ライトオアノット

ヨネフミ

1 はじめての巡回

陽夜はるやは、卒業後の進路どうすんだ?」


「警察になろうと思う」


「そうか。あんま親父のこと、根に持ち過ぎんなよ。好きなことしたら良いのにさー」


 親父は罪を犯し、警察に捕まった。今はどこかの刑務所に収監されている。


「どうしても憎いんだ。血の繋がった実の父親が、犯罪者だなんて……」


「ま、お前が決めたことだから、きっと正しいんだろうよっ。世界の平和、責任もって保てよ?」


「世界って……。それなりに頑張るよ」


 クシャっとした笑顔で笑う親友。この笑顔は幼稚園の時から相変わらずだ。


悠斗ゆうとはどうするの? ラーメン屋?」


「よくお分かりで! 俺は世界一のラーメン屋を目指す。……あ、屋台の方な?」


 昔からラーメンが好きで、頭に店主を匂わすバンダナを着けて登校することも多々あった。変わった幼なじみである。


「屋台なら、仕事終わりに同僚連れてでも行くよ」


「来てくれ! 幼なじみ料金で出してあげっからよ!」


 そりゃどうも、と言って笑い合う二人。


「俺とお前、別の道でテッペン取ろうな。同窓会、期待してるぞ!」


「あぁ!」


 こうして別れた僕達。その後僕は警官になって、配属先が決まって、初めての巡回に同行して……あれ、その後が思い出せない。巡回は先輩の音門どもん巡回官と二人だったような……その先は何も思い出せない。

 すると突如、頬に熱い何かが伝わってきて────


「痛っ!!」


「……血もロクに見れねぇヤツは、警官なんてやめちまえ。ここはお前のような、やわな人間じゃ務まんねぇんだよ。二度と舐めた真似すんな」


 そう言って舌打ちをする巡回官。頬を叩いて起こしてくれたようだ。

 足元を見ると、ヒトの血が大量に飛び散っていた。それを目のあたりにした僕は、強烈な吐き気に襲われる。心臓が強く鳴り、今にも身体が張り裂けそうな感覚。


「そろそろ引き上げる。早く乗れ」


 音門巡回官は感情の抜けた声で、僕に向かって言った。


「はい!」


 署に戻る車中。


「その、先ほどは、大変申し訳ありませんでした」


 僕は何度か音門巡回官に謝まった。しかしそれに対しての返答は無く、無言を貫き通される。巡回官は僕と彼の二人なので、仲を深めておきたいところなのだが……。音門 爽太どもん そうた巡回官と分かり合える時は、果たして来るのだろうか。

 それと、僕は血が苦手だったらしい。音門巡回官の言った通り、これではこの職が務まらない。どうにかして克服をしなければ。

 色々と考え事をしているうちに、署にたどり着いていた。


「早く降りろ。カギ、締めるぞ」


「ご、ごめんなさい! 今すぐ降ります!」


 慌てながらシートベルトを外し、颯爽と車を後にして署に入った。


「ただいま帰りました」


「お疲れ、音門ちゃん。それに陽夜くんも」



「た、ただいま帰りました!」


「元気でよろしい。お疲れちゃん〜」


 この人は、吉野 葉織よしの はおりさん。この署でデータベースを担当している。歳は二十代後半くらいで、黒色の長髪。ツヤがある髪からは大人の香りが醸し出されていて、とても色気のあるお姉さん的存在だ。


「音門ちゃん、髪の毛が乱れてるわ」


「……触るな」


 音門巡回官は伸ばされた吉野さんの手を払い除けて、喉の奥から声を絞り出して言った。そんな音門巡回官は三十代前半だ。


「怖いね、陽夜ちゃん?」


「なんで僕に振るんですか! やめてくださいよ!」


「チッ」


 音門巡回官は静かに舌打ちをしたのち、自分の席に戻っていった。



「音門ちゃん、そのクセやめなさいよ? もう何回言ってると思ってるの?」


 そう言って深いため息を吐く吉野さん。



「ね、陽夜ちゃん。そろそろ警官にも慣れたかしら?」


 僕が就職してから、約三ヶ月ちょっと。三ヶ月間は研修期間だったので、この部署に配属されてから、まだ数日しか経っていない。


「今日、初めて巡回官としての仕事に同行させて頂いたのですが……その……」


 血を見ただけで失神してしまった、だなんて言えない。言えるわけがない。言ったところできっと失望されて終わりだ。そんなの、打ち明けられるはずがない。

 すると吉野さんは僕の顔を両手で鷲掴んで、


「失敗は、二度と繰り返さないようにしっかり反省しなさい。そして次に繋げるの。簡単でしょ?」


 眩しい光が優しく僕を包んだ。


「血なんてすぐ慣れるよ?」


「ですよね……って、なんで吉野さんが知ってるんですか! 隠してたのに!」


 遠くから視線を感じると思ったら、音門巡回官が、吉野さんを人殺しの双眸で睨んでいた。


「あ、これ言っちゃだめなやつだったんだぁ。陽夜ちゃん、ごめんちゃん!」


 とぼけた顔をする吉野さん。恥ずかしさで顔が真っ赤に染まり上がるも、失望されなかっただけマシ……と言うべきか。

 僕が失神しているときに、音門巡回官は署に連絡を入れたそうだ。その時連絡に応対していたのが、吉野さんだった、と。吉野さんに相談事をするのは、やめておいた方が良さそうだ。この人が秘密を守れるとは思えない。


「「ただいま帰りました」」


 沢山のジュースや食料を抱えてやって来たのは、待機員の白鳥 拓真しらとり たくまさんと東 金武あづま かなむさんだ。どちらも二十代半ば。白鳥さんは眼鏡をかけていてとても真面目そうなのだが、東さんはおちゃらけ体質のある金髪の人だ。


「買い物なんか頼んでしまって、すまないな」


 奥からコーヒーカップを片手に登場したのは、我が部署のリーダー、信条 陸しんじょう りくさんだ。五十代に突入したばかり、と聞いた。対人研修で実力を一度拝見したことがあるのだが、歳を全く感じさせないほどの馬力を出す、本当にすごい人であった。軽自動車を一人で持ってしまうほどの……。これでこの部署────8係の全メンバーが揃った。

 警察官が配属される部署は全部で10係ある。地元に近い管轄、または係の人数などをみて配属先を考慮される。僕は地元から近い、8係に配属されたのだ。


「構わないぜ、リーダー」


「東待機員、少しは敬意を払え」


 東さんがフランクに感謝を述べると、白鳥さんは右手で眼鏡を外しながら言った。どうやら、白鳥さんは人に注意をする時、眼鏡を外す癖があるようだ。


「今日も非常に愉快。さ、仕事に戻るぞ」


 グイっとコーヒーを飲み干したリーダーは、今のやりとりにピクリとも眉間にシワを寄せず、持ち場に戻っていった。さすがリーダー、と思ってしまうほど寛容なお方だ。


「小月も、早く持ち場に戻ると良い」


「は、はい!」


 白鳥さんに言われ、持ち場に戻る。

 机の上には、目を通しておかなければならない資料が山積みとなっている。全部に目を通すだけでも、三日三晩かかりそうだ。


「すいません、ここに記入する日付は今日でいいんですか?」


「……」


 音門巡回官に聞いた僕が間違いだった。当然のごとく、返答はなしだ。この書類は後回しにしよう。

 今日決めた分の書類に目を通したあと、配属されてから一度も触れていなかったパソコンの操作を確認することにした。説明は、データベースの吉野さんが担当してくれた。とても分かりやすくて、三十分後には完全にマスターしていたのであった。


「ありがとうございます、吉野さん。助かりました」


「ええ、陽夜ちゃん。この男に聞いたって答えてくれないでしょうから、いつでも私に聞いていいわよ?」


 と、口元に人差し指を添えて言う。


「は、はい、ありがとうございます。そろそろ時間なんで、その、お先に失礼します」


 精神的にも体力的にもやられてしまっているため、今日は早めに上がることを許可されていた。


「では皆さん、お疲れ様です」


 そう言って僕は、仕事を後にした。


「お前、嫌われてるんじゃね?」


「うるさい、かなむー」


「むーって伸ばすな! 下の名前はやめろ! 東と呼べ!」


「かなむーったら、自分のことになるとうるさいんだから……」


「お前は常にうるせぇ! とっとと持ち場に戻れ!」


「きゃー怖い、音門ちゃん助けてぇ」


「……」



 =   =   =   =   =   =   =



 今日も巡回だ。なるべく血を視界に入れないようにしよう。


「今日は、都市部の巡回に行くんですよね」


 返答なし。早くこの空気に慣れておかなければ。

 8係管轄の中では一番大きい都市だ。通学時は、ここで乗り換えだったという記憶が強い。学生のたまり場であるため、夕方から九時頃のいたずら──万引きや暴力が頻繁に起こる、と資料に書いてあった。僕自身、乗り換えに訪れていただけなので、土地勘もあまりない。


「こんなに窃盗などが頻発するなら、警察署でも設置すれば良いですよね」


「昔は設置されていたんだ」


 珍しく口を開いた音門巡回官。僕はすかさず落ち着いて言葉を返した。


「そうなんですか。なぜ無くなってしまったんですか?」


「……チッ」


 しかし答えは、いつもと同じ。全く、分からない先輩である。


「見ろ」


 音門巡回官はとてつもなく低い声で、遠くを指差しながら言った。


「窃盗じゃないですか! 早く捕まえに行きましょうよ!」


 僕が声を荒げて言うも、音門巡回官は黙り込んでいる。


「……ああいうお前みたいなヤツは、盗ったあとにボスと合流する」


「ぼ、僕みたいなヤツって……」



 高校生くらいの男の子。痩せ型で、身長も低い彼は、何かに怯えながらワインを三本ほどバッグに詰めている。僕みたいなヤツ、か。早く、血を克服しなきゃ。

 それと、音門巡回官が言っていたのは納得がいく。明かに下っ端な雰囲気を醸し出している彼には、上がいるはずだ。


「彼を餌に、一斉逮捕するってことですね」


 僕がそういうも、全く聞いていないフリをする音門巡回官。

 彼が見えなくなったところで、音門巡回官は一気に走り出す。

 窃盗に加えて飲酒。この時代にこんな子供たちが残っていると思うと、実に醜いと感じてしまう。

 裏路地には四、五人ほどの学生がたむろしていた。


「おそっ! 盗ってくるだけなのに、何分かかってるんだよ」


 リーダー格の一人がそう言うと、両端にいた側近が下っ端に殴りかかろうとしたその時────


「警察だ。今すぐ地面に膝をつけろ」


 携帯しているピストルを構えて出たのは、音門巡回官。それに続き、僕も銃を構えて出た。

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