第12話 焦燥する火曜日
金曜日の午前中に大品質会議という名前の会議がある。
自部署の製品の品質問題を、我々ぺーぺーが会社の重鎮たちに釈明する報告会だ。部署の不始末を報告する場であるから、当然雰囲気は重苦しく、明瞭で納得のいく弁明が必要となる。
月に一度行われるこの会議の前は自然と残業が増え、部署内の雰囲気もピリピリしてくる。隣に座る身体の大きなおデブ先輩の貧乏ゆすりが増えるのが、私の小さくない悩みの一つだ。
「……はぁ」
人のことを揶揄している場合ではない。
私は、遅々として進まない報告書に視線を投げる。
昨日の報告書は結局完成しなかった。OJTとしてついてくれているひょろりと背の高い四十手前の先輩に見せたところ、盛大なリテイクをもらった。
「
「はい」
「素子が破損してそれが起こることはわかった。じゃあ、どうしてその素子が壊れたのか。真因を突かなければ、お客様も納得しないよ」
「……」
突き返された報告書に視線を落として、小さく頷き、席に戻る。普段ならこの程度は見逃してもらえた。細かなところに突っかかられてしまったのは、ひょろり先輩も多忙が極まってイライラしているからに違いない。
報告書だけでなく、私にだって大品質会議用の資料作成という業務がある。こんなことにかかずらっているわけにはいかないのに……。
ふと、机の上に置いたスマホが目に入った。
昨日から通知一つせず、ただの文鎮を貫いている私のスマートフォン。つむぎからの連絡はあれ以来ない。
どうした、とか、大丈夫か、なんて内容を、言葉を変えて何度か送ったが、全て無視されている。時間が経ってから既読はつくため、読んではいるようだが……。
スリープ状態のスマホを取り上げてロックを解除してLINEを開く。通知がないのだからメッセージが届いているわけはないのだが、ついつい確認してしまう。三十分に一回はスマホに手が伸びていた。
そして、気付く。
私は一体何をやっているんだ、と。
昨日からつむぎのことが頭から離れず、仕事に身が入らない。次第に自分が、腹を立ってているのか心配しているのか、それすらもわからなくなってきた。私は一体、あいつのことを何だと思っているのだろうか……。
悩んでも答えは出ず、仕事は片付かないまま時間だけが過ぎていく。
なんでもいいから反応が欲しい。
そう思うのは贅沢だろうか?
気付くとオフィスの電気の半分が消えていた。
時計を見ると既に十時を過ぎている。大半の社員はとっくに退社し、私の周りにも室長と私しか残っていなかった。
集中力が切れた。今日はもうおしまいにしよう。
立ち上がって大きく伸びをすると、にこりと笑う係長と目が合った。
「頑張っているね、片瀬クン」
「思うように、進まなくて。資料もできてないので……」
当たり障りなく苦笑を浮かべた。強がってもしょうがないし、最終的には室長の承認がいる。出来ていないことを頭ごなしに否定したり、怒鳴り散らすような頭の固い上司ではない。現状は包み隠さず知ってもらう方が仕事がやりやすいということは、以前の経験から学んでいた。
「
「いいえ、私なんてまだまだですよ。三森さんのようにはいかない」
「そうだね。まだ甘いところもある。昨日も今日も随分上の空だったみたいだ」
「え?」
帰り支度を始めた手が止まる。首だけ動かして声の方へ視線を向けると、室長はさっきと変わらず柔和な笑顔を浮かべたまま、私の方をじっと見つめていた。
見透かされていた。
そう思うと、途端に肩身が狭くなった。上の空だった自覚は大いにある。
「根を詰め過ぎないようにね」
「……はい」
温かい言葉が心に染みた。
電車に乗って家へと帰る。平日の終電間際は人の数も少ない。最寄りの駅で降りたら、冷たい風が首筋を襲った。
トボトボ歩く帰り道。私はまたつむぎのことばかり考えていた。
家に入る直前、隣の102号室に灯りが付いているのを見て、ホッと胸をなでおろす。
壁一枚隔てた向こうにつむぎがいる。
疲れた頭では、それだけが唯一の救いのような気がした。
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