第二章

第二章 魔都にて見え隠れする陰謀その一

 雪によって白一色の雪化粧を施された、崩れた街並みの探索は手探りだった。

 レイルとイザクは雪で足を取られないようしっかりと地面を踏み締めて、この街の北を目指して進んでいた。

 もしかしたら生き残りがいるかもしれないとそれとなく探してはいたが、一向に人の気配はない。その事実に、レイルは落胆してしまうのだった。


「リゼとダールは、もうずいぶん先に進んじまったみたいだな。けど、あんなに活気があった街が、今じゃ人っ子一人見当たらないゴーストタウンかよ……。気が滅入るぜ。もし生き残りがいれば、アルマさんから聞かされた以上の街の現状について何か聞けるかもしれないのにな」


 人命救助の命令は受けていないが、もし生存者を見つけたとしたら、レイルは助けるつもりでいた。

 その理由には打算も含まれていたが、多くは純粋な彼の人柄によるものだった。

 貧困育ち故に、同じ境遇の者達と助け合ってきたからこそ、今まで困難を乗り越えてこれたと彼は信じていた。それが生き方にまで昇華されていたのだ。

 しかし災難にも、降り続く雪が人が残したかもしれない痕跡を覆い尽くそうとし、生存者の発見を困難にしていた。

 だが、半ば諦めかけていたレイルを励ますように、イザクが口を開く。


「住人が生き残ってる可能性なら、あるかもしれない。ここまで街のどこにも人の死体は見当たらなかったただろう? 死体が自分で動いたと言うことはないはずだ。生きているか、もしくは何者かが移動させたのか……」


「なるほど、そうか! まだどこかに人が隠れ潜んでいるかもしれないってことだよな。よっし、じゃあ俺はその望みに賭けてみるぜ」


 街の生存者を助ける。手掛かりすらない本命のブラッドの追跡よりも、まずは人助けが先決だとレイルの中で優先順位がすり替わる。

 それを承諾してくれたイザクと、レイルは根気よく街中で捜索することを決めた。

 一向に成果が出ないまま、数時間は経過した頃だろうか。再び諦めムードになりかかっていた二人の視線の先に、ようやく変化が訪れる。

 ただ白く瓦礫が散らばるだけの街中に、一つの影が横切った気がしたのだ。


「おい、イザクっ」


「ああ、今のは魔機じゃない。俺にも人影のように見えた」


 ついに見つけた手掛かりである。目に活力を取り戻したレイルとイザクは顔を見合わせると、人影が消えていった方向に走り出した。

 幸い人影はさほど足が速くなく、二人はすぐに追いついてその腕を掴んで捕まえることに成功する。やはり人影は人間だったのだ。


「おい、あんた! 人間なんだろっ? 逃げなくてもいい、助けに来たんだ!」


「……た、助けにっ!? もしやお前さん、街の外からやって来てくれたのか?」


 レイルが腕を掴んで動きを止めた人物は、初老ながら筋骨逞しい男だった。甲冑で武装しているが、足を怪我しているのか引きずっている。

 しばし彼は動揺して、レイルとイザクの顔を探るように交互に見ていた。しかし敵意がないと分かったのか、安堵の溜息をつく。


「これも天の助けか。儂は傭兵や冒険者相手の総合店を運営しとる、ギムジーと言う者だ。外には鉄の化け物が徘徊しとる上に、見えない壁があって街から逃げることも出来ん。だから生き残り同士で、物資の奪い合いになっておるんだ」


「そいつは大変だったみたいだな、おっさん。俺はレイル・レゴリオ、隣にいるのはイザク・ルルノアだ。俺達は新生サン・ロー王国で雇われてるんだ。つまり街には、あんた以外にも生き残りがいるってことなんだな?」


 ギムジーを名乗った男は、重い表情でレイルの質問に頷く。続きは場所を変えて話そうと切り上げ、二人を伴って雪道を歩き出した。

 だが、彼の後ろを追うその道すがら、レイルは胸を弾ませていた。

 何しろレイルにとって、彼はようやく見つけた街の生き残りである。自分がしてきた努力が無駄にはならなかった事実が、何より嬉しかったのだ。

 しかも今後も他の生存者と出会える可能性が出てきたのは、幸先が良い。

 そんな希望を胸に歩いていたレイルが、ギムジーに案内されてやって来た建物。

 そこはギムジー商店と書かれた屋根看板がかかった、古びた外観の店だった。

 大雷の余波を受けたのか、窓や壁が所々壊れており、補修痕が痛々しく残されている。


「入ってくれ、せっかく外からやって来てくれたんだ。欲しい物があったら融通してやってもいいぞ」


 ギムジーが両開きの扉を開けて三人が店に入ると、中には誰もいない。ただ武器、防具、薬類が並んだ棚があるだけだった。

 内装も年季が入っているが、品揃えはそれなりに充実しているな、とレイルは陳列棚を見て思った。

 ギムジーはさっそく店内のカウンターテーブルの向こうに回ると、レイルとイザクを見て愛想笑いを浮かべる。


「いらっしゃい、儂のギムジー商店によ。見ての通り小汚い店だが、必要な物があるなら好きに使ってくれていいぞ。特にレイル、お前さんは鎧が痛んどるじゃないか」


「サービスいいんだな。ありがとう、おっさん。実はついさっき仲間の女にやられちゃってさ。この損傷した皮鎧、どうにかしたいと思ってたんだ」


 レイルはギムジーの言葉に甘えさせてもらい、目を付けた店内の皮鎧を幾つか持って試着室に入っていく。

 やがて気に入ったその中の一つを身に着けると、全身鏡の前でニヤリと笑う。

 彼の御眼鏡に適ったのはワックスによる硬化処理を施され、軽量ながら強度があるものだった。

 試着を終えて満足気な様子で出てきたレイルの姿を見るなり、ギムジーは嬉しそうに笑いかける。


「お前さんの得物は背の大剣のようだが、重量のある武器はどうしてもスピードが殺されるからな。プレートメイルじゃなく、皮鎧にしたのは良い判断だ。イザク、お前さんも店内の物を好きに使ってくれてもいいんだが、必要ないか?」


「ご厚意には感謝するが、戦場には手に馴染んだ装備で挑みたい。気持ちだけ有り難く頂いておく。それよりもさっきの話の続きだが、一つ気になってることがある。街から逃げられないとはどういうことだ?」


 イザクが本題を切り出すと、ギムジーも真顔になる。テーブルカウンターに両肘を立てて答え始めた。


「ああ、儂もお前さん達が街の外からやって来たと聞いて驚いたんだ。なにせ、出ようと試みても不可視の壁が邪魔して、街の誰も脱出は出来なかったんだからな」


「不可視の壁? 俺達がやって来た時には、そんなものはなかった。もし本当だとしたら至急、確かめる必要があるな。俺達にとっても、大事なことだ。レイル、一度馬車まで引き返すぞ」


「は? 一体、どうしたってんだよ、イザク?」


 三人の中でレイルだけが、状況の緊急性を理解してないのか首を傾げている。


「もしかしたら俺達も街から出られなくなってるかもしれない状況、ってことだ」


 イザクが呆れ顔をしながら噛み砕いて説明してくれたことで、ようやく事の重大さに気付いた彼の表情が険しくなった。


「つまり……俺達まで閉じ込められちまったってことかよ? やべーじゃん、それ」


 すでに最悪な事態を想定しているのか、深刻な表情のイザクはレイルの腕を引っ張って店の入り口まで歩く。そして顔だけ振り返って、ギムジーに別れを述べた。


「ギムジーさん、俺達はこれで行くが後でまた立ち寄るかもしれない。生き残り同士で食料などの奪い合いが起きてるのなら、くれぐれも用心してくれ。魔機にもな」


 警告を残してから店を出ていく、イザクとレイル。ギムジーは笑みで見送るが、やがて彼らが置かれた状況を把握して軽く溜め息をつく。

 王国に見放された訳ではないとはいえ、助けに来た彼らもミイラ取りがミイラになってしまったと分かってしまったのだから。

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