第一章

第一章 集いし、最競クインテットその一

 しばらくした後に馬車に揺られながら目を覚ました包帯姿のレイルと、同乗しているアルマ、そしてアルマを守る二人の護衛騎士は簡単な自己紹介をしていた。


「俺の名前はレイル・レゴリオっす、アルマさん! 年齢は十七歳っ! そして誰にも負けない俺の一番の特技は……貧民街のジジイに頭を下げて教わった、古の部族キバオレの剣技ってやつです!」


 希望に目を輝かせて激しく捲し立てるように自己紹介する、レイル。それをアルマは顔色一つ変えることなく、ニコニコと穏やかな顔で聞いている。


「うん、君からは”持たざる者”の強さを感じるね。何も持たずに生まれ、奪い、育ってきたが故の。さっきも言ったけど、私は陛下から多様な人間を試験的に集めた部隊を作るように、命令されてるんだ。君のその強さも、役立ててくれると嬉しい」


 アルマのその言葉に、今まで人から期待をかけられたことなどなかったレイルは喜びを通り越して、ドギマギしてしまった。

 それもこれまで関わったことさえない、容姿端麗な女性から期待されたのだから、尚更だった。


(はっ……!? ま、まさか脈ありっ? いやいやいや、けどこんな綺麗な人と……。仕官のチャンスだけじゃなく、ようやく俺の人生にも女っ気がっ?)


 狼狽えているのが誰の目にも明らかなレイルの目を真っ直ぐ見つめる、アルマ。

 彼女は相変わらず人の心を安心させる微笑みを湛えながら、更に彼に声をかけた。


「レイル君」


「は、はいっ! な、なんでしょうか、アルマさん!」


 しかし、アルマは何かを続けて言う訳でもなく、ただ馬車の窓の外を指差す。

 レイルはすぐに彼女が指差した方向を目で追ったが、雪のためよく見通せない。

 扉を少しだけ開いて、彼が外を覗いてみた、その時だった。

 馬車が突然、急停止し、その衝撃で車内が大きく揺れて、彼の身体だけが道端に転げ落ちた。


「い、いってぇぇっ! な、何なんだよっ……! 一体、何がっ?」


 レイルは雪の積もった地面に両手をつき、外気の寒さと痛みに耐えながらも、顔を上げる。その時には彼も、自分達が陥っている今の状況を悟っていた。

 またも取り囲まれている。それもあの時と同じ鋼鉄の化け物達に。


「こ、こいつらっ。また俺を追ってきやがったのかよ!? うぜぇっ……しつこすぎだろ!」


「こいつらを私達は魔機マキナアルガと呼んでる。隣国のお抱え発明家が開発したカラクリ人形なんかとは比べようもなく、高度な技術で動いているみたいでね。レイル君、最初の仕事だよ。君一人で、頑張ってこいつらを倒して欲しい。私達は手出しをしないから、健闘を祈るよ」


 アルマは、馬車の椅子に腰かけたまま、開けた扉からこれまでとは打って変わって冷徹な眼差しをレイルに向けて、言い放った。

 それくらい出来なければ、お前などお払い箱だと言わんばかりに。

 その表情を見て彼女は本気だと察したレイルは、思わず身震いした。

 好きになりかけていた彼女が、こんな冷たい目が出来る女だと知って、最初に抱いたイメージとのギャップから余計に恐ろしく思えたのだ。


「酷ぇよ、アルマさん……さっきまで聖母みてぇに優しそうだったじゃねぇか。こちとら、ついこの前まで意識を失うまでぶっ続けで戦ってたんだぜ。今の俺にそんな体力、残ってる訳が……」


 しかし、そこまで言って、レイルはようやく気付いた。

 奴らを目にした途端、今まで感じていた疲れや身体の節々の痛みの一切が、消え去っていることに。

 いや、それらが気にならなくなる程に、内から凶熱が湧き上がっていることに。

 力が全身に満ちる。今なら何でも出来る。万能感を覚えた。


「な、何だ!? まただっ……体が熱く、う、ううぉおおおぁっ!!」


 魔機の一体が襲い掛かってくるよりも早く、レイルは地を蹴っていた。

 相手よりも早く、一段と早く……っ。

 刹那の間に背から抜いた大剣が、魔機の腕と胴体を繋ぐ関節部へと斬り込まれ、右腕が飛ばされた。


「速いっ……この動き、あの時と同じだ! この義眼の力っ……? 身体が勝手に反応してるのかよ!?」


 また一体。レイルの背後から鋼鉄のアームを叩き下ろさんと飛びかかってくる魔機。その動作に反応した彼は、振り返ることなく後方に大剣を一閃した。

 途端、鋼鉄のボディが粉砕されて、破片が地面に散らばる。


 ――この時点でレイルは確信した。この力なら何とかなるかもしれないと。


 今度は二体同時にかかって来る魔機。レイルは、足蹴りで一体の単眼をぶち抜き、もう一体の胴を大剣で横薙ぎにぶった斬って破壊する。

 そこで戦いは終了となった。分が悪いと判断したのか、残った魔機達は散り散りになって逃走していった。

 雪が積もる地面に両膝をつき、どうにか生き残れた安堵感で彼が渇いた笑いをしていると、すぐ後から声がかかった。

 やはり何度聞いても誰よりも優し気で、母性を感じさせる耳心地の良い声が。


「よくやったね、レイル君。やっぱり君は私の見込み通りだったみたい。さあ、早く馬車に乗って。君はまだ理解してないみたいだから、私達の前線基地に到着次第、説明するよ。現状の私達が……ううん、世界が置かれた状況についてね」


 レイルが振り返ると、アルマはふらふらの彼を優しく抱きとめる。

 女性特有のいい匂いが鼻孔をくすぐり、生まれて初めて女に抱かれたのだと気付いた彼は、現金にもさっきの仕打ちなど忘れて「最高っすよ、アルマさん」とだけ呟いて、その胸に顔を埋めた。

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