第9話 初めての…………

 僕は今日、人生の新たなる一歩を踏み出す。


 そう!


 生まれて初めて、女の子と一緒に勉強するんだ!




 一昨日、同じクラスの「泉さん」という女の子に「明後日カフェで、一緒に勉強しようよ」と勉強に誘ったら、OKしてくれたのだ。


 イェーイ!


 泉さんは、とても可愛くて、頭もよくて、優衣と違って優しいし、性格も可愛い。まさに『可愛い女の子』って感じの女の子だ。


 僕は姉さんの櫛とドライヤーを使って寝癖を直し、いつもよりも少しいい服に着替えて、貯金箱の三千円を財布に入れた。


 これで準備は整った。


 身だしなみも整えたし、お金も持った。


 そして憎き優衣もお昼寝タイムだ。


 僕は鞄を手に、優衣を起こさないように静かに家を出て、待ち合わせ場所のカフェに向かった。



***



 近くの商店街のカフェに着いた。


 このカフェを選んだのは泉さんだ。彼女はとてもいいセンスをしている。


 レトロな雰囲気がおしゃれなこのカフェは、財布への優しさ以外とてもよさような店だ。


 約束の時間よりも三十分ほど早く来てしまった。

 暇だなぁ。


 先に店に入って、ジュースでも飲もう。


 僕は適当な席に座り、ミックスジュースを注文した。




 少しの時間が流れ、僕がちびちびと飲んでいたジュースが無くなるころ、店に泉さんが入って来た。


 彼女は店内を見渡して僕を見つけると、僕の隣の椅子に座った。


 正直言ってかなり近い。

 手を伸ばさなくても触れそうな距離だ。


 僕に触れている彼女の艶のある黒い髪が、僕を緊張させる。


 そして自分の語彙力の無さが嫌になるほどに、とにかく可愛い。


 優衣もかなりの美少女だが、彼女は優衣よりもなお可愛い。


「ごめんね。待たせちゃったかな?」

「だ、大丈夫です」


 思わず敬語っぽく答えてしまう僕。


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。それにしても、来るの早いね。もづきくんは」

望月もちづきです」

「あ、こめん…………」


 ちょっとドジなところも可愛い。


「謝らなくてもいいですよ。あの…………何か食べたいものはありませんか? 僕、おごりますよ」

「いいの? なら、甘えさせてもらうね」


 泉さんがパフェと紅茶を注文する。そして僕も、同じものを注文した。


「でもさ、一緒に勉強するといっても、何するの?」

「この前出された課題で、分からない問題があるから、教えてくれないかな?」


「どこ?」と、僕が取り出した問題集をのぞき込む泉さん。


 彼女は気付いていないのだろうが、体が僕に触れている。


 やばい。理性がぶっ飛びそう。


「ここかぁ。ごめんね。私も分からないや…………」

「え? いつも成績がいい君でも分からないの?」

「私はそんなに成績良くないよ」



 結局、教えてもらう予定だった問題を、二人で知恵を出し合って解いた。



「今日はありがとう。僕、楽しかったよ」

「どういたしまして」

「あの…………よかったら、L◯NE交換しない?」

「いいよ」


 差し出された泉さんのスマホに表示されているQRコードを読み取り、友達登録する。


「あのさ、また、一緒に勉強しない?」

「いいよ。あ! そうだ。一人、連れてきたい人がいるんだけど、いいかな?」

「いいけど…………誰?」

「私の彼氏」


 え?

 いま、もの凄く聞きたくない単語が聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか?


「彼氏、いたんだ」

「うん! 一年の時から付き合っているの」


 気のせいでも、聞き間違いでもなかった。


 せっかく、泉さんと仲良くなれたと思ったのに…………


「相手は誰?」

「月城くんだよ」

「月城って、背が低くて童顔で、いつも眠そうにしているあの月城!?」

「うん。そうだよ」


 月城は絶対に『彼女いない組』だと思っていたのに、こんなに可愛い彼女がいるなんて…………ずるい!


「確かにあの子月城くんは不器用だし、いいところなんて優しくて、料理が上手しかないよ。そんなあの子でも、私のために色々頑張ってくれているから」


 泉さんが月城の事を嬉しそうに語り始めた。


「泉さんは月城が好きなの?」

「それは…………ちょっと分からないかな。でも、月城くんは命の恩人で、私にとって何よりも大切な人だから…………」


 なんか、聞いてる僕も恥ずかしくなってきた。


「…………もう! 変な事言わせないでよ!」


 泉さんは照れているのか、少し頬を赤くして、僕の背中を叩いた。

 僕は想像を絶する衝撃に、思わず咳き込む。


 だが、泉さんは楽しそうだ。


 こんな女の子ひとがいてくれるなんて、月城が羨ましい。


「またね」

「うん! また今度、一緒に勉強しようね」

「いいよ。次回は、三人でね!」


 泉さんはそう言い残して、帰って行った。




 泉さんに彼氏がいたのはこの上なく残念だったが、今日一日、楽しかった。

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