第二章 魔都にて見え隠れする陰謀その二

「おい、どうなってんだよ? 何でアルマさんがいなくなってるんだ……」


 レイルとイザクが街の入り口付近に戻って来た時、馬車の中はもぬけの殻でアルマの姿はどこにもなかった。

 主を失った馬車内に残されていたのは、ただ一枚の置き手紙だけ。

 彼女が書き残していったのだと思い、レイルはさっと手に取って読み始める。


 ――レイル君、イザクちゃん、ダール君、リゼちゃん。私は私で独自にブラッド・ヴェイツの足跡を追うことにしました。君達は引き続き、ブラッド討伐の任務に当たって欲しい。彼の首を取ったのが君達の誰であろうと、陛下は全員の望みを叶えてくださるそうだよ。くれぐれも足を引っ張り合うことのないようにね。アルマより――


「アルマさん、俺達が手柄を横取りしようとして協力し合わないことなんて、お見通しだったみたいだな……。それに今度はブラッドの首を取れって、明確に書かれてある。つまり確実に殺せってことかよ」


 レイルは、側にいたイザクに聞こえるように読み上げたつもりだった。だが、読み終えた時には、いつの間にか彼の姿はなく。

 振り返って彼の姿を探すと、彼は馬車から離れた場所で手探りで何かを確認しているようだった。


「おい、イザク。そんな何もない所で何をしてんだよっ?」


「どうやら最悪の予想が的中したらしい。ここに来てみろ、ギムジーさんの言っていたことは、本当だった」


 レイルはイザクが言わんとしていることを察すると、急いで駆け寄る。そして彼が触れていた何もない空間に、恐る恐る手を伸ばしてみる。

 そこには二人が危惧していた通り、不可視の壁が行く手を塞いでいた。

 それはこの危険な街からの退路が断たれたことを意味する。しかしそんな現実を突きつけられても、二人はそれぞれ別の理由から動揺することはしなかった。

 レイルは楽観的な性格故に、イザクは場慣れしているが故にである。


「ええと、閉じ込められた原因が何かは分かんねぇけどよ。こうなったからにはブラッド討伐と並行して、脱出方法を見つけ出すしか助かる道はねぇってことか?」


「ああ、そういうことだ。そうと決まれば先を急ぐぞ。他の二人と合流して問題の解決に当たる。気を引き締めろ、レイル。事態はお前が思っているより、深刻だぞ」


 イザクは決断を下すと、即座に不可視の壁から踵を返して街の方に引き返した。

 呑気に構えていたレイルも、迅速に行動する彼を見て舌を巻くしかなかった。

 同時に自分がいかに未熟かを、思い知らされる。


「……ちっ、頭の回転が俺じゃ追いつかねぇ。悔しいぜ。そういやブラッドにも言われたっけ。俺に絶対的に足りてないのは、経験値だって。じゃあ、俺だって場数を踏めばあいつらと肩を並べられんのかな?」


 他の三人との大きな差を思い知り、レイルは仄かに暗い感情を抱く。

 しかし彼はその単純で前向きな性格故に、これは試練だと受け止めていた。

 元々、碌に学がない貧困層が王国に仕官したいなどと大層な夢を見ているのは、身の丈を超えたことなのだ。だから未熟であることを素直に認め、今こそが成長のチャンスだと思うことにして、レイルは自身を奮い起こすことにした。

 こんな危険な戦場だからこそ、平時では得られない経験が積めるはずだと。


「貧民街のジジイにも教わったっけな。俺に教えてくれたキバオレ族の剣術は、戦場で鍛えられた技だって。戦場を知らなきゃ、宝の持ち腐れって訳だ。見てろ、俺もすぐに腕を上げてお前らに追いついてやるからな」


 この立ち直りの早さは、間違いなく他のメンバーにも劣らない彼の長所だった。

 精神のスイッチを切り替えたレイルは、もう上だけを見ていたのである。

 すぐに先に歩き出していたイザクの後姿を、急いで追っていく。その際に彼の義眼に微弱な赤い光が宿ったことを、彼自身も気付くことはなかった。

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