳興にて起兵せんと欲せど、事趣は果たせず、乃ち會稽に遷る。郜らの郡を攻むるに及び、嗣之、玄達は並べて其の謀に豫る。劉牢之、謝琰らの恩を討てるに、恩は走れ海に入り、嗣之らは同去せるを得たらず、方更にして聚合す。方明は邈が門生義故と結びて百餘人を得、嗣之らを掩討し、悉く禽え手ずから之を刃る。


(宋書53-7_仇隟)




謝鉄と言うのは謝安ブラザーズの末っ子(えききょまんせき鉄)。次男の謝拠ですらマイナーだってのにそれ以上にマイナーな弟までいたって知った時ビックリしましたよね。けど、そのお孫さんは気骨のひとでした。名家の子息としての誇り高き振る舞いとはいえ、こんなんなかなかできたもんじゃないですよ。


なお南史では「方明體素羸弱,而勇決過人,結邈門生討嗣之等,悉禽手刃之」なんて情報もあります。見てくれはしょぼかったのに、気骨の人だったそうです。萌えますね。


そして彼の名前もこれ、字なんでしょうね。そうすると檀道済だんどうさいせい帝、りょう帝に絡む諱だったのかなあ。対象は斉帝全員と「えん」及びその祖父と父あたり? この辺どうにかして調べられますかねー。悩ましいところ。檀道済にしても謝方明にしても南史でこう通用しちゃってるしなー。残念ながら、どうしようもなさそうですね。

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