第三章 闘乱の果てに芽生える絆その四
ようやく街の沿岸部付近に辿り着いた二人は、雪で視界が悪い中、遠くに明かりが見えることに気付く。
その正体を確認すべく近づいていくと、レンガで形作られた建物が見えてきた。
大きな敷地に立つ立派な佇まいからして、この港街コルヒデを治める領主の屋敷かもしれないと二人は判断する。
そして屋敷の敷地を取り囲む塀の正門から少し離れた場所で、足を止めた。
「明かりはこっからか。ご丁寧に入り口の正門前に門番までいる所を見ると、どうやらこの屋敷にはまだ人がいるみたいだなぁ。で、どうする? お邪魔してみるか、イザク?」
「武装しているが、ブラッド傭兵団ではないな。領主の私兵かもしれない。そうだな、行ってみよう。生存者から街の現状について何か新しい話が聞けるなら、儲けものだ」
雪に覆われた極寒の港町コルヒデの中で、凍り付いている一際大きな屋敷。
鉄格子を使った檻状の正門奥に見える敷地内には、簡易テントがいくつも張られており、大勢の人が生活している様子がある。
レイルとイザクはゆっくりとした足取りで、正門前に立つ門番五人の前まで歩み寄っていった。
「失礼する。俺達は新生サン・ロー王国から、使命を帯びて派遣されて来た者だ。ここは港町コルヒデの領主殿の屋敷で間違いないだろうか?」
顔を合わせた当初は二人を見るなり警戒した顔を見せていた門番達も、イザクが身元を明かすと、表情を緩めて歓迎してくれた。
「ああ、間違いないよ。ここは港町コルヒデ領主のディルド様のお屋敷だ。国王様もついに救援を送ってくれたんだな。安心したよ、食料の備蓄も限界が来てたんだ」
「災難だったな。俺達は戦争犯罪人ブラッドの首を取るために、この街を訪れた。それと並行して、街を覆う不可視の壁を取り払う手段も調査するつもりだ。出来るなら、領主殿に会わせて頂けないだろうか。街の現状について詳しく話を聞きたい」
イザクのその頼みを、救援が来たことを喜んだ門番達は快く承諾してくれる。
そして領主の許可をもらうべく、門番の一人は正門を開け放つと屋敷に向かって走り去っていった。それから十数分した頃、ついに息を切らせて門番は戻って来る。
「待たせたな、許可が下りた。領主殿も、すぐに会いたいそうだ。ついて来てくれ」
領主のお墨付きが出たことで、レイルとイザクは開かれた正門を通って敷地内に足を踏み入れる。そして門番に案内されながら、広い敷地を進んでいった。
外から見えていた通り、そこでは助けを求めてやって来たのだろう街の人々が簡易テントを張り、中で生活していた。
防寒具を着込み、毛布に包まって、今も秩序が保たれた姿がそこにはあった。
街全体までは手が届かなかったのだろうが、この付近に限っては助け合いの精神が人々に行き届いている。それを見れば、領主の尽力ぶりが窺えた。
「お優しい領主様なんだな。この状況で保身のことを考えず、領内の人達をここまで手厚く保護してくれる領主なんて俺は他に知らねぇぜ」
「そうとも、立派なお方だよ。あの無能で悪辣だった旧サン・ロー王国王家の遠縁に当たる方とは思えない程、こうして領民のことを気にかけてくださる」
二人の前を行く門番が振り返ることなく、自身の主を褒め称える。
彼がそこまで信頼していると言う、領主の人となり。
それはレイルがこれまで自分が抱いていた、貴族へのイメージを覆すものだった。
だからこそ、レイルはこれから会うことになる領主に俄然、興味が湧いたのだ。
「へっ、ディルド様か。どんな人なのか、早く会ってみてぇな」
「だが、相手は貴族で領主様だ。礼儀は弁えろよ、レイル」
そしてレイル達は屋敷前に辿り着く。遠目では分からなかったが、やはりこの屋敷も大雷の爆発による被害と無縁ではなく、壁や窓の所々が壊れている。
補修はされているが、これでは中に寒気や雪が入り込むのは避けられないだろう。
だが、建物の作りが元々しっかりしていたのか、ここまで形を保っているだけでも、まだマシな方かもしれない。
門番が一旦、二人の方に顔だけ向けると、入り口の両開き扉を左右に開く。
そして彼を先頭にしてレイルとイザクも玄関に入っていった……のだが、中の光景を見て、レイルは驚きを隠せなかった。
「屋敷の中まで、領民に開放してんのかよ! うへえ、凄ぇなぁ。俺の故郷の領主様じゃ、絶対にこんなことしてくれないぜ」
玄関でレイル達をまず待ち受けていたのは、正面玄関でごった返している人々。
しかもどの人々の顔を見ても目には希望が灯り、顔には笑みすら湛えられている。
更によく見てみれば中にいるのは、ほとんどが女子供やお年寄りばかり。
恐らく力や体力のない人達を優先して、屋敷の中に受け入れているのだろう。
「さあ、ついて来てくれ。ディルド様は二階におられる」
玄関奥の所々が破損している螺旋階段を上がっていき、二階に出た後は通路を更に進んでいく三人。
門番が立ち止まったのは、豪華な扉がついたとある一室の前だった。
背後の二人を振り返った門番は、ここは広間だと説明して、レイルとイザクに中に入るように促す。
「失礼致します、領主ディルド殿」
イザクはまずはノックをしてから、レイルと共に部屋の中へと足を踏み入れる。
広間で二人を迎えてくれたのは、獅子を思わせる金髪と顎鬚を蓄えた老齢の男性であった。しかし老いて尚、眼光は鋭く、その猛牛のような肉体には軽鎧を身に纏っている。相当な武人であることが、見ただけで感じ取れた。
「おかけなさい」
領主はレイル達にそう促した。二人は広間の中心のテーブルを囲む、優雅なデザインのアンティーク椅子に座った。
「よく来てくれたな。私が港街コルヒデ領主ディルド・デルヴィルだ。君達はあのブラッド・ヴェイツの首を狙ってこの街まで派遣されたと聞いたが、もしやアルマも一緒に街を訪れているのではないかね?」
突然、出された自分達の上司であるアルマの名前に、レイル達は意表を突かれて眉をピクリと動かす。そして当然のように、レイルが問い返した。
「ああ、そうだけどよ。何で知ってんだ、おっさん」
「おい、レイルっ。礼節を弁えられないなら黙ってろ」
イザクに叱責されてレイルは膨れっ面になるが、そのまま彼に口を手で押さえられて黙り込まざるを得なかった。
そしてイザクはまずはディルドに対して、自分達の名前を名乗って一礼する。
それを見てディルドは豪快に笑うと、レイルの疑問に答えてくれた。
「彼女は私にとって娘のようなものでな。昔はよくこの屋敷に、遊びに来てくれたものだ。そして彼女は先祖の血を色濃く受け継いだのか、幼少期から武に天性の才があった。その強さは、あのブラッドですら一目置いた程でな。革命王が旧王家を打倒をするための切り札でもあったのだ」
「へ、へぇ……初耳だぜ。アルマさんて、そんなに凄い人だったのかよ。いや、只者じゃないってのは、何となく勘付いてたけどよ。何しろ、異常者集団な俺達の上司をやってるくらいだし」
またも言葉遣いを弁えないレイルを、イザクは再び睨む。
しかしレイルは、我関せずといった顔のままである。仕方なく諦めたように軽く溜め息をついたイザクは、ディルドに向き直って情報提供を求めた。
「領主殿と私達の部隊を束ねるアルマのご関係は気になりますが、今は緊急を要する状況故、本題に入らせて頂きたい。私達が魔機と呼んでいる鉄の化け物達の動向で気になる点はないか、またはブラッドの居場所に関してご存じのことがあれば教えて欲しいのです」
「いいだろう、私もその話をするつもりで君達を呼んだのだ。魔機達については、私達にも分からないことが多い。我々の世界でも熱を動力にして動く単純な機械はあるが、それとは次元が違う程に高度な技術で動いている。そして目的は不明だが、奴らはここから海を隔てた北の離島から出現し、街との行き来を繰り返しているようなのだ。しかも、だ……」
ディルドはそこで一旦、言葉を区切る。
そしてレイルとイザクの顔を交互に見た後に、更に続けた。
「君達が追うブラッド・ヴェイツ。あの男が目指している場所も、恐らくその離島だ。元々、あの島は一年ほど前から、どこぞの学者が雇った発掘隊が古代の遺物を探す名目で発掘作業を進めていた場所でな。そんな彼らに資金提供していたのが、そのブラッドだったのだ。何が狙いだったかまでは分からないが、魔機に追われて離島から逃げ帰って来た、その学者に白状させたから間違いない」
ディルドの口から語られて次々に明らかとなる、新しい事実。
それらの内容を聞く度に、レイルは興味が湧くのを隠しきれない様子で、またイザクの顔は険しいものに変わっていった。
「そうか、奴の目的地はその離島か。目的が何かなんてのは、分かりきっている。シックス・フィレメントが残した呪物の発掘だろう。これで俺達が向かうべき場所は、決定された訳だ」
イザクはディルドに深く頭を下げると、感謝と別れの言葉を述べた。
そして椅子から立ち上がるなり、さっそく広間から出て行こうとするが、ディルドに呼び止められる。
「待ちなさい。離島はここ沿岸部から目視で確認出来る距離だが、向かうには橋を渡る必要がある。これを渡しておこう。この街と離島の地図だ。領民を守るので精一杯な私ではこれ以上の力になってあげられないが、くれぐれも気を付けてな」
「……ご忠告とご協力感謝致します、領主殿」
ディルドは取り出した地図に、ペンで現在いる屋敷と離島に印をつけ線で結ぶ。
目的地までの最短距離を記されたその地図を手渡されたイザクは、今度こそレイルを伴って客間を出ていった。
レイルが彼の横顔を見ると、目には火が灯ったかのような強い闘志が籠っている。
しかし今の彼はどこか危うげで、目を離すとすぐに死地に飛び込み、身を危険に晒しかねない思いつめた様子に思えた。
(らしくねぇよなぁ、イザク。普段なら、お前が無茶をやらかす俺を止める側だろ。これじゃ今までみたいに、それを期待して暴れられないじゃんかよ)
自身の歯止め役だったイザクが平常心を失い気味になり、レイルは冷静になる。
そして屋敷を出て敷地の外まで出ても、ずっとそんな顔のままのイザクを見続けたことで、今度は自分が抑え役になる必要があるなと、渋々ながら決断するのだった。
「へへっ、目的地は決まったんだ。当然、力ずくで正面突破だよな、イザク!」
「ああ、それでいこう。地図によれば、ここからさほど遠くはない距離だ。行くぞっ!」
言い放つと同時に駆け出していくイザクに、レイルが後を追っていった。
だが、考えなしの自分の作戦にツッコミが入ることを期待していたレイルだったが、イザクまでその無茶な作戦に賛同したことで、これはいよいよ深刻だと悟る。
事実、移動中に何度も魔機達と交戦することになったのだが、イザクが目に見えて焦っているのが、レイルにも分かった。
落ち着きがなくなり、今までなら犯さなかったミスをしたり、挙句には軽傷とは言え、負わなくてもいい怪我までする始末。これにはさすがのレイルも激怒した。
「おい、イザク! お前、いい加減にしろよ。何をそんなに慌ててるんだ? 少しは冷静になれよ。このままじゃ、目的を果たす前にお前の方が殺されちまうぞ!」
「焦っている、俺が? ああ、確かにそうかもしれないな。俺がずっと追ってた敵が、いよいよ目と鼻の先にいるかもしれないんだ。気が急かない訳がない」
その返答に、怒り心頭のレイルはイザクの胸倉を勢いよく掴み上げる。
そして彼の顔を睨み付けながら、言った。
「言ってみな、お前とブラッドの間にどんな因縁があるのか。聞いてやるよ、そしてその因縁に俺も乗っかってやる。それに誰かに話すことで、少しは楽になるかもしれないだろ?」
少しの間、イザクは無言のままレイルを睨み返しながら、歯噛みしていた。
しかしやがて自身を掴み上げるレイルの手を振り払うと、観念したかのように口を開き出した。
「……いいだろう、話してやる。あれは俺がまだ幼かった頃のことだ……。俺が暮らしていた孤児院が、ある日突然に焼き討ちを受けた。兵士崩れのならず者集団によってな。そいつらは不思議な力を持った呪物で先生を、俺の兄弟姉妹を意のままに操って凌辱し、辱めた後に殺した。後で知ったことだが、奴らは呪物を使い過ぎた反動で精神がすでに壊れかけていたんだ。そして……その呪物を発掘または製造し、売り捌いていた主犯こそが、あのブラッド・ヴェイツだった」
恨みを吐き出したイザクの目には、怒りと憎悪の色がはっきりと浮かんでいる。
そこまで言い切った後、彼はしばらく俯いていたが、また顔を上げて更に続けた。
「あの襲撃があった日、なぜか俺だけ奴らの呪物が効果を示さなかった。だからこそ生き延びれた俺は……それを天の啓示と受け止めた。その恨みを晴らすためだけに戦いの技術を磨き、そのためだけに今まで生きてきたんだ」
「なるほどよ。俺みたいに浮ついたもんじゃなく、上等な理由じゃねえか。じゃあ、やりたいように好き放題やってみろよ。もしお前が血迷った真似をしたら、俺がぶん殴ってでも止めてやっからさ。今はまだまだだけど、俺はいずれお前より強くなって見返してやるつもりだからな」
怒りで身を震わせていたイザクだったが、そう言いながら握手を求めて手を差し出してきているレイルを、見つめ返した。
しばらくそのまま呆気に取られていたイザクは、やがて逡巡した末に冷静さを取り戻したのか、その手を握り返す。
「ふん、お前ごときが大きく出たな、俺達の中で一番弱い癖に。お前にそんなことを言われるようじゃ、俺もまだまだか……。だが、興味が惹かれる話ではあったな。本当に俺を超えられるのなら、やってみせろ」
「おうよ、見せてやるよ、俺の底力。アルマさんもリゼとダールも、きっと大雷が落ちたこの街の沿岸部が怪しいと考えて、もう到着してるだろうぜ。だから誰が先に離島に辿り着くか、まずは俺達で競争といこうじゃねぇか。ま、勝つのは俺達だけどなぁ、へへっ」
物事を深く考えずに行動し、それでいて無根拠な自信を持ったレイルと言う男。
しかし今だけは自分の暴走を止めてくれた彼に、イザクは感謝していた。
そしてなぜアルマが彼を革命王の手に加えたのか、分かったような気がしていた。
レイルもダールもリゼも、恐らくただ強者の中から無作為に選ばれたのではない。
何か意味があり、選ばれたのだと。
「案外、天が味方すれば大成するのかもな、お前みたいな奴は」
イザクがぼそりと呟いたその言葉は、レイルには届かなかった。
しかし右目の呪物のお陰で何とか立ち回っているものの、この街にやって来てから何度も危うい所を見せていた彼の姿は、今やどこまでも頼もしく見え……。
今度はイザクを先導するように、真っ先にレイルは離島を目指して走り出すのだった。
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