第三章 闘乱の果てに芽生える絆その三
「ああ~~、にしても腹減ってきたよなー。こう空腹じゃ力も出ねぇぜ」
街の北を目指す途中、腹の虫を鳴らしたレイルが溜め息交じりにそうぼやいた。
先ほどから幾度も魔機達と交戦し、体力を消耗したのに加えてこの寒さである。
レイルにも、そしてイザクにも、その疲労は空腹と言う形で襲ってきていたのだ。
「少し我慢しろ、レイル。食料を確保するなら、崩れ落ちてない建物の中から頂くしかないが、それでは略奪だ。ギムジーさんの話では生き残り同士で食料の奪い合いが起きてると言うし、そうした人々とのゴタゴタに巻き込まれるのは避けたい」
「へっ、良い子ちゃんぶりやがって。へへ~ん、それじゃ俺だけでこの街ん中で食料を頂いてくるから、別にいいもーん。お前はついて来なくていいぜ、イザク」
レイルは鼻をくんくん鳴らすと、何かの匂いを嗅ぎつけたのか倒壊を免れている家屋の方に歩み寄る。そしてドアを開けて、堂々と中に入っていった。
イザクはそんな彼の行動を見て呆然としていたが、頭を掻きながらその場で立ち止まって叫んだ。
「くそっ、レイルの奴、勝手な真似を! 少しだけだぞ、ここで待っててやるのは少しだけだっ!」
イザクの叫びは聞こえていたが、レイルはとんと気にも留めずに家屋内で食料がないかと漁ろうとする。彼がまず手始めに探したのは、台所だった。
そして早々に、テーブル上に置かれたバスケットの中の、長めのバゲット数本を発見する。たちまちじゅるりと、彼の食欲をそそった。
「お、うおおおおっ! 見つけたぜ、俺の愛しのバゲット!! へへっ、これだけあるんだ。イザクにも持っていってやるかな」
レイルは意気揚々とバスケットの手提げを持つと、台所を出ていこうとする。
だが、その時だった。ふいに彼の肩が何者かに掴まれたのだ。
しかし殺気はまるで感じなかったため、レイルは特に慌てずに振り返る。
彼の背後にいたのは、好々爺を思わせる柔和な表情をした、白髪の高齢の男性だった。その腰は曲がっており、歩くだけでもやっとと言う感じである。
いるとは思っていなかった家の主との遭遇に、急速にレイルは罪悪感を覚えた。
「じ、じいさんっ? すまねぇ、無断で家に入っちまって。まさか人がいるなんて思わなかったんだ。すぐに出てくから安心してくれ。けど、このバゲットを少しだけでいいから、分けてくれたら嬉しいんだ」
「ほっほっほ、構わんわい。まず最初に謝罪から入る所を見ると、食料を強引に奪い合っとる連中とは一味違うみたいだしのう。儂はいらんから全部やるわい。と言うより、そのバゲットは硬くて年老いた儂が食べるには難儀するのでな」
バゲットが入ったバスケットごと全部くれると言う、老人の申し出。
レイルは申し訳なさを感じつつ、念のために「本当にいいのか?」と聞き直す。
老人はそれに笑みで返すと、首を縦に振ってくれた。
「ありがとう、じいさん。礼を言うぜ。でも、ただじゃさすがに悪いよな。少しだけど、取っといてくれ。それとな、近い内に俺達がこの街を覆ってる不可視の壁は取り払ってみせるから、それまでもうしばらく待っててくれよ」
レイルはそう言うと、イザクから強引に渡された、自分の全財産である銀貨五枚を老人の手に握らせる。そして軽快に笑いながら、老人に手を振って入って来た玄関から出ていった。
そんなレイルを見送った老人は、受け取った銀貨を眺めると充足感を感じていた。別にお金を渡されたことが嬉しい訳ではない。
老い先短い自分が未来ある若者に希望を託すことが出来た、満たされた気持ち。
――その思いが、頭の中で閃光が走った感覚となり、ある事実を気付かせた。
よろめきながらテーブルの椅子に腰かける、老人。
そして他に誰もいないその台所で、彼の身体から青い光が立ち上る。
すでに彼の目は活力を宿しておらず、テーブルに打っ伏すとそのまま動かなくなり、青白く燃え上がって消失していった。
まるで最初からそこには誰もいなかったように、彼は事切れたのである。
老人が辿ったそんな末路のことなど知る由もないレイルは、表で待ってくれていたイザクに嬉しそうにバスケットを見せびらかした。
しかしレイルとは正反対に、腕組みをしたイザクはむすっと膨れっ面をしている。
「へへ、どうよ、イザク? 食料を確保したぞ。ちょっと腹ごしらえといこうぜ」
「そうか、それは良かったな。だが、俺達はリゼ達に早く追いついて、ブラッドも探さないといけないんだ。そいつはお前が歩きながら食え、俺はいらん」
レイルの返事も待たずに、イザクはぷいと横を向いて歩き出す。
慌ててレイルも彼の後を追うが、もういくら話しかけても返事をしてくれることはなかった。
「おい、怒ってんのかよ、イザク。ああ~、にしても美味ぇ、このバゲット! 確かに硬いけど、俺には丁度いい噛み応えだぜ」
言われた通りバゲットを齧りながら、イザクの隣に並んで進んでいくレイル。そんな彼らがさっきの家屋から、十数分程歩いた頃だろうか。
どんな心境の変化か、ようやくイザクが閉じていた口を開いてくれたのである。
「見てみろ。北に向かう程に、道端に転がっている死体の数が増えている。俺達が目指しているこの先には、何が待っていると言うんだろうな」
「そりゃ大雷が落ちた中心地に近づけば……いや、確かに変か。全身に大きな窪みが開いてる。異常な死体だよな。ありゃ大雷の爆発で死んだんじゃねぇんだろうし」
折り重なるように積み上げられた、死体の数々。
ここに来るまでに何度も見て、レイルもイザクも最早、見慣れてしまった光景。
しかしこの死体達は何らかの目的で血を奪い取られて、用済みとなったために今、こうして捨てられてしまったのだ。
イザクによれば、これはブラッド一味のやり口ではないと言う。
だから消去法で目的も正体も謎に包まれた、魔機達の仕業である可能性は高い。
「奴らは人々から奪った血で、何かをしようとしているのか? 奴らに目的があるとしたら、それを成就させるのは避けたいな。走るぞ、レイル。街の北部で何が起きているのか、早急に確認しておきたい。それに……」
最後のバゲットを齧り終えると、レイルも食事タイムから一転して真面目な顔つきに切り替わった。そして嬉しそうに笑みを浮かべて、イザクに返事を返す。
「ああ、いいぜ。腹は満たされたし、もう元気いっぱいだからな。休息中に襲われても面白くねぇし、まずは物陰にこそこそ隠れてる連中を振り切るとすっか」
そしてバスケットを道端に放り捨てたレイルはイザクと視線を交わし、揃ってその場から全速力で駆け出していった。
途端、十数人の男女が建物の陰から慌てて飛び出してくると、とうに遠くに走り去ってしまった、二人の後姿を未練がましく見続けていた。
「へっ、ざまあみろだぜ。あいつら俺達を狙おうにも武装してるから、迂闊に手を出せなかったんだろうな。あんな子悪党じゃ殺す価値もねぇし、逃げるが正解だろ」
「だが、気を付ける必要はあるな。話に聞いていた通り、街は無法地帯となっているようだ。血迷った一般人などに襲われても脅威じゃないが、俺は無用な殺しを犯さないと戒めを自分に課している。あくまで標的はブラッド一味だけだとな」
レイルがイザクの横顔を見やると、彼の視線は遥か先を見ていた。
ここではない、どこか遠く。恐らくは彼が付け狙う、ブラッドを見ているのだ。
奪われた何かに対する復讐だろうなと、レイルは察する。
王国に仕官して惚れた女を振り向かせる夢を持つ自分よりも、もっと根が深い動機があるのだ。
「俺は辛気臭ぇのは嫌いだけどよ。ブラッド打倒の目的は一緒だ。まあ、手伝ってやるぜ。何より俺はお前のことを、もう仲間だと思ってるしよ」
「期待したいもんだな。仲間がいなければ、俺一人で奴を倒すことは出来まい。そうでもなければ、俺はアルマの誘いに乗らず、単身で挑んでいたろう」
あれだけ強いイザクにそう言わしめてしまう、ブラッド・ヴェイツと言う男。
しかし実際、レイルはブラッド本人に遭遇して、力の一端を目撃しているのだ。
魔機達を一瞬にして、スクラップにしてしまった強大無比な力。
今だから分かるが、あの男があの時に用いていたのは呪物の力なのだろう。
だからその評価が誇張などではなく、事実なのは身を以って理解していた。
「まあ、頑張ろうぜ。あいつがどれだけ強くたってよ。俺達四人とアルマさんでかかれば、何とかなんだろ。多分な」
だが、それでも物事を難しく考えるのが苦手なレイルは、あくまで楽観的だった。
もう勝ったかも同然のような弾ける笑顔で、イザクに微笑みかける。
対して、ずっと深刻な顔を崩さなかったイザクは、レイルのそんな姿に呆れたのか、しかしそれでもようやく微笑みを見せてくれたのだ。
「ふっ、ははは。お前のその思考は見習いたいもんだ。ああ、俺達が勝つ、必ずな」
そう言って笑い合う、レイルとイザク。
二人は街の雪道を走りながら、顔を見合わせて勝利することを誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます