第3話 家に帰ってくれなくて困っています!

 夕方になっても、優衣は僕の部屋に居座り続けた。


「もう帰ってよ」

「もう帰ってるわよ。だってここが私の家だから」


 違うぞ! ここは僕と母さんと姉さんの家だ!


 彼女に何を言っても無駄だ。彼女の両親を呼ぼう。


「ねえ、君の親の連絡先を教えて」

「いやだ。」

「お願い! 僕は君の恋人でしょ? 君の親に一言挨拶したいんだよ」

「教えるわね」


 ちょろい。と、邪悪な笑みを浮かべる僕。


 僕は彼女から聞いた電話番号に電話をかけた。


「もしもし? 聖です」


 野太い声のオッサンが出てきた。恐らく優衣の父親だろう。


「初めまして。望月玲です。あなたの娘さんが、僕の家に泊まりたいと言って、帰ってくれないんですよ。どうにかしてください」

「ふ~ん。なら、優衣が帰りたいというまで泊めてあげてください。宿泊費として一泊三千円払いますから」

「え? ちょっと待って……」


 ブチ!

 一方的に電話を切られた。


 優衣もその父親も、僕の話を全く聞いてくれない。

 カエルの親はやっぱりカエルだった!


 てか、見ず知らずの男性の家に、軽々しく自分の娘を泊まらせる親って何なんだよ!


「私の父は何て言ってた?」

「君を殺せと言っていた」

「できるだけ痛くないようにしてね」


 本気で僕の言葉を信じ、上を向いて細い首を僕に見せる優衣。


 僕は引きつった笑顔のまま「冗談だよ」と言う。


「冗談じゃなくてもいいのに……」

「冗談じゃなかったら、僕は殺人犯になっちゃうよ」

「そうなったら、一緒に逝くわよ」

「君一人で逝って来てね!」


「けち!」と、唇を尖らせる優衣。


 ケチで結構!


「で、夜ご飯もここで食べるつもり?」

「そうよ」


 本当に、母さんにはどう説明したらいいのだろう?


 ちょうどその時、母さんが買い物から帰って来た。


「ただいま。あれ? 彼女さんまだいたの?」

「だから彼女じゃ……!?」


 優衣に背中を殴られた。小柄な女子に殴られただけなのはずなのに、すごく痛い。


「ええ。今日からこの家で生活することになった、聖優衣です。よろしくお願いします」

「そうなの。玲、いい彼女さんができて良かったわね」


 全くもって良くないです。


「さ、ご飯にしましょ。今日はごちそうよ!」


 僕の母さんは、どうしてこんなにも軽いのだろう?




「ごちそうさました」

「あら優衣ちゃん。食器を片付けてくれてありがとね」

「どういたしまして」

「うちの玲も見習ってほしいわね」


 大きなお世話だ。


「そうだ。お風呂が沸いているわよ。先に入る?」

「はい。そうさせてもらいます。玲も一緒に入る?」


 飲んでいたコーヒーミルクを思いっ切り噴き出す僕。


「ごめんね優衣ちゃん。玲は今から掃除をしなくちゃいけないから、お風呂は遅くなるわ」

「そうですか。じゃあ、先に入らせてもらいますね」


 優衣がリビングから出て行く。


「ちょっといい?」

「何? ダメ息子」


 酷い!

 僕はダメ息子なんかじゃ…………ないことないのに…………


 なんか悲しくなってきた。


 でも、気にするな僕よ! こんなの日常茶飯事だろ?


 自分を元気づけるつもりが、余計に悲しくなった。


「母さんは、どうして優衣の同居を許可したの?」

「もしも私が優衣を家から追い出したら、玲は一生独身になっちゃうでしょ?」


 僕はけなされているの? それとも心配されているの?


「ま、今は掃除を頑張りなさい」




 掃除を終わらせた僕が自分の部屋でゲームをしていると、お風呂上がりでホカホカの優衣が部屋に入って来た。


「私はどこで寝ればいいのかしら?」


 答え 優衣が寝る場所なんてこの家には無い。


 勘違いされたくないので言っておくが、僕は意地悪で寝る場所が無いと言っているのではない。本当に場所が無いのだ。


 僕の家は一応3LDKだが、LDKの部分がかなり狭いので、ソファーもないし、布団を敷くスペースもない。

 部屋は、ベットとタンスでほとんど埋まっている母さんの部屋と、ゲームや衣服などが散乱している姉さんの部屋、そして僕の部屋しかない。


 本当に、優衣が寝れる場所など、この家には無いのだ。


「君が寝れる部屋はないよ?」

「ならこの部屋で寝るわ」


 は?


 女子中学生と一つ屋根どころか、同じ部屋で寝るのは非常によろしくない。

 だが、優衣にそれを説明しても無駄だろう。

 世の中諦めが肝心だ。


「いいよ。そのかわり、変な事しないでね」

「もちろん」


 本当に分かっているのかな?


 まあいいや。今日は優衣の所為で疲れたから眠いし、早く寝よう。


「僕はもう寝るから、変な事しないでね」

「何回同じことを言うのかしら?」

「何回でも言うよ。不安だから」


 と言うと、元気よく返事が返ってきた。拳と言う返事が。


「痛い……」

「なら、私と遺体になる?」

「絶対ヤダ!」


 不安だ。もの凄く不安だ。


 不安というか怖い。

 僕が寝ている隙に、心中させられないだろうか?

 命の危機を感じる。

 

「殺さないでね」

わ」


 う~ん。「わ」と答えて欲しかったな。


 ちょっとじゃなく怖いけれど、もう寝よう。


 優衣はすぐに変な事をしようとするが、いきなり殺されることはないだろう。多分。


 僕は布団の中に入り、睡魔の迎えを待った。

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