第23話 手紙5(つむぎ→玲)

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Dear 玲くん


 ついに明日です!

 玲くん、準備はバッチリですか?

 あたしはもう着ていく服も決めました。明日のあたしを見たら、きっと玲くんも一瞬で恋に落ちてしまうでしょう。振り撒かれる妖艶な大人の色香に酔いしれるがいいですわ!


 というわけで、まずは事務連絡です。

 明日土曜日、午後四時に、あたしは玲くんの家に行きます。その次の日曜日が今年の冬至らしいので、もう辺りは薄暗いかもしれません。

 玲くんの準備ができ次第、玲くんの車で目的地へ向かいます。途中渋滞するでしょうが、あたしは渋滞に文句を言う女ではありません。渋滞まで楽しめる女になりたいと思っています。退屈にならないよう、しりとりのネタをいっぱい考えていくので大丈夫です。最悪一人で無限しりとりします。

 パークについてからはそこで一緒に考えましょう。おいしいご飯も食べたいし、きれいな景色の前で写真も撮りたいです。雰囲気に酔う恋人たちのように、腕を組んで歩きたいです。雪でも降ってくれたら最高ですね。

 ベタですか?

 ベタですね。

 ベタが好きなんです。


 今日は楽しみで眠れないかもしれません。

 遠足の前の日は楽しみすぎて眠れない子供でした。今でも教え子たちと修学旅行に行くと全く眠れません。

 玲くんはどうですか? 緊張して眠れない夜を過ごしていないですか?

 そんなときは、あたしを数えてください。数えた分だけ、夢の中へ会いに行きます。明日、何人登場したのかチェックするので、カウント忘れないようにしてくださいね。


 そういえば、どうして急に手紙を書いたのか、書いていなかったですね。

 どうしてだと思いますか?

 それはですね、手書きの文字でやり取りする温かみを味わいたかったからです。

 ……。

 嘘です。ごめんなさい。

 本当は、恥ずかしかったんです。玲くんと会話するのが。

 毎週一緒にいたはずだし、この前の日曜日だって午後からはいつものようにゴロゴロしていたにもかかわらず、一旦家に帰って冷静さを取り戻すと、先週一週間のあたしのわがままと、見せてしまったあられもない姿と、助けてもらったという事実が、洪水のように押し寄せて、息ができなくなってしまいました。

 顔を見たらまともに話せる気がしないし、かといってLINEのようにすぐに返事が返ってきてしまったら、それもそれでのぼせてしまう。だからといって離れたいわけでもなく、本音はいっぱいいっぱいいろいろなことを話したい。そんな自分本位な葛藤があって、手紙という手段を取らせていただきました。

 気づきましたか? 手紙のあたしは普段より少しだけ大胆なんですよ?

 少しだけわがままで。

 少しだけ強引で。

 少しだけ素直なのです。

 飾らない自分を見てほしいと思いつつも、直接会えないあたしのわがままに、よくぞ付き合ってくれました。

 明日はいつにも増して勇気を出します。

 部活の顧問のこととか、教頭先生の嫌がらせのこととか、タカヒロくんとのその後のこととか、今のあたしのこととか、話したいことがいっぱいあります。今週は本当にいろいろなことがあって、闘いの日々でした。ここに書いてしまいたくてうずうずしていますが、やめておきます。全部まとめて明日に取っておきます。

 長い長い話になるかもしれません。

 でも、ちゃんと聞いてほしいです。


 きっと素敵な一日になるでしょう。

 明日を楽しみにしています。


                         立石つむぎ


 P.S.

 ミカン、ありがとうございます。あたしは果物の中でミカンが一番好きです。魚の中ではホッケが好きです。肉は豚肉派です。また今度、一緒にご飯作りましょう。

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 仕事から帰り、コートを脱いでハンガーに掛け、手洗いうがいをこなしてから、真っ先にポストに投函されていたつむぎからの手紙を読む。

 私の便せんをかわいいといったつむぎは、その日の手紙から、縁に桜の絵柄があしらわれた便せんに変えてきた。今日使っているものも、同じシリーズらしく、ファンシーな四つ葉のクローバーで縁取りされている。こういう細かなところに対抗心を燃やす姿が微笑ましくて、思わず頬が緩んだ。

 だが、読んでいるうちに、私は冷静さを取り戻した。

 つむぎの文面から伝わる、偽りのない感情を読み取って、息が詰まった。


「ちゃんと聞いてほしいです……。かぁ……」


 便せんをテーブルに投げやり、ソファーの背もたれに腕を放って脱力する。


「……」


 見上げた天井のライトが眩しくて、掌をかざして光を遮る。細くて長い指は、白色の光を透過して輪郭をぼやけさせた。壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。

 ままならない感情が胸を埋め尽くし、答えの出ない疑問が脳をめぐる。

 腕を下ろして両目を遮っても、一度取りついた疑念は消えてくれなかった。

 変化を好まない。踏み込まれるのが怖い。

 そんなものは建前だ。

 私は、私には……。

 私の力ではどうすることもできないつむぎとの隔たりが存在する。


「明日か……」


 ずらした腕の隙間から、テーブルの上に投げ捨てられたつむぎからの手紙が見える。

 堪え切れない思いが押し寄せてきて、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「明日なんて、来なければいいのに……」

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