第2話エンドレス·ユイゴン·デスティニー 前編

アビナ村は都市の外れにある農村であり、いわゆる『寒村』だ。帝国最大の都市メギドは城塞都市のようになっており、塀を越えれば一気に寂れる。実際に消滅した村も1つや2つではきかない。とはいえ政府が動く事はない。村に残っているのは年寄りばかりであり、それら人工的な刺激で洗脳できない人々はとっと死に絶えてもらうに限るのだ。 

「この辺もすっかり寂れちまっての、100より若い連中はもうおらなんだ」 

枯木のような老人が言う。彼もかつては凄腕のデビルハンターであり、聖別されたマニ車マシンガンで闇夜に跋扈するマーラの使いを殺戮していた。今やその面影は全身の般若心経タトゥーだけである。 

「あんたはいくつなんだよ?」 

「わしか?わしは…ハッハ、もう覚えておらんわ!」 

遠慮の無い様子で老人にインタビューするのは、見るからに邪悪そうな少女。いや、その目の奥をよく観察してみれば、この女が見た目相応の年齢ではない事が分かるハズだ。

「ボケたかのう、この年になって『呪い』なんぞ見たもんで動揺しとるんかのう」

少女の目が光った。

「『呪い』だぁ?何だよそりゃあ!」 

「え?…あっ、し、しまった…」

動揺する老人。

「…あんまり知られたくない事みたいですね?」

そう言ったのは、ボサボサの黒髪をもつ少女。こっちは『少女』だ。 

「隠されると余計気になるじゃねぇか、なあミラノ?」 

最初の少女が、黒髪の少女に同意を求める。

「い、いや…余計な事に首を突っ込まない方がいいんじゃ…」

尻込みするミラノを小突いて、

「ばっかビビってんのか?余計な事こそ積極的に首を突っ込め!説明しな爺さん!」 

老人は天を仰ぐ。それから大きくため息をついて、

「まあ、今更隠しても始まるまい。…よかろう!話してやる、つまりこういう事だ」

………アビナ村に一人の老人が住んでいた。名はテンダイ。特にこれといった特徴もなく、いつ村に住み着いたのか誰も知らない。かなりの高齢で、家族がいないので一人暮らしだった。そのテンダイが、死んだ。死因は分からないが、おそらく老衰であろうと推測された。何分狭い村なので、村人同士の結束が強く、身寄り頼りの無いまま死んだ哀れな老人を弔ってやろうと、有志が集って葬式を挙げてやった。…実はテンダイは死の2日前から体調が優れず、布団で寝たきりになっていた。そこで手の空いている者だけで、見舞いにいったのだが、そこでテンダイは妙な事を言った。

『テンダイさん、しっかりせいよ!そんなぼーっとしていたんでは本当に死んでしまう!元気出しんさい!』

『へへ…ありがとよ…だがこればっかりはどうしようもねぇ、〘運命〙だものな』

「『運命』だあ?」

「そう、まあこの時はそう珍しい言葉とも思えんかったんで忘れてしもうとったが…」

テンダイの死後、見舞いに行っていた内の一人、ゴスケに異変が起きた。何やらブツブツと喋りながら墓場の辺りをウロウロするようになり、よく聞いて見れば『運命』がどうのこうのと言っているらしいのだ。この老人はそれを聞いた時、とっさにあの遺言めいた言葉を思い出した。どうやら一緒に見舞いに行った連中も皆思い出したらしく、怯えていた。ゴスケは明らかに正気ではなく、次は自分かもしれないのだ。

「それで『呪い』と言うワケだ!」 

ヘルズゲートがそう言うと、ミラノが耳打ちしてきた。 

「『神界』じゃ呪いなんて当たり前の存在じゃないの?」

「有ると分かってりゃ余計怖いだろ」 

ミラノは頷いて、

「それもそうか…でも!皆さんそのテンダイさんって人を見舞ってあげたんでしょ?なら恨まれる理由なんて…」

「それよ!アタシも気になってた。…『運命』なんて悟ったような事言ってたんじゃ未練の線も薄いしなあ」 

二人は考え込んだ。しばらくするとヘルズゲートは顔を上げ、

「じゃあ、そのおかしくなったってじーさんに会わせてくれよ!」

老人は呆れた様子で、

「何を言っとるんじゃ、あんたらにゃ関係ねぇ話じゃわい、誰が…」

「ほら早く!」

何たるゴリ押しか!だが彼らのような頑なな人種は、時にパワープレイに弱い。

「…ついてきな」

「そう来なくっちゃあな!」

老人に案内されたのは、極めてみすぼらしい家屋だった。と、言ってもどれも同じような汚い家ばかりだが。

「…おーい!ゴスケ!おるか〜?」

老人が大声で呼ばわると、ボサボサにハゲ散らかした男が何やら唱えながら出てきた。その目つきは…なるほど、確かに正気とは思えない。

「…何じゃ」

ゴスケはぽつりと呟いた。

「な〜んだ会話出来んじゃねーか」

「あんまそういう事本人の前で言わない方がいいと思いますけど…」

「んにゃ…まあええわ…タキジ、お前も来とったんか!」

案内した老人はばつ悪げに、

「すまんの、ゴスケ…追い返そうと思ったんじゃが…」

「ええ、ええ!気にするな!心配かけたのう!医者に診てもろうたら『ボケ』じゃと」

ミラノが首をかしげる。

「ええっと、それじゃあ…変な事を口走りながらウロウロしたのはただの『痴呆』だったって事ですか?」

「おう、ワシ自身はよく覚えてないんじゃがのう〜…ま、年をとったっちゅう事じゃのう!全く、嫌になるわい!」

黒髪は気が抜けたようにため息をつきつつ、

「…何て事はなかったじゃないですか!やっぱり余所の村の事に首突っ込む必要はなかったですね!」

金髪はこれに返して、

「うーん…まあ、そうかもな」

「それより追っ手がいないかどうか気にした方がいいですよ!もし捕まったら…!」

ミラノは青ざめた。とにかく捕まるワケにはいかない。こんな所で余計な事をしている内にも、すぐそこまで追っ手が迫ってきているかも知れない。

「早くここから移動しないと…!」

「まあ待てよ。お前どっかで野宿する気か?この神界で?危ないぜ、なあじーさん?」

急に話しかけられた老人…タキジはびっくりして一瞬肩を強張らせたが、すぐに頷いて、

「ああ…そうじゃな…」

「じゃあ泊めてもらってもいいかな」

「…そうじゃな…は?」

何たる大胆さか!一気に畳み掛ける!

「べつにお前が嫌なら他の家に泊めてもらうけど…ゴスケ爺さん!泊めてくれるか?」

ゴスケはどんよりとした瞳を不審げに歪め、「わ、ワシが?何でアンタを泊めにゃならんのじゃ?見ず知らずの怪しいよそ者を…」

断固たる拒絶の意思表示!しかし交渉人は決して退かない!むしろ勝利を確信したように

微笑みつつ、ゴスケの背後に向かって、

「あ、ばーちゃん!ちょっとアタシら困ってんだけど…一日で良いんだ!泊めてくんねぇかな…?」

ゴスケが後ろを振り向くと、そこには彼の妻がいた。玄関先での騒ぎを聞いて出てきたのだ。老婆は、一見人懐っこい不良少女風の外見をしたヘルズゲートに心を許したのか、

「あらあら、何のお構いも出来ませんけど…そんなにお困りなら…ねぇ?アナタ、いいでしょう?」

「な、何じゃと?ワシは…」

妻は少し立腹した風で、

「アナタ!こんなに可愛らしい娘たちが困ってるのよ?一日くらい良いじゃないの!」

ゴスケはたちまちタジタジとなって、

「いや、ワシは何も…」

「アナタ最近変よ?今までなら一も二もなく即答してたハズ、『いいよ』って!年はとりたくないものね!病院じゃボケが始まったって言われるし、全くもう…!」

ものすごい剣幕である、これにはゴスケも堪らず、

「わ、わかった!泊めてやるわい!」

「…流石アナタね!そう言ってくれると思ってたわ!…さぁお嬢さんたち、上がって!汚い所だけれど我慢してね!」

ゴスケの妻がいそいそと二人を家の中に上げる、ゴスケはしょんぼりとして居間に入る、タキジは仕事は終わりとばかりに帰宅する、というワケで納まるべき所に納まった。

「ヘルズゲートさん、やるじゃないですか!奥さんを味方にするなんて!」

ヘルズゲートは紅い眼を邪悪に輝かせて、

「なぁに、心理学について少々学んだ事があるのさ!…コンビニの本で」

二人はゴスケの妻が導くまま、居間に通された。ゴスケは食卓について新聞を広げていたが、居間に入って来た二人と目が合うと、ばつが悪そうに目をそらした。

「ありがとなあ〜爺さん!助かったぜ!」

ヘルズゲートが容赦無く追い討ちをかける。

「あ、い、いや、まあな…」

そこに妻の快活な声がインターセプトする。

「すぐご飯用意するからね!」

「おう!ありがとな!」

「本当にお世話になります…」

温かい食事を腹に入れると、瞼が重くなってきた。ミラノとゴスケだけだが。ゴスケの妻とヘルズゲートは、仲良さげに話をしている。ヘルズゲートは寝っ転がってアルバムを見、老婆は編み物を編んでいる。もう一組の腕で裁縫もしている。ミラノは、神界に人間はいないのだという事を、再認識した。

「あ〜、で?何?これがばあちゃん?」

「そう、なかなか美少女でしょう?この頃はあの人も優しかったのよ?」

話題の主は飯を食べたらすぐ寝たので、居間にはいない。眠くなったからというだけではないだろう。

「で?今は優しくしてくれないと?」

「そんな事は無いのよ?ただ…あの人、ボケが始まっちゃって…人が変わったみたい」

食事中も、彼は何度か箸を取り落としていた。『ボケ』は本当の事なのだろうと、ミラノは思った。ヘルズゲートは頷いて、

「ま、あえて無責任に言わせて貰うなら、大丈夫だ!問題ねぇよ」

「あらぁ、嬉しい事言ってくれるじゃない」

実に和やかだ。…やっぱり眠いので、ミラノは寝る事にした。

「じゃあ、奥様!私は先に寝かせていただきます!ヘルズゲートさん!あんまりご迷惑をお掛けしないように!いいですね?」

「わーってるって!」

「おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

ミラノが寝室に行った後も、二人はまだ話を続けていた。やがてヘルズゲートと老婆が寝ると、静寂が家中に広がった。そして夜は更けていく………………


午前2時。秒針が時を刻む音のみが響く寝室でたただ一人、立ち上がる影がある。その影はミラノの枕元へと近づくと、腕を振り上げた。腕が凄まじい勢いで振り降ろされる。

「グァァァァァァァッ!!」

響く悲鳴。老人のものだ。

「ぐ、ぐ、クソ…ッ!何故…!」

老人…すなわちゴスケは、ミラノに一撃を加える直前、横から強烈な蹴りを受け、壁際に吹き飛ばされた。誰によって?当然、ヘルズゲートによってだ!

「テメエよ、バレてねぇとでも思ってたのかぁ?なあ、おい!!」

「な、何の音?どうしたの?」

奥で、夫人の怯えた声が聞こえた。

「ばあちゃん近づくな!アンタの旦那はとっくに死んでたんだよ!」

突然の光。ミラノが電気をつけたのだ。

「…敵?」

「そういうこった!…なァ!聞こえてるかぁ、クソジジイ!!」

老人は無言で立ち上がると、高速で接近!

「答える気はねぇか、オイ!?」

ヘルズゲートは完璧に反応し、ゴスケの顔に即死級キックを放った!

「邪神を舐めるでないわ!」

右手を床について身を低くし、躱す。さらにその手を軸として回転する。足払いだ!

「年寄りの身体乗っ取って粋がってんじゃねぇぞザコが!!」

ヘルズゲートは跳躍し、これを軽々と躱す、さらにゴスケの頭を掴んで床に押し付けた!あまりのパワーに、床が崩壊する。頭を押し付けたまま、ヘルズゲートが喋る。

「これで話しやすくなったな、オイ?」

「…グ、グッ…!おのれ…!!」

「私も分からないんだけど…説明してよ」

ミラノの言葉に、ヘルズゲートは頷いて、

「まあ、なんのことはねぇ、今ゴスケ爺さんの中に『いる』のは、死んだテンダイだ」

「え?じゃ、じゃあ『呪い』は…」

「本物だ。ゴスケ爺さんは、『遺言』を聞いたから身体を乗っ取られたのさ。…聞いたことがある、呪いによって生き続ける邪神の話をな」

ヘルズゲートの話は要約するとこうだ。この邪神は、他者の身体を奪って生き続ける怪物である。その能力の発動条件は、『遺言を聞かせる』こと。遺言を聞いた者は、身体を乗っ取られる。キーワードは、『運命』。

「まあ、アンタの話を聞いたことがあるんで分かったが…知らなかったらヤバかったかもな!…アタシが聞いた話じゃ相当強大な邪神らしいが…それにしちゃあ身体を乗っ取るのに時間がかかったみたいだな?」

ゴスケは…いや、ゴスケの身体を乗っ取った邪神は、自嘲するような笑みをうかべた。

「左様…ワシも衰えたものよ…こんな取るに足りない年寄りの身体を乗っ取るのに時間がかかってしまった!乗っ取ったら乗っ取ったで上手く操れないしな…」

ミラノがボケの症状と捉えていた、箸を取り落とす行為は、乗っ取った身体を上手く扱えないことの証左だったようだ。

「アンタをぶっ殺す為に慣れない媚まで売ってこの家に入り込んだんだ…もうちょっと付き合ってもらうぜ?」

「何故、ワシを?」

その問いにヘルズゲートはにんまり笑って答える。その姿は、もはや人懐っこい不良少女のものではなかった。

「楽しいからだよ!!名高い邪神と殺し合える機会なんてそう無ぇ!だから『呪い』の噂をこの村で聞いた時からずっっっっっと楽しみにしてたんだ!!!…でもよ、」

ヘルズゲートの姿が消えた。1秒後、老人の首が飛び上がった。

「『衰えた』だと?ふざけんじゃねぇよ」

ヘルズゲートは手に付いた血をうっとおしそうに払った。その顔は、陰鬱だ。この時、まだ首は空中にある。頭部を失った身体を蹴り上げ、宙の首にぶつけた。禍々しい光を放って、爆発した。

「な、何事じゃ!」 「戦争か!?」

田舎の夜に、その騒ぎはよく響いたことだろう。他の民家から、次々に村人が飛び出して来た。

「嬢ちゃん、こりゃあ一体何が…」

そうミラノに話し掛けたのは、昼間案内してくれた、タキジだ。

「あ、え〜っと…」

「…クソがアタシに喧嘩売ってきやがった、だから殺した、それだけだ」

ヘルズゲートは、地獄の底から響くが如き声で吐き捨てた。

「…っていうか、ヘルズゲートさんあの邪神と戦うためだけにここに滞在してたんですか?」

「…だからどうした」

ミラノは渾身のチョップをヘルズゲートの頭頂部に叩き込んだ!

「んな事してる場合じゃねぇっつってんだろうが!!」

「痛え!?」

「捕まったらヤバいんでしょ!?少しは焦れよ!時と場所考えろ!バカ!!」

ヘルズゲートは頭を擦りながら、

「わ、悪かった!ごめんて!」

タキジは首をかしげて、

「まあ、良くわかんねぇけど大変だったんだな?…おお、ミツエさん、どしたあ!」

ゴスケの妻に近寄って行った。後は任せても良いだろう。

「…『呪い』がどうとか聞こえたぞ?」

村人が話し掛けて来た。

「あ、え、いや!もう大丈夫です、お騒がせしました!」

村人はしたり顔で、

「当たり前だんべ!俺たちもびっくりして『呪い』なんて噂流しちまったがよ、ありゃあただのボケだ、ゴスケもいよいよって所だな!オラも気ぃ付けねぇと」

ミラノは首をかしげて、

「知ってたんですか?」

「何を」

「いや…『呪い』がボケだって事を」

「当ったり前よ!病院さ行ったのはおとといの事だ、この狭い村じゃすぐに広まっぺ!」

ミラノはまた首をかしげた。その隣でヘルズゲートがほくそ笑んだ。

「…どうやらまだ楽しめそうだ、だろ?」

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