第一章 集いし、最競クインテットその三

 大陸の最北端にあり、サン・ロー王国内では避暑地として知られた港街コルヒデ。

 今や天より飛来した「大雷」によって壊滅状態となった街は、夏にも関わらず雪が降り積もる極寒の地だ。街へと続く街道も、兵士によって封鎖されている。


 ――街がこの状態に至るまでにかかった時間は、大雷による爆発から一週間。


 つまり、記憶が抜け落ちていたレイルが、港街コルヒデでアルマに拾われるまで約一週間もの間、彼はそこで魔機を相手に戦っていたことになる。

 誰よりもその事実に驚かされたのは、再び馬車で港街コルヒデに向かう道すがら、アルマにそれを説明されたレイル本人だった。


「お、俺……一週間もあんな所で……。だとしたら、よく生き残ってたなぁ」


「一週間前、街を破壊した大雷と共に現れた謎の存在。魔機を相手に出来る人材はそう多くはないんだよ。向かわせた調査隊も、消息を絶つか大きな犠牲を払って逃げ帰ってくる有様でね。そんな奴らがもし各国に襲撃を仕掛けてくることがあったとしたら……私達の王国の陛下を始めとして、近隣諸国の王達はそれを危惧してるんだ。あのブラッドも何らかの目的で、あの街で動いていると私達は睨んでいるよ」


 アルマが長を務める革命王の手とは、魔機が跋扈する港街コルヒデで活動出来る人材を集めるために急遽、国王により結成の命を下された組織なのだと言う。

 彼女の独断により選抜されたのがレイルと、そして今、馬車に同乗している他の三人なのだと説明を受ける。

 一人目はさっきレイルに絡んできた、イザク・ルルノア。褐色の髪で、すらりとした高身長。黒いコートを羽織り、両腰に刃渡りの大きいナイフを二振り下げた男だ。

 二人目は身長二メートルを超す大男、ダール・ゼフォン。赤色の重鎧と同色のマスクをしているため素顔は分からず、巨大な戦斧を手元に置いている。

 三人目はリゼ・リナブルと言う、サラサラの長い銀髪を腰まで伸ばした少女。身体に張り付いた青いドレスを着て、肩にはファーのある、白のロングコートを羽織っている。年齢は十八歳で、レイルとは同年代と言えるだろう。


「ねえ。それで、レイル君さー。君、人を殺したことってあるの?」


 馬車に揺られる中。レイルの顔を覗き込みながら突然、小馬鹿にしたように話しかけてきたのは、リゼだった。

 これまで女性とまともに話す機会などなかった彼にとっては、反発心を抱くよりも目のやり場に困る彼女のグラマーな体型にあたふたしてしまう。

 たとえ自分の意中の相手がアルマだとしても、男としてその魅力を無視は出来なかったのだ。


「お、おう。そりゃあ、傭兵稼業をしていたから多少はな」


「へえー、とてもそうは見えないけどなー。君、純粋そうな目をしてるもん。まあ、期待はしとくよ。これから私達はあの悪名高い『千人幽鬼』を追って、きっと殺害を命令されるんだろうし、なまくら野郎じゃ頼りなくて背中は預けらんないからね」


 リゼは見透かすように顎に手を当ててそう言ったが、それは事実だった。

 実際、レイルは殺しの経験がこれまでまったくなかったのだから。

 しかし今更、それを打ち明けることは出来ず、彼は口を噤んで押し黙った。


「……役に立たん奴ならいらん。俺の足を引っ張る奴は誰だろうと、見捨てて先にいく。最初にそう忠告しておくぞ」


 マスクで表情が窺いしれないダールが、腕を組みながら、全員に対し忠告する。

 全身から殺気を発しており、今にでも暴れ出しそうな雰囲気だ。

 話が通用するとは思えず、レイルには三人の中で一番の危険人物は、彼のように思えた。


「さあ、そろそろ到着するよ。そしたら孤立無援になるんだし、くれぐれも仲間同士で殺し合いなんて始めないようにね。いいかな、レイル君?」


「な、何で俺だけに言うんですか? よりによって俺がそんなことする訳ないじゃないですか、アルマさん」


 アルマは無言のまま、ただレイルの顔を見つめているだけ。

 彼女に自分が問題を起こしそうな人間だと思われていることに、レイルは少なからずショックを受けるのだった。

 しかし沈んだ気持ちの整理がつく前に、港街コルヒデの入り口が間近に見えてきた辺りで馬車は停止。アルマから指示を受け、レイル達の四人だけが外に降り立った。

 降り続ける雪で先があまり見通せず、奥からは金属の足音が聞こえてきている。

 魔機が徘徊しているのは確かだが、誰一人として狼狽えている者はいなかった。


「……魔機一体につき金貨五枚と言うのは本当なんだろうな、アルマ?」


 真っ先に一歩を踏み出したダールが、振り返ることなく馬車のアルマに問う。

 アルマが肯定の返事をすると、彼は納得したように戦斧を片手に単身で街の壊れた大門を潜っていった。

 それにイザクが続いて、リゼとレイルもその後ろを追う。が、その途中のこと。


「ねえ、レイル君。賭けをしない? 私とどっちが先にブラッドを倒せるか競って、負けた方が一つだけ何でも言うことを聞くって言うのはどう?」


「な、何でもって……」


 レイルの肩に手を回し、リゼは微笑を浮かべながら話しかけてくる。

 身体を密着させられた状態で、赤面する彼を面白そうに眺める、リゼ。続けて彼女は、甘い声で囁いた。


「だから何でも、だよ。お金でも、私のこの身体でも、ね?」


「え、うえええっ! まじっすか?」


 聞いた途端、鼻息を荒くして背筋を直立させたレイルにリゼは笑って頷くが、先に進んでいたイザクが振り返って「俺達と逸れるなよ!」と、檄を飛ばす。

 しかし、レイルの耳には、彼の言葉など届いていなかった。

 なぜなら彼は今、葛藤の真っ最中だったのだから。惚れたばかりの本命のアルマを裏切って、他の女に目移りしてもいいものかと、ひたすら迷っていたのだ。

 やがて頭を抱えて考え抜いた末に導き出したのは「せっかく誘ってくれた女に恥をかかせるのは、男のすることじゃねぇ」と言う結論であった。

 心の中でアルマに詫びつつリゼの賭けに乗ることにした彼は、やる気十分で背の大剣を抜き放って走り出していった。

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