第二章 魔都にて見え隠れする陰謀その三

 街の入り口から北部の沿岸部を目指して進むことにしたレイルとイザクは、先ほどからずっと戦闘を強いられていた。

 危険に満ちているこの街は、さっき数十体の魔機を撃破したばかりにも関わらず、側から沸いて出るように、新手が次々と出現してくるのだ。

 しかもレイル達にとって脅威なことに、殺戮兵器である魔機には慈悲や恐怖と言った感情がない。そのために殺人を躊躇することはないし、死を恐れて怯むこともない。


「きりがねぇなっ。けど、望む所だぜ。お前らは俺の糧だ、俺に戦闘経験値を積ませるためのなっ!!」


 今度、前方から現れた魔機は、およそ二十数体。

 レイルは正眼の構えから大剣を振り上げて、魔機達に飛びかかっていく。


「喰らえっ、キバオレ流剣技! 『鬼人斬』っ!!」


 剣身に衝撃波を纏った一撃が魔機の頭上へと叩き下ろされると、生じた暴風が周囲にいた別個体達をも巻き込んだ。その装甲を、軽々と吹き飛ばす。

 義眼の力も上乗せされているとはいえ、もはや斬撃と言うより爆発に近かった。


「へっ、やったぜ! どうだよ、イザク?」


「攻撃する度に、いちいち技名を叫ぶつもりか? 子供じゃあるまいし、恥ずかしいからやめといた方がいいぞ、レイル」


 呆れ顔をしながら、今度はイザクが左右の手に持った十数本のククリ刀をまとめて前方へと投げ放つ。

 驚くべきことに、それらは一本残らず魔機達の単眼部をぶち抜いていく。一瞬にして全個体を機能停止に追い込んだ。

 自分の活躍が霞んでしまう力量差を、目の前でまざまざと見せつけられたのだ。

 特にこのイザクをライバル視していたレイルは、頬を膨らませる。

 しかしそれでも腐ることだけはしなかった。彼は自身が習得した、キバオレ族の剣技の可能性を信じていたのだから。


「くそっ、俺だってまだこんなもんじゃないはずだ。俺はまだ成長途上なだけ。おい、イザクっ! アルマさんのこと、お前も狙ってるんじゃないだろうな!? 許さねぇぞ、アルマさんに振り向いてもらうのは俺なんだからな!」


「何を言っている、レイル。俺は仕事をしているだけだ。そんな浮ついた動機で、戦場に来てる訳じゃないっ」


 そう、レイルの目的は最初から一貫して、王国に仕官すること。

 そこにアルマと恋人になる夢が加わったことで、より一層どんな苦難の道でもめげずに突き進もうと言う推進力になっていたのだ。

 自身の目的を口にしたレイルは、地面に倒れ伏した魔機達の残骸の隙間を縫うようにして、先に歩き出したイザクの後を追っていく。


「安心したぜ、イザク。じゃあさ、アルマさんのことで知ってることがあるなら教えてくれよ。なんか砦じゃあ、皆があの人とこと避けてるみたいだったからさ」


「俺も詳しいことは知らない。だが、彼女はあの悪辣で知られた旧サン・ロー王国の王家の血筋に当たるらしい。だから革命後の現王国では、風当たりが強いと言うことなのだろうな」


「……マジかっ? でも、それじゃあどうしてアルマさんは処刑されなかったんだ? 王家の連中は、ほとんど処刑されたって聞くのによ」


「だから、知らん。俺に聞くな」


 先ほどから街を北上している二人が目指しているのは、さっき立ち寄ったギムジー商店である。

 そこから更に北に進み、大雷が落ちたと思われる中心地点に向かう予定だった。

 魔機の襲撃を警戒しつつ、無言で先を急いでいたレイル達だったが、ふと前方を歩いていたイザクが足を止め、振り返る。


「ところで前から聞こうと思ってたんだがな、レイル。お前のその義眼、もしかして呪物じゃないのか? 一体どこでそれを手に入れた?」


「呪物……? この義眼は『凶戦士の瞳』って名前らしいけど、俺の右目を抉り取ってこいつを埋め込みやがったのは、俺達が追ってるブラッドって奴だ」


 レイルの口からブラッドの名が出た途端、イザクは珍しく眉を顰めさせる。

 あの男に何か恨みでもあるのかとレイルは思ったが、彼はレイルの義眼を右手の人差し指で差す。そして威圧する視線を放ちながら、言った。


「右目を奪われたのは同情するが、そいつは危険な代物だ。過剰に頼り過ぎれば、いずれ身を滅ぼすぞ。今すぐ捨てろとは言わないが、使い所を間違えるなよ」


 顔に出たブラッドのことには触れず、イザクは一方的にそれだけ言い切った。そのまま彼は踵を返して、再び街の北へと歩き始める。

 その有無を言わさない迫力にレイルは思わず押し黙ってしまうが、確かにレイルはいつしかこの義眼が秘めた強い力に頼っている節があった。

 しかしこの右目が、レイルに魔機を倒せるだけの力を与えてくれているのも事実。

 特に今の戦場となったこの街において、今更、捨てられるものではないのだ。


「へっ、どれだけ危険な呪物だろうが、要は使いこなせばいいんだろ? お前らみたいに規格外の化け物じゃない俺は縋るしかないんだよ、こんな得体の知れない借り物の力にもな」


 レイルがそう独りごちた、その時だった。

 突然、狭い路地から魔機が一体飛び出し、彼に躍りかかったのだ。

 だが、レイルは右目から赤い光を漏らしながら、瞬時にしてその魔機の横っ面に大剣を叩き付ける。軽快な音を響かせて、魔機の頭が勢いよく外れ飛んでいった。

 そのまま大剣を背に戻し、壊れた魔機を見下ろすレイル。


「そう、これだよ、この闘志が噴き上がる感じ。せっかく忠告してくれたのに悪ぃけどよ、イザク。使える力は使わせてもらうぜ。痛みも疲れも感じなくなるこの力、確かにリスクはあるかもしれねぇ。けど、リターンはそれ以上にでけぇからな」


 レイルは義眼に指先で触れながら、自身の闘争心に反応して際限なく湧き上がるその力を意志の強さで抑えつける。

 確実に強くなっている実感に目を輝かせた彼は、イザクの後姿を追っていった。

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