3 役割分担
「音門巡回官、そろそろ巡回に行く時間です」
「……」
いつもと変わらない、一方的な会話のキャッチボールを行う僕。音門巡回官は机の中から車の鍵を出して、無言で外へ向かう。
「ちょっと待って、音門ちゃん、陽夜ちゃん。緊急事態よ」
自動ドアが開いたところで、吉野さんが僕達を足止めする。
「これ見て」
指を指され、吉野さん専用の大きなパソコンを見に行く。
「何ですか、この赤くなっているエリアは」
普通の地図上に、赤い斑点がいくつかある。その中で、一つのエリアだけ、他のエリアと比べ物にならないほどの大きさとなっている。
「……チッ」
音門巡回官は舌打ちをすると、面倒臭そうに外へ向かった。
「ようやく俺らの出番ってわけだ!」
「はしゃぐな、東」
待機員である、白鳥さんと東さんも参加するようだ。ところで、これは一体なんの騒ぎなのだろうか。
「陽夜ちゃん、巡回官には、こんな仕事もあるのよ? くれぐれも、怪我だけはしないようにね? 頑張ってねん」
両手で髪の毛をイヤらしくこねくり回しながら言う、吉野さん。
「その仕事の内容を、教えてください!」
「行けば分かるわよ。ほら、置いて行かれるよ?」
どうして教えてくれないんだ……。遠くで音門巡回官が睨んでおり、本当に置いて行かれそうなので、急いで車に向かうことにした。
= = = = = = = = =
「音門さん、今回もヤベェすよ」
運転手の音門巡回官を始めとして、助手席に東さん、後部座席には僕と白鳥さんが座っている。東さんは顔を強張らせて言ったのだが、音門巡回官は無視だ。
「小月、お前は隙を見て手錠をかけてくれ」
「お、始まったよ! 白鳥指揮官!」
東さんがおちょくると、白鳥さんは静かに眼鏡をかけ直した。その瞬間、東さんの顔は硬直してしまった。東さんはよく人を茶化すのだが、どうやら肝は座っていないらしい。
「東待機員、お前は小月に付いてやれ。俺と音門さんで粗方片を付ける」
「指揮官さんよ〜、俺も前線で戦いたいぜ」
ため息混じりの声を出す、東さん。白鳥さん助手席から身を乗り出し、東さんの顔を正面から覗いて、
「通常、戦闘は前衛、遊撃、後衛に分かれる。どれも大事な役職。どれか一つが欠けていたら、隙を突かれて終わりだ。俺と音門さんは前衛、東待機員は遊撃、小月は後衛。みんなが主役だと、俺は思っている」
真剣な眼差しで戦闘を語った。すると東さんは軽く笑いながら、
「なぁ白鳥待機員よ、この戦いってそんな本格的なもんじゃねーだろ。ちょっと頭固過ぎねぇか?」
と、ため息を吐きながら言った。白鳥さんの方へ目を向けると、フラストレーションが爆発しそうだったので、僕は止めに入ることにした。
「し、白鳥さん、この戦いってそんなに厳しいものなんですか?」
すると白鳥さんは眼鏡に息を吐いて、クリーナーでレンズを拭きながら答えた。
「赤い斑点のエリアは、俗に言う危険エリアだ。全世界の隅々が二十四時間監視されているのは知っているだろう、小月」
「はいっ」
二千八十年、政府は全世界のあらゆる場所、即ち人が踏み入れることの出来るエリアに監視カメラを設置することが決まった。僕の親が生まれた頃は、まだ高価だったらしい監視カメラも、現在は技術が進み、『8Kカメラ』の大量生産が可能となっている。今では16Kが主流。8Kなのは、監視カメラくらいである。カメラの情報は警察の各管轄部署に任されている、というのは三ヶ月間の研修で聞いた。
「つまり、この赤い斑点は監視カメラを使って算出されている、ということですね?」
あぁ、と言いながら数回首を縦に振る白鳥さん。
「吉野さんが全て確認してくれている。これが終わったら、感謝の一言でも入れておくと良い」
吉野さんはお色気で頭のネジが抜けているような人だが、仕事はきっちりこなしているようだ。
「危険エリアは、犯罪の凶悪レベル的なものですか?」
「その場合もあるが、大抵は違う。犯罪者の量だったり、犯罪の見込みのある人間が多く存在する地域が赤い斑点の正体だ。戦闘、と言っても捕まえるだけだ。変な期待をさせていたのなら、謝罪する」
軽い戦争のようなものが起こるのでは、と心を踊らせていた自分を殴りたい。
それよりも気になったのは、犯罪の見込みのある人間、という発言だ。それってつまり、犯罪を犯していない人でも、監視カメラの目に引っかかってしまったら逮捕されてしまうってことだろうか。
「白鳥さん、それって──」
「着いたっす! 戦いの始まりだー!」
と、東さんが話を遮って天真爛漫に言った。
「降りるぞ、小月」
白鳥さんに言われ、続きを聞きたい気持ちを抑え、車のドアを開けた。
「今回も多いなー」
東さんは右人差し指で頬をかきながら言った。
かなり荒れ果てた街並みで、通行人は半分以上がご年配の方々。
「このご時世なのに、年配者がやけに多いですね」
そう言ってハテナを顔に浮かべているのは、僕だけである。
歴史の授業で習ったが、二千年代前半は超高齢社会だったらしい。今はそんなことはなく、第三次ベビーブームが長いこと続いている状況だ。北海道と青森の間の海は埋立地となり、そこには高齢者の住める世界が造られた。昔で言う、老人ホームのような役割を担っているらしい。青森と函館の間に位置する老人ホーム、ということで『青函ホーム』と呼ばれている。なので、このような所に年配者ばかりの街があるのはとても珍しいのである。
「そんなことはどうだっていいんよ、陽夜。バンバン捕まえて総務署に送還するのが俺らの仕事! 行くぞっ!」
この前少年達を送った総務署に、ここで逮捕した人達も送るのか。イマイチ全てを理解していないが、先輩達の言うことに従うのが僕の役目。殺風景なこの街を、置いて行かれないように先輩達の背中を追った。
「ここにいるすべての住民に告ぐ」
白鳥さんはスマートウォッチを拡声モードにして、突然叫び出した。急にどうしたのだろうか。
「我々は、警察だ。ここは低所得エリアと判断されている。速やかに我々から支給金の受け取りを願う。我々は警察だ。ここは──」
低所得者エリア? 犯罪者が多いエリア、と言っていたはずだが。
「これって本当ですか?」
僕は、伸びをしている東さんに聞いた。
「ま、これは餌撒きよ。こうやって言えば、腹減った魚がいっぱい釣れんだろ」
つまり、おびき寄せるための罠、と言う訳か。警官たる者、汚い手を使うなんて、意外だ。
「ほら、見てみ。これは楽しそうだ……!」
東さんが指を指した奥からは、四十人ほどの住民が一斉に走り出してきた。小学生くらいの子から老人までいる。ほとんどの人が、魂の抜けたような面持ちである。
「東待機員、小月を頼む」
「……チッ」
そう言って、東さんと音門巡回官は飛び出していった。
「いーよな、ずりーよ、俺も行きてーよ……」
東さんは、風邪を引いて遠足に行けなくなった子供のような態度を取って、分かりやすくうな垂れていた。
「一体、これから何が始まるんですか?」
僕が東さんにそう尋ねると、
「まぁ見てなよスッゲーから!」
と言って、僕の目線を音門巡回官達の方にずらした。
走り出した音門巡回官達は、どんどん加速を続けていった。今にも住民にぶつかりそうだ。
その直後、目に映った光景は、僕の理想の中の警官という仕事を、グチャグチャに、残酷に破壊していく、とても理解のし難い状況であった。甘い言葉に引き寄せられてやって来た住民を、一人、また一人と殴りかかっていく音門巡回官と白鳥さん。
「倒れているヤツから手錠かけていくぞ〜、陽夜。……陽夜? どうしたんだよお前、顔真っ白じゃねーかよ!」
比較的狭い、空き地のような所におびき寄せられていた住民に逃げ場は無く、ただただ警官による暴行を受けている。これほどまでに暴虐な警官に父は逮捕され、僕は信念を持って、憧れを持って就職をしたのか。
「おい、これじゃあ日が暮れちまう!! 早くしろ、陽夜!」
何か、悪い夢でも見ているのではないだろうか、と思うしかないこの状況。現実が現実として受け入れられず、思考停止を強いられている。
徐々に視界がボヤけてくいく。目で見ているものが左に、右に大きく揺れて────。
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