【BL】シロとクロ ※R-15

最終話【中編】

　お手紙（てがみ）だけ置（お）いて、着（き）の身着（みき）のまま、お屋敷（やしき）から飛（と）びだした。

　お手紙（てがみ）には、『シロ様。今（いま）まで、お世話（せわ）になりました。シロ様のことがだいすき。クレナイ様とお幸（しあわ）せに』と書（か）いた。ぼくは、作文（さくぶん）は苦手（にがて）だけれど、文字（もじ）はいつも、すごいですね、とても美（うつく）しいです、ってシロ様が本当（ほんとう）に褒（ほ）めてくれていた。だから、最後（さいご）は今（いま）までで一番（いちばん）きれいに書（か）きたかったのに。

　目（め）の前（まえ）がにじんでしまって、上手（うま）くできなかった。

　きっと『がっかり』、しちゃうと思（おも）う。

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　森（もり）を抜（ぬ）けて国境（こっきょう）を越（こ）えようと、足（あし）がちぎれそうな思（おも）いで一生懸命走（いっしょうけんめいはし）るたび、足飾（あしかざ）りがしゃらん、しゃらんと鳴（な）る。シロ様からの贈（おく）りもの。助（たす）けてもらってからしばらくして、『クロに合（あ）いそうだな、と思（おも）って』と、優（やさ）しい微笑（ほほえ）みと一緒（いっしょ）にもらってしまった。それ以来（いらい）、お風呂（ふろ）のとき以外（いがい）はずっとつけていて。……本当（ほんとう）は、置（お）いてこなくちゃ、返（かえ）さなくちゃ『だめ』って思ったんだ。

　けれど、できなかった。『シロ様とつながっていた証（あかし）』が、どうしてもほしかった。シロ様の『気持（きも）ち』が、ぼくなんかになくても――……。

「あぅっ！」

　視界（しかい）が涙（なみだ）でぼやけていたせいか、木（き）の根（ね）に足（あし）をとられて転（ころ）んでしまう。

　着物（きもの）をまくってみたら、少（すこ）し膝小僧（ひざこぞう）に血（ち）はにじんでいたけれど、そんなに痛（いた）くない。痛（いた）くないはずなのに。

「うう〜……っ」

　もう、ぽろぽろ、『悲（かな）しみ』が、ほっぺたを濡（ぬ）らしていた。

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「くすん、すん……」

　すっかり夜（よる）になってしまった。

　だいぶ丸（まる）くなったお月様（つきさま）が、森（もり）を蒼（あお）く照（て）らしていた。

「『だめ』、ゆかなくちゃ……」

　立（た）ち上（あ）がりかけたとき、がさっと、木陰（こかげ）から物音（ものおと）がする。

　どうしよう。かなり大（おお）きな『なにか』が潜（ひそ）んでいる。『悲（かな）しみ』に夢中（むちゅう）で全然気（ぜんぜんき）づけなかった。

　心臓（しんぞう）が、ばくばくして、それなのに、上手（じょうず）に血（ち）が巡（めぐ）ってくれないような感覚（かんかく）。ああ、まさか。だって、この微（かす）かな『腐臭（ふしゅう）』は。

　ずるぅっ、と引（ひ）きずるような音（おと）とともにあらわれた『それ』は、鼻（はな）のいいぼくには、少（すこ）しだけ『へどろ』みたいな臭（にお）いがする。見（み）た目（め）は黒（くろ）い霧（きり）をまとった泥山（どろやま）のようで、昏（くら）い昏（くら）い、ふたつの目玉（めだま）からは、静（しず）かに『泪（なみだ）』を流（なが）していた。

　――『異形（いぎょう）』！！

　『異形（いぎょう）』。もののけの『憎悪（ぞうお）』や『苦（くる）しみ』の感情（かんじょう）、世界（せかい）を漂（ただよ）う『穢（けが）れ』が合（あ）わさって、形（かたち）を成（な）したもの。

　いつもお腹（なか）を空（す）かせていて、弱（よわ）いもののけや『穢れ』を取（と）りこんで、ひっそりと生（い）きつづける、陰（かげ）の存在（そんざい）だ。

　……きっと今（いま）、食（た）べられてしまったほうが、この『異形（いぎょう）』の栄養（えいよう）になるし、『じゃまもの』はいなくなる。

　このままぼくが生（い）きていても、だれも喜（よろこ）ばない。幸（しあわ）せになんか、ならないのに。

　でもやっぱり、からだ中（じゅう）、がたがたと震（ふる）えて。

　怖（こわ）い。シロ様に会（あ）いたい。

「シロ様ぁ……っ！！！」

　だれよりも愛（いと）しいひとの名（な）に縋（すが）ると、

「クロに、触（ふ）れるな……っ！！」

　まばゆい光（ひかり）とともに『異形（いぎょう）』は弾（はじ）け消（き）え。

　息（いき）を切（き）らせた『そのひと』が、そこに居（い）た。