第一章 集いし、最競クインテットその四
「この勝負、絶対に手は抜かねぇっ!! 約束守ってもらうからな、リゼ!」
「あははははっ、勿論だよ! 私に勝てるもんならだけどねー、レイル君っ!」
レイルと一緒にリゼも走り出す。そして先頭を歩いていたダールとイザクを追い抜くと、大小の家々の瓦礫が転がる港街コルヒデの道なき道を突き進んでいく。
まるで遠足にでも来たようにはしゃぐ二人の姿を見たイザクは呼び止めるが、どうやら声が耳に入った様子はなかった。
「あいつら、正気か? ここがどれだけ危険な場所か、分かってない訳じゃないだろうに……おい、だから待てと言ってるだろう!」
見かねたイザクも続けてレイル達を追って走り出す。が、ダールだけは歩調を崩さず関心がなさそうに、次第に遠く離れていく三人の後姿を見送った。
この吹雪では視界が悪く、激しい風の音で敵の接近に気付くのにも苦労する。
それがイザクの不安要素だったが、それが的中する形となった。
イザクが前方のレイルとリゼにどうにか追いついた時には、吹雪の中から次々と鋼鉄の化け物達が現れて、三人は取り囲まれていたのである。
「うおおっ、魔機いるじゃん。けどな、俺だって覚悟して来たんだぜ!」
「ふふっ、現れちゃったねー。まずは君のお手並み拝見といくよ、レイル君」
魔機達を右の義眼で確認するなり背中の大剣を抜く、レイル。正眼の構えから地面を右足で力強く踏み込んだ。
途端、台風が如き激しい風の音が生じ、大上段から振るわれた大剣は彼を取り囲んでいた魔機の一体を軽々と破壊。砕けた破片を飛び散らせた。
「よし、いいぞ。この義眼の扱い方、コツが掴めてきたぜっ」
レイルの気迫は、魔機相手に怯むどころか、圧倒さえしていた。
元々、頭で理解するより身体で覚えるタイプの彼である。
数度の戦いで経験した凶戦士の瞳の力を、自分の意思で多少は扱えるようになっていたのだ。全身の血管を、血液と共に不可思議な力が循環している感覚を覚える。恐怖も痛みも何もなく、闘争心だけが溢れ出た。
「へえ、君のその義眼、ちゃんと視えてるんだー。しかも本当に口先だけじゃなく腕も立つようだし、私も負けてられないかな」
リゼはポケットからトランプの束をレイルに見せるように取り出し、器用にリアルシャッフルを始めた。そして再び束に戻すと、彼女はその束の真ん中を指先で摘まんで引き千切ってみせた。
「うおぁっ! ま、まじっすか?」
あまりの力技を見せられ、驚きで表情が固まってしまった、レイル。そんな彼を眺めながら、リゼは面白そうに冷笑を浮かべて解説する。
「これが私の特技なんだよー、レイル君。身体能力、特に握力とピンチ力が生まれつき、尋常じゃないんだって。だから、これをこうして使うとねー」
握り固めた拳を振りかぶると、リゼは魔機へと殴り掛かり、その胴体部に直撃。
火薬が爆発したように、鋼鉄のボディが爆ぜ飛んだ。
そのまま天を仰ぎ見て笑いながら、彼女は魔機達の腕や足を力づくでもぎ取り、または砕いていく。
「レイル君っ、勝ったら約束通り私とやらせてあげる! だけど、負けたら……ふふふふっ、それに見合ったものを君から取り立ててあげるからね」
「ま、負けた時は負けた時だ……。失うもののことを考えて、いい女とやれるチャンスを逃してたまるかってんだ!」
レイルとリゼが戦う様は、まさに鬼神の如し。魔機達の数を確実に減らしていく。
二人の戦いに負けず劣らず、イザクも魔機を圧倒する戦いぶりを見せていた。
「文明がどれだけ進歩しようと人類最古の道具、ナイフに優るものはない。まして俺が扱う、このククリ刀なら尚更のことだ」
両手に「く」の字型の刀身が特徴の二振りのナイフを手にしたイザクは、素早く投擲して魔機二体の頭部にある単眼を射抜いた。
更にコートの内側に大量に仕込んだククリ刀を素早く両手で取ると、再び別の個体に向けて連続で投げ放って魔機の動きを確実に止めていく。
「これが話に聞いた魔機か。確かに並みの使い手では、鋼鉄の装甲を破ることは簡単ではないだろうが……」
「ああ、けどアルマさんにスカウトされた俺達なら倒せるレベルってことだろ? 油断さえしなけりゃ、大丈夫だぜ」
十数分もしない内に魔機達の群れを殲滅し終えた、レイル達。彼らは戦いで温まった身体で周りの地面に粉砕された姿で散らばる魔機達の残骸を見回す。
もう動く敵の姿がないことを確認し終えたレイルが大剣を背に戻し、先に進もうと歩き出した時。背後からリゼの声がかかった。
「ねえ、レイル君っ」
「んっ? なんすか、リ……」
レイルが振り返り際のこと。その唇は突然、塞がれてしまう。リゼの唇によって。
唐突なことに頭が真っ白になるも、徐々に彼は初めて異性とキスをした事実を認識して頬を赤らめる。だが、すぐに腹部に走った鋭い痛みによって、我に返った。
「う、げぇ……っ。な、何を……すんだよ、リゼっ」
「ごめんね、これも勝負だから。君のことは大好きだけど、私も夢を叶えるために先を越される訳にはいかないんだー」
リゼがレイルとの接吻を終え、彼から離れる。レイルが恐る恐る熱いものが流れ出ている感覚がする自身の腹を確認すると、彼女の指先によって抉り取られた肉が見えていた。
しかも身体を守っていた、皮鎧ごと。
「リゼ……っ。ああ、そうだよな、確かに真剣勝負だったもんな……。俺も、油断しちまった……ぜ」
レイルは力なく雪の積もった地面に両膝をつき、そのまま仰向けで倒れ込む。
リゼは少しだけ申し訳なさそうに彼を見下ろしていたが、やがて街の奥へと走り去っていった。
そんな時、負傷した彼に近づいて腰を屈めて声をかける者がいた。イザクである。
「だから忠告しただろ、レイル。簡単に俺達に気を許すなと。高い授業料だったが、勉強になったな。今回のことは、一つ貸しにしといてやる。おい、ダール」
イザクが名を呼びかける。いつの間にこの場に追いついていたのか、彼の背後でダールが腕組みをしながら気配を感じさせることなく立っていた。
「……してやられたな。こいつの薬代はお前の取り分から頂くぞ、イザク」
「ああ、それで構わん」
イザクがレイルの身体を仰向けにさせると、ダールは腰に下げたバッグから鮮やかな虹色をした数枚の小さな羽を取り出す。
屈みながら彼は、血が流れ出ているレイルの傷の上で軽く振った。
羽から鱗粉が零れ落ち、レイルの傷口をたちまち塞いでいった。
「い、痛く……ねぇ? どうなってんだよ……傷が治っちまったぞ!」
「感謝しとけよ、レイル。あれは外傷をたちどころに癒す秘薬と名高い、天然ものの妖精の羽だ。普通なら繊細なあの羽は、触れただけで破れて使い物にならなくなるんだがな。ダールは特別なんだ」
それを聞くなりレイルは、地面に手をついて起き上がる。ダールの前に立って、頭を深々と下げながら大きな声で感謝の言葉を述べた。
「ありがとうよ、ダール! 正直、こんな早々に負傷しちまって、どうしようかと思ってたんだ。お陰でまだ街から引き返さないで済みそうだぜ」
「……礼はいらん。金の上の取引きだ。それよりイザク、レイル。魔機共から、単眼部の核を拾い集めるのを手伝え。アルマからそいつと金貨を交換してもらう契約になってる」
レイル達が倒して地面に破片が散らばった魔機達は、ざっと三十体。
すでにそれらの上には雪が積もって埋もれかかっていたが、レイル達は丁寧にそれらの中から核を拾い集めていく。途中、イザクがこの核が魔機達の動力源になってるらしいと説明してくれた。それにしてはその核は、レイルが驚くほど小さかった。直径が僅か数センチ程しかなかったため、嵩張ることなくレイルも斜めがけの皮製鞄に核をあるだけ詰めていった。
「……これだけあれば、それなりの家が建つ枚数の金貨と交換出来るだろう。だが、こんな程度では足りんな、俺の目的には。やはりブラッドの首を取るのが、一番の近道か」
ダールはそう呟くと、レイルとイザクを放って一人だけで先に歩き出していく。
リゼにしろ彼にしろ、敵地の中でこうまで単独行動を取れるのは、徒党を組まずとも魔機に殺されたりはしない自信があるためだろう。
そんな彼らの姿を見て、レイルは改めて自分が尋常じゃない連中と行動していることに息を飲んだ。
「へっ、どいつもこいつも化け物揃いだなぁ。けど、俺だって古のキバオレ族の剣術免許皆伝なんだぜ。それに……幸か不幸か、俺にはあいつに埋め込まれたこの義眼だってあるしよ。今だけは感謝しとくぜ、ブラッド。ちっぽけな俺に力をくれて」
「おい、俺達もさっさと行くぞ、レイル。ところでお前のその義眼だが……いや、今はそれはいい。俺はこの面子の中で、お前が一番不安なんだ。俺と逸れるなよ。チームワークが取れるのは、俺くらいだからな」
そう言って、先に歩き出すイザク。
お荷物扱いされたことに、レイルはむっとして頬を膨らませる。しかし自分だけ早々に負傷してしまったのは事実だけに、口を噤むしかなく。
「くそっ、今に見返してやるからな」
持ち前の負けん気の強さですぐに悔しさを前進への意欲に変えると、イザクの後を追って走り出した。
早々にやらかしたこの失態はアルマを裏切りかけた罰だと受け止め、やはり自分の本命は彼女しかいないのだと心に誓うのだった。
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