三章
第三章 闘乱の果てに芽生える絆その一
雪が降る中、レイルが身を起こす。しかし彼は身体に何も身に着けておらず、足元には大剣だけが転がっている。
「……え、ええーと。どういう状況だ、こりゃ?」
レイルは頭に手をやり、さっきまでイザクと一緒に行動していたことを思い出す。
それがなぜか今はイザクの姿は近くには見当たらず、彼自身は全裸姿だ。彼はおもむろに立ち上がると、大剣を手に歩き出した。
だが、どこか現実感がないのだ。両足を地面につけていてもまるで安定せず、深い海の中をゆっくり落ちていくような感覚。
――ああ、何だ。こりゃ夢かよ。と、ふらつきながら、レイルは気付く。
なら目が覚めるまで待つだけだと、力を抜いて浮遊感に身を任せることにした。
「レイル君、任務を果たそうと頑張ってくれてるみたいだね」
そんな時、ふいに女性らしき声が響く。粉雪が乱舞する中、レイルにとって聞き覚えのある声がする。雪の向こうから現れたのは、彼が一番会いたかった人物だった。
「ア、アルマさんっ!? どうしてここにっ……い、いや、本物じゃねぇんだよな。これは俺が見てる、ただの夢のはず……」
「ううん、それは違う。私は本物だよ、レイル君」
彼女の優し気な言葉に戸惑いを覚える、レイル。確かに顔も声も、アルマそのものである。周りの雪景色などと違い、彼女だけは本物であると言う存在感があった。
そんな彼に歩み寄ってきたアルマは、その身体をぎゅっと抱き締めた。
「っっ!? んあっ!!」
突然のことにレイルは赤面し、思わず言葉を発することも忘れてしまう。
彼を抱き締めたまま、アルマはその耳元で優しく囁きかける。
「いい、レイル君? ブラッド・ヴェイツは、私がかつて倒し損ねた敵。だけど、君ならきっと倒せるはずだと私は信じているんだよ。だって君は、その古の剣術を受け継いでいるから」
「ア、アルマさん……じゃあ、俺達が出会ったのは偶然なんかじゃ?」
レイルもアルマの身体に両腕を回し、抱き合う二人。海中を沈んでいくように髪をなびかせながら、レイルが問う。
すると、彼女はしばし声を止めた後に言葉を発した。
「そう、私達の出会いは必然だった。君と私はね、切っても切れない縁で結ばれているんだ。ブラッドは……そしてあいつは、恐ろしく強大だけど、もし倒すことが出来たなら君の望みはどんなことでも叶えてあげられるよ」
「お、俺の願い事?」
アルマの息遣いが直に感じ取れ、鼓動が高鳴るのを覚えたレイルは問い返す。
やはりこれは夢ではないのだと……いや、そうではないことを願った。
「うん、あいつを倒したなら、君は世界を救った英雄も同然だからね。名誉も富も何でも思いのまま。望みが決まってるなら、言ってみて」
「お、俺の願い事はっ……そんなん、もう心に決まってますよ! アルマさん、俺は貴方と付き合いたいんだっ!」
「うん、分かった。君の望み通りにしてあげる。じゃあ、最後に……決戦に赴く君にこれを渡しておくよ。私の力を込めた、この短剣を。くれぐれも気を付けてね、レイル君。何しろ、君が戦わなくちゃいけない本当の相手は……」
そこでアルマからの声が途絶えた。降り注ぐ雪はより激しく宙を乱舞し始め、レイルの視界を覆い尽くしていく。音さえも掻き消して、聞こえなくしてしまう程に。
これで彼女とお別れな気がして、レイルは果てしない恐怖心を抱いた。
レイルが咄嗟に手探りで彼女の身体を掴もうとするが、虚しく空を切る。
その代わりに、何かを彼女に手渡された感触だけがあった。
「アルマ、さっ……」
雪の隙間から閃光が炸裂し、洪水に飲み込まれたように身体が押し流される感覚に襲われた。抗えない潮流、そして飛び交う光がレイルの身体を突き抜ける。
――そして、世界が割れた。一瞬後、レイルは自分の名を呼んでいる男の声を聞いて、完全に夢から目覚めた。現実に戻った彼は、残念そうに溜め息をつく。
「お、おう。イザク……か? じゃあ、やっぱりあれは夢なのかよ。いや、違う。あの妙に生々しい臨場感は、本物だとしか思えなかった。……それにアルマさんに触れた感触だって、はっきりこの手に残ってるしな」
「アルマ? 何を寝ぼけている? お前は歩いてる最中にふらついて突然、意識を失ったんだぞ。幸い魔機達が近くにいなかったから良かったものの、一歩間違えば命の危機だったんだ。そんなに疲労が溜ってるなら、少し休憩するか?」
イザクから話を聞いても、レイルには自分が倒れた時の記憶はない。レイルは頭を掻きながら火照った身体を立ち上がらせ、周囲を確認する。
いるのは、港街コルヒデの壊れた街並みの中。今はそれほどの量ではないが、相変わらず雪がちらついている。にも関わらず身体がこんなに熱いのは、アルマに抱き締められたためだ。やはりあれはただの夢じゃないと、レイルは思った。
何よりの証拠として、彼の手にはアルマから渡された短剣が握り締められていたからだ。
「……この任務を成功させなきゃいけない理由が、強まっちまったみたいだな。アルマさんの期待に応えなきゃいけねぇ。行こうぜ、イザク。俺はもう大丈夫だ、ブラッドの野郎をとことん追い詰めてやろうぜ」
レイルは手にした短剣を見つめながら言うと、身体に積もった雪を軽く払う。その時、大きな雪の塊が建物の屋根から落ちて音を立てた。
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