四章

第四章 明かされる真実と、その先に待つ結末その一

 大聖堂内に突入したレイル達は、少しの迷いもなく上階を目指して階段を駆け上がっていった。

 一階には壊れた魔機達が散らばっているだけで、人の気配は感じられなかったと言う事が、その主たる理由である。

 そんな移動の最中にあって、レイルは珍しく考え込んでいた。街にやって来てからの戦いで、自分の剣技はめきめきと上達してきているが、リスクのある凶戦士の瞳の力を最小限に抑えて戦う術を模索することを。

 一方で彼らの先頭ではイザクが音頭をとって周囲を用心深く探りながら、各階を探索していく。ブラッド達が仕掛けた罠を、率先して潰して回っていた。


「周囲に敵影はないな。トラップは簡単なものが仕掛けられていたが、この階にも奴らがいる気配はない、か。よし、更に上の階に向かうぞ」


 かつては見る者を魅了していたであろう、荘厳な作りの二つの塔や美しいステンドグラスはくたびれたり、割れたりしていて見る影もなくなっている。

 今やその内部の広さと高さが、探索する上で障害になっていた。それでも用心を重ねて階段を一段一段踏み越えていき、四人は順番に各階を調べて回っていく。

 しかし仕掛けられたトラップが巧妙になり、数を増せども、確実にいるはずのブラッド傭兵団はまだ姿を現さない。

 それでもレイル達が、諦めることなく根気よく探索していく中。やがて辿り着いた五階でむせるような血の匂いと、そしてついに人がいる気配を感じ取った。

 いよいよかと散らばった魔機の残骸とブラッドの部下と思われる死体を避けながら回廊を進んでいく。やがて目の前に見えてきたのは、地母神の姿が刻まれたシンメトリーの両開き扉である。濃厚な人の気配は、この扉の向こうからしている。

 イザクは他の三人に目配せをして、全員の意を確認してから音を立てずに扉を開け放っていった。そこにいたのは……。


「ギギャアアアア……ムッ!!」


 黒塗りの鋼で出来た赤い光の筋が走る全身に、金属の人の顔が張り付いた頭部。

 そいつの胴体からは、太く長い四肢も伸びている。こちらを見下ろして立っているその巨体は、見紛うことなくレイル達が先ほど交戦した戦闘特化の魔機であった。

 だが、レイル達がその個体を見上げた時には、すでに身体中に大きな亀裂が入ってズタボロになっており、弱々しく機械音を響かせながら前のめりに倒れる。

 四人は咄嗟にそれを避けると、倒れた鉄化面の向こう側にいた人物を見た。

 そいつは青色のフードで顔が隠されてはいたが、レイルとイザクにとっては因縁の相手である。忘れるはずもない。

 彼の左右にいるのは、部下と思われる甲冑姿の若い戦士達十五人。そして顔にマスクをつけさせられて両手を縄で拘束された、体格のいい男性もいる。


「ブラッドっ! ようやくまた会えたなぁ。嬉しいぜ、ここでお前の首を取りさえすれば、俺は新生サン・ロー王国で役人になれるんだ。そんでもって、アルマさんとの約束も果たせる。さっさと始めようぜ?」


「少し見ない間に勇ましい顔つきになりましたねぇ、レイル君。やはり貴方のような人間にこそ、凶戦士の瞳は相応しかったようだ。順調に呪物を使いこなしているようで、何よりです。ご覧なさい、ここにいる貴方の同類達を」


「同類だとぉ?」


 ブラッドは両腕を左右に開くと、自身が従える戦士達に交互に視線を向ける。

 あの男は今、部下達をレイルの同類と呼んだ。つまり彼らも、呪物の所有者達と言うことだろう。それもレイルより症状は重く、戦士達の目は血走っており、口の端からは泡を吹いている。正気ではさなそうに見えた。


「これがこの男の常套手段だ。まだ物を知らない年若い子供を攫っては、育て上げるのさ。そうして自分の手駒として、忠誠を誓わせるんだ」


 イザクが軽蔑を込めて、そう吐き捨てる。

 それを聞いてブラッドはくつくつと喉を鳴らして笑いながら、彼の説明に不足があると思ったのか、更に付け加えた。


「それだけではありませんよ。未熟な人間の方が呪物の力を引き出しやすい。レイル君にその右目を与えたのも、強さへの渇望があったから。現に彼は短期間の間に、ここまで使いこなしてくれたようですからねぇ。違いますか、レイル君?」


「へっ、ありがとよ。けどなぁ。お前は俺に力を与えたために、殺されるんだぜ。話はそれで終わりかよ? なら、遠慮なくいかせてもらうぜ、ブラッドっ!」


 もう待ちきれないとばかりにレイルが床を蹴って、これまで通ってきた大聖堂内よりも更に荘厳さを増した部屋内を駆けた。ブラッドに振り下ろされる、大剣。

 だが、ブラッドは避ける素振りも見せずに、ただ見ているだけ。

 しかしその刃は、レイルが命中したと確信した直前にピタリと停止したのだ。

 大剣と奴との間には、遮っているものは何もない。思わず目を疑う、レイル。


「なんだとぉっ! どうなってやが……っ!?」


 そしてすぐにレイルは動かないのは大剣だけではなく、自分自身の身体の自由まで奪われていることに気付く。

 その様子にブラッドは喉を鳴らして笑うと、中指でレイルの胸部を軽く弾いた。

 瞬間、凄まじいまでの衝撃が彼を襲う。急に時が動き出したように吹っ飛んだレイルの身体は、彼が元いた場所を通り過ぎ、背後の壁に大きくめり込んで止まった。

 口から血反吐を吐き、床に投げ出された後も激しく咳き込む、レイル。

 それを見ていたイザクとリゼは警戒の色を滲ませ、ダールもマスクで顔色は窺えないが、脅威と感じ取ったのだろう。戦斧を強く握り直した。


「単独で迂闊に仕掛けるな。これがブラッド・ヴェイツだ。サン・ロー王国で革命を成し遂げた革命王でさえ、この男一人のために革命を遅らせた。まだ動けるか、レイル? 今度は全員がかりでかかるぞ」


「お、おう……げ、げほげほっ! 侮ってたぜ。あいつ、尋常じゃねぇ」


「へえ、あれが噂に名高いブラッド・ヴェイツかー。正直、私も舐めてたみたい。最初から全力でいかなきゃ、こっちに勝ち目はないかもね」


「……今の得体の知れない力。当然、奴も呪物の使い手と言うことか。ならば、まずその能力を見極める必要があるな」


 レイルが改めて大剣を正眼に構え、リゼがファイティングポーズを。イザクは両手にククリ刀を持ち、ダールは戦斧を横に構えた。

 だが、ブラッドはそんな彼ら四人の殺意の視線を、愉快そうな笑みで受け流す。

 そしてそのまま踵を返すと、両手を縄で拘束されたマスクの男だけを伴って、背後にあった扉を開けて中に入っていく。


「戦いは部下達に任せましょう。今の私は求めていた物が手に入る喜びで、それどころではないのです。このエレベーターは、この宝物殿から地下まで直通になっていましてねぇ。彼らを倒すことが出来たなら、私を追ってきなさい。待っていますよ」


 それだけ言い残して、ブラッドは中のスイッチを押してエレベーターを起動。

 拘束された男だけを連れて、今話していた地下へと降下していった。

 それを聞いたレイルの脳裏には、ディルドが言っていたことが蘇っていた。


「まさかあいつがこの離島で発掘隊に発掘させてた場所ってのは、この大聖堂の地下だったのかよ?」


「かもしれない。だが、どっちにしろブラッドの喉元に喰らいつける距離までやって来ておいて、これ以上の時間をかけるつもりはない。奴らも全員が呪物を持っているのだろうが、使われる前に一気に殲滅するぞ」


「おう、俺も凶戦士の瞳の使い方で思いついたことがあるんだ。実戦でいきなりだけど、そいつを試してみてぇ。じゃあよ……始めっか!」


 レイルが戦闘開始の合図を告げたのと、同時。今まで微動だにせず立っていたブラッド配下の十五名が、一斉にこちらへと躍りかかってきた。しかし彼らよりも、攻撃を仕掛けられたレイル達の反応の方が、早かった。

 まずはリゼが彼らが振るった槍や剣をバク転で躱し、間髪入れずに高く跳躍。

 彼らの頭上を飛び越し、天井に張り付いた。それも指先の力だけで、張り付いているのである。そこから力を蓄えると、天井を蹴って彼女を見上げていた一人の顔面へと拳を炸裂させる。その体勢から続けて円を描くように回し蹴りを繰り出し、周囲にいた三人をもまとめて壁に叩きつけた。

 次いでイザクも片手のククリ刀で敵の剣を受け止めると、もう一方のククリ刀で相手の喉元を斬り裂き絶命させる。更にその一人が倒れるのと、その隙をついて彼が追撃するのはほぼ同じだった。

 すかさずコートの内側に帯びた無数のククリ刀を手に取り、投げ放つ。

 一人、二人、三人と命中させていくが、さすがにブラッドの配下達もかなりの使い手である。回避されずに急所に命中させられたのは、その三人に留まった。

 僅かな攻防で戦力を半減させられたブラッドの部下達だったが、それでも少しも怯む様子はない。まだ優っている数の利を生かして、前後左右にゆっくり展開していく。


「……くだらん! それで俺達を倒せるつもりか!」


 ダールが吠え、残像を残す程の速度で戦斧を横に一閃する。

 瞬間、爆発音と共に生じた衝撃波が床を吹き飛ばし、部屋の壁に風穴を開け、六人をまとめて薙ぎ払った。これで十五名いた敵の内、残すところは一名。

 しかしただ一人残された敵は慌てる素振りすら見せずに、首から下げた首飾りの鎖を引き千切って、頭上高く掲げてみせた。

 すると突然、彼の肉体が溶け始めた。床に転がっている仲間の死体達を見えない力で自身に吸い寄せていくと、融合し始めたのだ。

 一人また一人と彼に取り込まれていき、やがて完全に一つの肉塊となった彼らは、声を発する。言葉にならない、呻き声ともつかない声を。

 完成した彼らの姿は、まさに狂気と呼ぶに相応しいと言えるだろう。身体の各所からは彼らの手足や頭が生え、それらは胎動して周囲に体液を振りまいているのだ。

 そして全部で十五ある顔すべてが、レイル達を睨んでいる。あまりの悍ましさにリゼが口を両手で押さえ、イザクが唇を強く噛み締めた。


「人を化け物に変えるっ……これも呪物の力かよ! 上等だぜ、俺が新しく考えた必殺技で成仏させてやらぁっ!!」


 レイルは振り翳してきた異形の腕を避けると、その刹那、彼の姿が掻き消えた。

 僅かな間とは言え、その場の全員が彼の姿を見失ってしまったのである。

 次にレイルが皆の前に姿を現したのは、異形の頭の一つを瞬時にして斬り落とした後のことだった。が、即座に異形が反撃に動く。無数に生えた手足を一まとめにした巨腕で、彼に向けて滅多打ちに打ち付けようとする。

 しかしレイルはそれらの攻撃を、ことごとく避けていく。代わりに砕けていくのは、ただ床のみ。さっきと同様に一瞬だけ姿を消して、相手が攻撃してくる度に、回避しながら逆に反撃の一撃を加えているのだ。


「俺もあまり賢くない頭で考えたんだぜ。凶戦士の瞳の力を最小限に抑えて戦うには、どうすればいいかってなぁ。その答えがよ、これだっ!」


 レイルが考えた新しい戦い方。それは凶戦士の瞳の力を瞬間的に急上昇させて、超高速で行動する技能であった。

 常時、力を使い続けていたこれまでと違い、これなら一瞬だけで済ませられる。

 感心した顔でレイルの戦いを見ていた、イザクとリゼとダールも身を乗り出して加勢に入ってきた。


「考えたな、レイル。俺達と張り合うなら、それくらい強くなってくれないとな!」


「凄いじゃない、レイル君っ。自分自身の強みを理解したようだねー。そう、そうやって持ち味を生かして戦うのは大切だよっ!」


「……成長したようだな、レイル。その意気で、更に高みを目指せっ!」


 レイルの前に躍り出たイザクはククリ刀を十数本まとめて投げ放ち、異形の頭部をトントン拍子に突き貫いていく。

 たまらず呻いた異形は伸ばした巨腕でリゼを狙って打ち付けようとするが、彼女は攻撃を掻い潜りながら、突進。剛の拳で異形の肉体を力任せにぶん殴ると、濁った血液が大量に飛び散る。

 そこから更にダールが異形に向け跳躍し、上から下まで戦斧で一気に斬り裂いた。

 しかし異形の肉体はぐじゅぐじゅと再生を始めて、戦闘意欲は衰えないばかりか、次の瞬間には攻撃に転じていた。異形の各部から十数本の触手が体液と共に激しく飛び出し、かなりのスピードで全員に向けて伸びていったのだ。

 無数の触手はレイルの大剣を弾き飛ばし、イザクを壁に叩きつける。咄嗟に防御姿勢を取ったリゼを激しく打ち据え、ダールの胴体に巻き付けて、宙に持ち上げた。


「……レイル、こいつの核を破壊するのだ! 俺がさっき斬り裂いた傷口から、呪物が顔を覗かせているだろう? そいつを大剣で斬れっ!」


 ダールが自身を拘束する触手を力任せに引き千切ろうとしながら、そう叫ぶ。

 レイルは彼の声に反応して、遠くまで飛ばされてしまった大剣に視線を向ける。

 彼と大剣までの距離は、およそ十メートル。そこまで移動する間に、攻撃を受けない保証はない。しかしレイルは、迷わなかった。


「ああ、任せときな、ダール! あの化け物は、俺が倒してやるぜっ!」


 凶戦士の瞳の力を瞬間的に爆発させ、勢いよく走って大剣を拾い上げる。

 そしてダールが言っていた、さっき異形の頭上から真下にかけて両断された際の断面から覗かせている首飾りの呪物を確認。僅かでも攻撃するための隙を作るべく、相手に向かって一緒に拾ったイザクのククリ刀を投げつけた。


「お前のこのククリ刀を一本だけ借りるぜ、イザク!」


 素人技ながらククリ刀は異形の身体、それも顔面の一つに上手いこと突き立つ。

 全部で十五もついているとはいえ、やはり顔は急所だったらしく、異形はそれぞれの顔から絶叫を上げた。

 チャンスと見たレイルは、さっきの触手の攻撃により痺れる腕で大剣を両手に持つと、走り出す。そして敵の目前で力を振り絞り、床を蹴って跳躍する。

 異形の頭上を飛び越したレイルの大剣は、力強く振り下ろされた。その剣身には闘志に満ち満ちた、彼の姿を映している。


「終わりだぜ、化け物! じゃあな、来世では道を間違えるなよっ……!」


 着地したレイルが、大剣を振り抜いたのと同時。力の源である呪物を砕かれた異形が、動きを止める。維持できなくなった肉体を、ぐずぐずと崩壊させていった。

 その一部始終を哀れみを込めた目で眺めていた彼の側に、イザクとリゼ、そしてすでに触手を自力で引き千切って逃れていた、ダールが歩み寄ってくる。


「大丈夫だったか? レイル」


「まあ、何とかよ。にしても、痛ぇ……手が痺れたぜ」


 労いの声をかけてきたイザクに、レイルが答える。

 だが、レイルからすれば、むしろ異形の攻撃をまともに受けたにも関わらず、平然としている他の三人の頑強さの方に呆れていたのだが。

 やはりこの中で一般人なのは自分だけなのだと言うことを、再認識するのだった。


「……さて、俺達もこのままエレベーターで地下に向かうとするか。あの男が待っているはずだ。恐らくこれがこの街での、最後の戦いになるだろうな」


 ダールが戦斧を担ぎ直してエレベーターの方を向くと、イザクもこれまで以上に真剣な眼差しをして「ああ……」とだけ答えて、頷く。

 が、そんな雰囲気の中でレイルはと言うとリゼに肩に手を回され、やけに馴れ馴れしくスキンシップをとられていた。


「ねえー、レイル君。さっきはカッコよかったよ? ずいぶん男を上げたねー」


「な、何だよ、リゼ。色仕掛けしてきたって、もう騙されねぇからな」


 だが、レイルの言葉を無視し、彼の身体に自分の胸を押し付けてくる、リゼ。

 意中の相手をアルマに決めたとはいえ、彼も健全な男子である。赤面し、ドギマギするのは避けられなかった。


「とか何とか言っておいてさぁ、君の心臓の鼓動が高鳴ってるのがちゃんと伝わってきてるんだけどー? 君がアルマさんを好きなのは分かってるけど、もしあの時の賭けがまだ生きてるのなら諦めないからね、私」


「はぁっ!?」


 困惑するレイルを見てにんまりと笑いながら、そこでリゼは彼から離れた。

 そしてそのまま再びこの階まで上がってきたエレベーターの中で待つ、イザク達の所へと駆け足で走っていく。

 もしかして告白されたのかとようやく気付いたレイルは、「ま、待ってくれよ!」と叫びながら、彼女を追って皆がいるエレベーターの所まで駆け寄った。

 しかし微妙な空気の中、リゼはもう何もレイルに声をかけてくれなかった。

 そんな中、ダールが「……覚悟を決めろ、行くぞ」と言って、エレベーター内の下降スイッチを押す。ドアが静かに閉まり、部屋がガコンと振動する。

 地下に向けて降下していっている感覚があり、しばらくしてまたドアが開いた。

 エレベーターから出た四人は、外部へと足を踏み入れたのだが……その瞬間、感じ取る。


 ――ここが死臭と凄まじい邪気が充満した場所であると。


 洞窟となっている地下内部は淡い靄がかかっていて、墓が無数に乱立している。

 ここが大規模な墓所であるのは、誰の目にも明らかだ。しかしこの歪で禍々しい雰囲気が漂っている様を見れば、死者の安らげる場所とは程遠い。

 教会などでは公に受け入れてもらえない、犯罪者達を埋葬した墓所。それがレイル達が抱いた、第一印象だった。

 しかも不快なことに蠅が何匹もしつこく飛んできて、その度に四人は手で追い払うのだが、通常よりサイズが数倍も大きいのだ。

 その鬱陶しさに耐えて洞窟の奥を見据えてみれば、点々と明かりがついている。


「何なんだ……? 俺はここに来たような覚えが……いや、そんなはずねぇか。ともかく地下だけどよぉ、明かりはついてるみたいだな。ブラッド達の仕業か? 先に進んでみようぜ」


 不気味な様相を呈している墓所を、レイルは何かを思い出そうとするように見回すと、先んじて歩き出していった。だが、危険な空気を漂わせているこの場所で、単独で動けば何が起こるか分からない。

 普段は好き勝手に行動している彼らも、それは肌で感じていたようで、つかず離れずの距離を保ちながら、レイルの後に続いて歩き出す。

 しかしレイルの様子がおかしいことに、イザクが真っ先に気付いていた。

 心配したイザクが、側を歩いていたダールに歩み寄って話しかける。


「おい、レイルの奴が何か変だ。心ここにあらずと言った表情で、しかも隙だらけで無防備すぎる。あいつ、どうしたって言うんだ?」


「……分からんが、さっき妙なことを口走っていた。ここに来た覚えがあると。もしやこの墓地の毒気に当てられて、記憶が錯乱しているのか?」


「錯乱? この墓場の有様を見ればあり得る話だが、よりによってこんな時に」


 ダールの予想が的中していることを危惧したイザクは、眉間にしわを寄せる。

 リゼもレイルの様子がおかしいことにはとうに気付いていたようで、駆け足気味に先を歩く彼の横へと並ぶと、さっきのように彼の肩に腕を回した。


「ねえ、どうしちゃったのかなー、レイル君? いつもの君らしくないじゃない。ほらほら、君の身体に私の胸が当たっちゃってるんだけど? というか、大サービスで故意に接触させてあげてるんだけど、嬉しくないの?」


「ああ、ああ……そうだな。確かに嬉しい、かもなぁ。けど、今はそれどころじゃないんだ。俺は何か大切なことを忘れてるような、そんな気がするんだ」


 思春期真っ盛りなはずのレイルのそっけない返事を聞いて、いよいよリゼは彼の症状が深刻なことを悟る。激昂した表情に変わったリゼはレイルの首根っこを掴んで、勢いよく彼を地面にうつ伏せに押し倒した。


「ねえ、怒るよー、レイル君? そんな腑抜けた君じゃ、この先に進めば間違いなく命を落とすことになるよ? 早く正気に戻りなよ。でなきゃ、全力でぶん殴る」


 レイルはリゼに顔を地面に押し付けられ、やがて呼吸が難しくなってくると、我に返ったように正気を取り戻した。


「ん……あれ? 俺、今まで何やって……ふぐっ……ぐ、おっ! お、おい、リゼ! く、苦しいぜ!」


「……安心したよ、レイル君。やっと正気に戻ったんだねー」


 リゼは安堵した顔を見せ、レイルを押さえつけていた力を緩めて立ち上がる。

 次いでレイルも起き上がって、土で汚れた身体を払った。すでにレイルの目は光を取り戻しており、先ほどまでの茫然としていた面影はない。

 さっきの彼の様子は、何だったのか。そのことはレイル本人にすら、はっきりとは分からないことだった。何か大事なことを忘れている気がしたものの、考えることは自分の性に合わないとレイルは頭を振って、余計な雑念を追い払う。

 一先ずは先に進むことに専念しようとした、その矢先のこと。

 鋭く他の三人が叫んだ声がして、レイルは靄がかかって見通しづらい洞窟の奥を目を細めて注視する。

 前方からは数十体の魔機達の群れが、機械音を発しながらこちらに迫っていた。


「へっ、魔機達かっ。こんな所でもお出ましかよ!」


 レイルは口の端を上げて、戦う気満々な視線を魔機達に向けると、大剣を構える。

 今更、この程度の頭数の魔機と交戦したとしても、勝利するのは確実。

 しかしそれでも手を抜くことなくすべての個体を破壊するつもりでいるのが、レイルを始めとして、他の三人の表情の奥に見てとれた。

 事実、襲撃を仕掛けてきた魔機達は十分もかからず全滅させられ、レイル達は最奥に向かって駆けて進んでいったのである。

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