第三章 闘乱の果てに芽生える絆その二

 雪がちらつく街中で、二人の男女が集団の敵と戦っていた。

 一人は飛び抜けた巨躯の男性で、腕力に物を言わせて戦斧を振るっている。もう一人は女性で、その男にも負けず劣らない力と格闘術で着実に敵を仕留めていた。

 そんな二人を黒甲冑の集団の男達が取り囲みながら、毒が塗られた刃物を突き立てようと接近していったが、その度に撃退されている。だが、異様なのは彼らの血走った目つきであった。更に口の端からは、泡まで吹いている。


「うわー、こいつらが噂に聞くブラッド傭兵団なの? 怖いなー、目が正気を宿してないよ。これじゃ、まるで知性のある猛獣とでも戦ってるみたい」


「……薬で精神を高揚させているようだな。いや、あるいはそういう効果のある呪物かもしれん。ブラッド・ヴェイツ本人はいない所を見ると、斥候部隊と言った所か」


 男はダール・ゼフォン。女はリゼ・リナブルだった。

 身の毛がよだつ殺気が渦巻く戦場で、男達の喧騒が二人の周囲で鳴り渡る。

 戦闘は刻一刻と激しさを増していき、戦い慣れた男達はその集団戦法で確実に二人を追い詰めんとしていた。その躊躇のない狂気の前には、相手が普通の人間であったなら、震え上がり為す術もなく殺されていくだろう。

 だが、男達にとって誤算だったのは、ダールとリゼが並みの使い手ではないと言うことであった。


「ねえ、あんた達。邪魔しないでくれるかなー? 私は他の三人よりも早くブラッドの首を取らなきゃいけなくて、急いでるの。だから大サービスをしてあげるよ。今、逃げるんだったら見逃してあげてもいい。それでどう?」


 しかし男達は相変わらず殺気立った様子で、リゼが面倒そうに溜め息をつく。

 彼女は拳を前に構えると、勢いよく右足で一歩を踏み出した瞬間っ……。

 ――姿が掻き消えた。その場にいた、男達の誰もがそう思ったことだろう。

 気付いた時には、すでに男達の一人の鳩尾を抉るように彼女の掌底が炸裂していたのだ。

 口から血反吐を吐き、男は水切りのように何度も跳ねて飛ばされていく。

 それを見た男達は迂闊には彼女に近寄れないと気付いたのか、攻撃の手が止まった。


「ところでさー、ダール。私の後をついて来るのはいいんだけど、私はあんたにも先を越されるつもりないんだからねー。だから私の手助けをする必要はないし、私が邪魔なら殺すなり好きにすればいい」


 リゼが背を合わせながら戦っていたダールの方を振り返り、そう言ってのける。

 ダールは返事を返す前に、男達を目掛けて戦斧を右へとなぎ払った。

 ――瞬間、爆薬十数発が同時に炸裂したかのような錯覚が引き起こされる。

 凄まじい爆発によって地面が吹き飛び、破片が左から右へと通り過ぎていった。


「……たまたま目的地が同じだっただけだ。標的以外の殺しは俺達の唯一の禁忌だが、俺を出し抜こうと言うなら、ここでお前を始末するのもやむを得んな」


 圧倒的な戦斧の破壊力で男達を十数人まとめて蹴散らした、ダール。

 彼もそこでようやく振り返ると、リゼと正面から対峙して睨み合いとなった。

 まさに一触即発。まだ生き残っているブラッド配下の二十人程の男達に取り囲まれながら、互いの視線が火花を散らした。


「……来るなら来い、リゼ。競争相手は少ない方がいい。俺に目的があるように、お前にも叶えたい夢があるのだろう?」


「勿論、そういうこと。ブラッドの首を取れば私の夢は叶うんだよ。確かあんたと本気で戦うのは、これが初めてだったよね? じゃあ、手加減はなしで……始めようかっ!」


 裂帛の気合いと共に、先に仕掛けたのはリゼだった。

 踏み出した最初の一歩と同時にまたも彼女の姿は掻き消え、瞬く間にダールの懐に潜り込む。そのまま彼女が強く握り固めた拳が、彼の胴体目掛けて迫った。


「……くだらんっ!!」


 リゼの渾身の拳をダールは戦斧の柄で受けると、激しい力のフィードバックによって両者が弾かれて、間合いが開く。

 態勢を立て直しつつ、二人はそのまま相手に向かって再び突っ込んでいった。

 そこから先は残像が残る程の高速でリゼとダールは激突し、距離を置き、拳と戦斧の攻撃を見舞い合う。一撃一撃が、必殺の威力を秘めている。

 それでも尚、どちらもまだ無傷。もっぱら被害を受けているのは、二人の激突の余波を受けている周りの男達だけだった。


「ふぅーーー……私を相手にここまで立ち回られたのは、初めてかもねー。ちょっとショックを感じるよ。改めて思うけど、アルマさんが集めたあんた達って何者なの? 私も人のことは言えないけど、全員が全員、普通の人間じゃないよねー、どう考えても」


「……さあな。だが、少なくとも俺に関して言えば、呪われた出自だ。マスクの下の、世間では凶暴な害獣認定されている妖精に酷似したこの顔のせいで、幼少期から迫害を受け続けた」


 軽く身の上話をしたダールが戦斧を横に構えると、リゼもそれに応じるようにやや前傾姿勢でファイティングポーズを取る。

 しばしの間の後に、二人の動きが再び前触れなく加速した。

 戦闘が再開されて、リゼの鉄拳とダールの戦斧が真正面からぶつかり合う。

 それにより生じた激しい衝撃が周囲の地面や男達を吹き飛ばすが、二人はどちらも余裕は崩してはいない。


「ふふふふっ……このまま続ければ、どっちもただじゃ済まないかぁ!!」


「……だろうな、俺もそれは御免蒙りたい。死にたくなければ矛を収めろ、リゼ。俺達は競争相手だが、ブラッド討伐を控えた今、無駄に体力を消耗するのは俺にもお前にとっても、本末転倒だろう」


 ダールからリゼへの提案。しかしそれでもしばらくは、無言で両者の睨み合いが続く。

 そんな極限状態の中で戦闘態勢を解いたのは、ほぼ二人同時だった。

 互いに迸らせていた殺気も、すっかり鳴りを潜めさせる。


「しょうがないかー。あまりモタモタしてると、レイル君とイザクにも追いつかれかねないしねー。ブラッドの正確な居場所は分からなくても、このままあいつの配下の傭兵達を適当に殺していけば、きっと向こうからお誘いがかかるでしょ」


 すでに二人の周囲にいた男達は今の戦いの巻き添えを食って全滅しており、そんな彼らを見回してリゼは冷笑を浮かべる。

 そして大雷が落ちた街の北部の方を振り向き、走り去っていった。


「……賢明な判断だ。俺も別に戦いが好きで戦っている訳ではないからな」


 リゼの後姿を見送りながら、刃が赤黒く汚れた戦斧を振って付着した血液を払う、ダール。戦斧を背に担ぎ直すと、彼もまた北を目指しその場を後にした。

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