2 闇の話

「おいお前、ヘマしてんじゃねぇぞ? まさかおまわりさん連れてくるなんてな。ほんと使えねぇ」


 リーダー格の一人は思いきり下っ端の横腹を蹴り上げた。


「おい! 動くな!」


 音門巡回官はそう叫んだあと、少年たちの方へ走っていった。すると側近の二人が、


「おっと、これ以上近づいたら分かってるな?」


 腰からピストルを出して構え始めた。遠くから見ても分かるが、警察が携帯しているものに酷似している。これも盗んだのだろうか。


「警察だって人間だ、ピストル向けられりゃ怖いに決まってるよなぁ?」


 そうリーダー格の一人が言うと、数人が高らかに笑い出す。音門巡回官は銃を捨てて、その場に跪いた。


「もう一人の警官さんは、俺たちと戦うっていうのか? 死ぬぞ?」


 どうすればいいんだ。冷静になれ。よく考えれば、必ず突破出来るはずだ。

 相手が所持しているピストルは推定二丁。人数は、リーダー、側近、下っ端の合計四人。ピストルを持っている側近二人を、どう処理するかが問題である。

 全く無い、と言っても過言でもない経験と知識。その中で、せいいっぱい考え抜いた答えは、これだ。成功してくれ……!

 僕は側近の片方に向かって思い切り銃を投げた。投げた銃は迷うことなく、目元に向かって高速で飛んでいった。命中。見事、コントロールが上手くいったようだ。


「いってぇぇ!」


「大丈夫かよ?」


 リーダーを始め、全員の目線が音門巡回官から外れた隙に、


「よそ見してんじゃねぇ!」


 もう一っ方の側近の顔めがけて、音門巡回官は盛大な蹴りをいれた。それに続いて僕は残りの側近に足払いをし、側近が持っていた二つのピストルを回収した。音門巡回官は自分で落とした銃を拾って、素早く腰元にしまった。


「下がっとけ」


 僕に向かって音門巡回官がいうと、リーダーとの戦闘が始まった。


「俺は数々の喧嘩に勝ってきたんだ、負けるはずねぇだろ!!」


 そう言ったリーダーは、音門巡回官の顔に殴りかかった。



「力ごなしに殴るのは、正しくない」


 しゃがんで相手の渾身の殴りを回避した音門巡回官は、そのまま足をかけて転ばせた。


「痛い、痛い!! こんの野郎!」


 リーダーが嘆くも、音門巡回官は相手の胸あたりの重心を右足で押さえつけているため、身動きが取れなくなっている。


「残りは、お前だけか」


 音門巡回官が戦っている間に、僕は側近二人に手錠をかけていたため、残るは下っ端一人となった。


「こ、降参するよ……」


「……チッ」


 下っ端、それからリーダーに手錠をかけ、この戦いは終わりを迎えた。音門巡回官は物足りなかったのか、下っ端の降伏に不満そうだった。

 その後、少年たちを担当の暑に送って、今日は終わりを迎えようとしていた。



 =   =   =   =   =   =   



 8係の部署に到着すると、音門巡回官はすぐさまシャワーに向かっていった。

 僕は持ち場に戻ろうとすると、あの人に捕まってしまったのだった。


「おつかれちゃん、陽夜はるやちゃん」


「ありがとうございます、吉野さん」


「今日は楽しかったみたいね?」


「いえ! 死ぬところでしたから!」


「危険を生きる男、素敵じゃない?」


 お色気ムンムンでいう吉野さん。美しいほど自分に酔っているようだ。


「聞きたいことがあります」


「今夜なら空いてるわよ?」


「そういう話は置いといてください!!」


 どうなっているんだ、この人の脳みそは。

 聞きたいことは、二つ。都市部の歴史と、少年達の行く先だ。


「少年達は、どうなるのでしょうか」


 こちらで捕まえた人は、総務署という所に送還することになっている。


「そんなの、私の知ったことじゃないわ。質問はこれで終わり?」


 意外にも、吉野さんは知っていないのだろうか。データベースである吉野さんなら分かる、と見て質問したのだが。


「もう一つあります。今日巡回した場所は、昔交番が設置されていた、と聞きました」


「ええ」


「その交番って、どうして無くなってしまったんですか?」


 吉野さんは頬杖をついたあと、なにかを了承した面持ちで口を開いた。


「そうね。名付けるなら、『8係の大失態』ね」


「詳しく聞かせてください」


「六年くらい前の話ね。拓真ちゃんとかなむーが就職した辺りかしら。8係は総員八名だったの」


 五人は少ないと最初から思っていたが、元々八人の係だったらしい。待機員の二人が就職した頃というので、結構前の話だ。六年前なら、二〇八六年くらいだろうか。

 今はいないメンバー二人と、音門巡回官の三人が、交番を管理していた、と言う。


「資料読んだでしょ? あそこって、学生による犯罪が昔から絶えないのよ。交番の設置は必須だったわ」


「そうだったんですね」


「ちなみに、交番のリーダーは誰だったと思う?」


「音門巡回官……ですか?」


 そうよ、と言って細かくうなずく吉野さん。


「リーダーの指示のおかげで、ある程度の治安は保つことが出来ていたの。そうそう、その時はよく喋っていたらしいわよ」


 よく喋る音門巡回官なんて、全く想像できない。


「二人がパトロール、一人が店番、というかたちでやっていたらしいの。ある日、治安がよくなったことをいいことに、三人同時にパトロールに出かけたのよ」


 吉野さんは、どんどん真剣な表情へと変わっていく。


「パトロールから帰ってきた時、なにが起こっていたと思う?」


「交番を必要とする人たちが溜まっていた、とかですか?」


「甘いわね、坊や」


 吉野さんは、唇を舌で潤してから、続きを話し始めた。


「そこには、音門どもんちゃん達の知っている交番は無かったのよ」


「それって、どういう意味ですか?」


「どういう意味だと思う?」


 不敵な笑みを浮かべる吉野さん。坊や、と言われないように、少し犯罪者の気持ちになって考えてみた。


「乗っ取られていた、とか」


「糖度十五度ね。まだまだよ」


 糖度で言われても正直分からないが、どうやら外れていたらしい。


「治安が良くなったことで不満を持った人は多かったの」


「学生達、ですね」


「正解。交番を空にしたのが失敗だったのよ。ところで、パトロールを指示したのは誰だったかしら、陽夜ちゃん」


「音門巡回官……」


 僕の頭を撫でながら、正解、と言ってくる吉野さん。


「や、やめてください……」


「そんなかたいこと言ってたら、音門ちゃんみたいになっちゃうわよ?」


 それは嫌だっていう気持ちはあるが、この状況の方が無理だ……。


「音門ちゃん、自分を責め立てたのよね。自分の指揮のせいで交番がボロボロになってしまったって」


「そんなことがあったんですか」


「そう。それからあぁいう性格なのよ。困っちゃうわよね」


 こんなことがあったから、音門巡回官は言いたくなかったのだろう。

 このクールキャラの裏も知れたところで、そろそろ上がりの時間に差し掛かる。


「吉野さん、今日もありがとうございました」


「いいのよー、そろそろ葉織はおりちゃんって呼んでくれても」


「では、お疲れ様でした」


 この人の余談に付き合わされると頭がおかしくなりそうなので、早々と帰ることにした。

 途中でシャワー室から出てきた音門巡回官と会った。


「お疲れ様でした。お先に失礼します」


「……」


 やはり、無言を突き通される。さっきの話があったので、僕も何を言えばいいのか分からない。無言が一番楽なのだ。

 帰ろうとした、その時。


「……ケガは無いか」


「はい! 無いです!!」


「チッ」


 音門巡回官は、僕に話しかけてきた。それも、僕を気遣う言葉で。突然のことに驚いてしまった僕は、声を上擦らせてしまい、音門巡回官は舌打ちをして戻っていってしまった。仕事って僕が考えているよりも、ずっと難しいのだ。



 =   =   =   =   =   =   =



「よっ巡回官! 今日は早いんだな!」


 早くに出勤して資料を読み終わらせよう、と考えていた僕は普段よりもニ時間ほど早く来ていた。そして、僕よりも五分ほど後に来たのが、あづまさんだ。


「僕はこの資料を読もうと思って早く来ました。東さんは、どうして早くに?」


「一緒に来るしかないっしょ!」


 そう言って東さんは地下に降りていった。なんか僕も行く雰囲気なので、仕方なく資料を後にした。

 この署は、地下、一階、二階の三階建てだ。一階は僕達の仕事場であり、二階はリーダー兼会議室となっている。しかし、地下は最初から謎であった。


「何があるんですか?」


「まぁまぁ、楽しみにしてちょ!」


 朝の四時過ぎから、すごいテンションの高い人である。どこか、吉野さんらしさを感じるよ……。


「着いたぞ!」


「え、こんな所があったんですか?!」


 目の前に広がるのは、沢山の筋トレ器具だった。ジムと見間違えるほどの充実さであり、男なら誰しもが憧れてしまう階層となっていた。


「俺はな、毎朝ここで体温めてんだ。一日は筋トレから始まるってな!」


 この人は多分、バカだけど真面目な人だ。バカ真面目では無く、バカで真面目。普段の態度を見ると、早朝からトレーニングするなんて考えも付かない。どんな性格であろうと、先輩は先輩なんだ。見習おう。


「僕も、やります。こういうのって、ジムでしか見たこと無くて」


「男のロマンだよな、陽夜? 仕事場にジムあんだぜ? ジムの職員じゃねぇのによ! すげーよこの仕事!」


「全くその通りです! 早くやりましょう!」


 ランニングマシンやベンチプレスに加え、上腕二頭筋や広背筋を鍛えるのに必要なラットプルダウン、ふくらはぎなどの下半身を鍛えるのに必要なレッグカールなどが設置されており、非常に楽しむことができた。対人練習をするためのマシンも置いてあり、東さんに使い方を教えてもらった。


「普段は俺一人だから、これ必要なんだよ。今日は要らねぇけどな?」


「で、ですね」


 一通り使い方を教授してもらったあと、東さんはクラッキングをしながら僕に言った。殺されそうなくらい嬉々とした目だったので、僕はそれとなく遠慮しておいた。

 一時間ほど汗をかき、シャワーを浴びている途中に、ある事に気づく。


「資料に目通してないんですけどー!!」


 早起きは三文の徳、と言う言葉を聞いたことがある。早起きによって、自分の意図していなかった利益を得ることが出来る、ということわざだ。早起きをしたことで得た時間を、資料に目を通すために使おうと思っていた。しかし、その利益の使い道が、いつの間にか入れ替わっていた。なんて事をしてしまったんだ……。


「……おはようございます」


「どうしたの、陽夜ちゃーん。元気無さそうね?」


 と、吉野さん。


「はおりん、俺が朝からトレーニングに付き合わせたんだ! まぁ、いい汗流せたんだ、良かったじゃないか陽夜!」


「ねぇ、今、私の名前なんて呼んだの……?」


「はおりん!」


「……今すぐ消えてくれないかしら?」


 吉野さんは東さんの首を割と本気で絞めていた。東さんがかなむー呼びを嫌がるため、吉野さんは東さんに心を開いていないらしいよ、とコーヒーカップを片手にリーダーが耳打ちしてくれた。リーダーはコーヒーを一思いに飲み干して、


「ほら、持ち場に戻りなさい。定時で帰さないよ?」


 と、恐怖の言葉を笑顔で言い放った。吉野さんと東さんは、急に肩を組み出して、


「きょ、今日も仕事頑張ろうな、はおりん!」


「う、うん、かなむー!」


 と言って持ち場に戻っていった。するとリーダーは、笑顔のまま二階へ帰ったのだった。


「いい加減学習しろ。見苦しい」


 白鳥さんは、眼鏡を外しながら言った。白鳥さんの声に怒気が混ざっていたからなのか、それともリーダーの言葉がそれ程までに恐怖であったからなのか分からないが、既に二人の顔は蒼白していた。そんなこんなで、今日の仕事は始まったのだった。

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