8 火炎急降下ミリオライト


「どういうことだ!? そんな話は聞いていないぞ!」

 凄まじい剣幕で年配の教師が怒りをあらわにした。

 バリケードの向こう側には、たくさんの生徒が野次馬と化し、みなささやきあいながら様子を見ている。時折写真のフラッシュが、嫌がらせのようにしつこく光る。

 ヘルメットと作業着、そしてガスマスクを装備する変装が見事に効いていた。

 それゆえに、俺はうんざりするほど吐いたセリフを、またもや言わざるえなかった。

「緊急事態により各方面において通達が遅れていると、何度も申し上げてます……」

「どういうことか説明しろ!」

 教師の頭は完全に血が上っていた。さっきから「説明しろ」と「聞いてない」しか、俺の耳に入っていない気がする。

 おかげでレイメイが用意したテンプレートを何度も喋るハメになった。俺はそのマニュアルにありがたくしがみついている。

 困った時は「私も詳細を知らされていないのです。国の発表を待ってください」と言うのがいいらしい。

 怒る人の対応は、そのまま怒り続けさせて時間を稼げ、とのことだ。

 俺達の目的は被害を防ぐこと。つまりクレーマーはありがたい存在であり、そのまま喋らせ時たま煽り、日が落ちるまで怒らせるべきなのだ。

「いい加減にしろ!!」

 教師は怒りに任せバリケードを強く蹴る。ああ怖い。

 壁は俺が抑えているので倒れはしないが、心に優しくない緊張感状態が続いている。

 もうしんどいったらありゃしなかった。そもそも、俺は怒られるのが好きではないのである。

 いくら説得力があろうが、理不尽だろうがなんだろうが、怒られるのは嫌なのだ。

 よって俺は過度なストレスを感じ、疲労困憊していた。

 もうやりたくない……

「休憩するかい?」

 その様子を見てか、レイメイが耳打ちしてくれる。

 学校の校門は二つあったが、シャンクが提供してくれた「人避けの円錐」が抜群に効いて片方の校門は不可思議なほど人の出入りがなく、誰も見張らなくてもよい状況だった。

 なので円錐の効果が薄いもう片方の校門を二人で守っていたのである。

 その校門で繰り広げられるレイメイの饒舌な語り口は素晴らしく、どこをどう突けば人が怒るか簡単に証明してくれた。

 それゆえみな激しく怒りだし、俺は苦しくてしかたがなかったけれど。

「させてくれ……」

 俺は重くなった足をなんとか前へと動かして、下駄箱の段差に座った。

 誰にも見られてない事を確認して、マスクを外す。詰まった空気を一気に吹き出して緊張を解く。

 本当にこんなことでなんとかなるのか、疑わしく思えてきた。しかし何度考えても、上手くスッキリする解決法が思いつかない。

 せいぜい、突然万能の神様がやってきて、全ての出来事をなかったことにしてくれるぐらいだ。もしくは絶大な力を手に入れた俺が、真田"辛"村をぶっ飛ばす等である。スッキリするだけで実現性がない。

 もう一度大きく息を吐く。俺はふと、シャンクが気になった。

 また階段をかけあがり屋上へと出る。そこには刀を抜き戦闘態勢に入っているシャンクが立っていた。

 その眼光の先には、切り傷だらけの学ランを着た高校生。

 そうとも、高校生に違いない。そいつは理想だった俺自身なのだから。

「良い昼寝場所を見つけたってのに、どうも騒がしい」

 ヘラヘラと笑いながら拳銃を右手で回し遊ぶLDWTの主人公、黒獅子銃一郎がそこに居た。

「どうやら俺は余所者らしいな。刀を抜く行為が新しい交友の作法だってなら嬉しいもんだが、違うだろ?」

 黒獅子銃一郎は肩をつりあげて軽薄なムードを演出する。だがシャンクはつられない。

「黒獅子、お前は不確定要素が多すぎる。私達にとって脅威であることに変わりはない」

 シャンクは強く刀を握り締めた。

 警戒するのも無理はない。突然現われて人を救い、突然現われて人を殴る。意味のわからないキャラクターなのだから。

「貴様の悪行は真実機関にも伝わっている。多くの仲間がやられた。スズメを助けるためだという、ふざけた理由でな」

「俺は俺の考えで行動する。それをどう思うかは、お前達次第だということだ」

「顔がむかつくからと機関員達をビルごと生き埋めにしたのもか?」

 黒獅子の罪状を空で語りながらシャンクの顔は険しくなっていく。だが相変わらず黒獅子は変わらずふ抜けて笑っていた。

「ああそうだ、どうとでも思えばいいさ」

 そう黒獅子は拳銃を回し続ける。そうし続ける理由も無く、遊んでいる。

「まあ俺は戦ってもいい。だが助けてやってもいいし、そこから助けなくてもいいんでね」

 黒獅子のおどけた受け答えにシャンクは警戒を緩めず刀を光らせる。

 元々の設定では、シャンクが所属する真実機関と黒獅子銃一郎は敵対している。しかたがない敵意だった。

「立ち去れ。邪魔する気なら容赦はしない」

 刀を構えじっと睨み続けることによって、シャンクは黒獅子銃一郎をけん制していた。

「おう邪魔した邪魔した、クールに去らしてもらうよ」

 捨てゼリフを吐くと黒獅子は強風に流され遠くへ消えていく。

 心労が一つ減った。シャンクが黒獅子銃一郎と戦ったら敵うはずがない。元々そういう設定なのだ。

 そしてシャンクがやられたら、LDWTの原文通りに学校は破壊されるだろう。

「味方になってくれれば……」

 俺はぼそりと呟く。無敵の主人公黒獅子銃一郎が味方になってくれるのなら、それ以上の事はない。頼もしい限りである。

 だがシャンクは首を横に振った。

「いつ爆発するかわからない爆弾を私は抱えられん。お前はどうだ?」

「どうって……」

 シャンクが聞きたいのは黒獅子を上手く利用できるかどうかだ。

 確かに黒獅子銃一郎は俺の一部だが、かけ離れている。昔の俺が描いた理想の自分と、今の自分が上手く付き合えるのか。それは皆目わからない。

 黒獅子は隙を逃さす相手を撃ち殺す冷酷なガンマンである。それはカッコイイ。だが心優しく人を助けるガンマンでもある。それもカッコイイ。

 その結果、黒獅子銃一郎の判断基準は曖昧だ。かつてレイメイが言ったとおり、その場の気分で奴は動いている。だからこそ、気分が乗ってスズメを助けたり、気分が乗らず気に入らない奴を生き埋めにしたのだろう。

 極地に至った気分屋と、現実と相対した今の俺が、仲良く上手く行く理由もないだろう。

「……」

 俺は首をかしげてそのまま黙った。そうやって無言のまま考え込みながら、俺は否定を表明しつつあった。

 だがその時、ふと思ってしまった。

 考えが相反するのはレイメイも同じだ。

 俺はレイメイの極端な行動、思想について同意していない。草木に話しかけるとか、変人として見られたいとか。でも、それほど仲は悪くない。むしろ高校生活二日目にできた、もっとも友好的に接せれる人物だ。

 ならば『相反するから上手くいかない』という結論は、覆る。違う思想の人間が仲良くなれないというのは、俺の偏見なのだろうか。

「山井!」

 考え込む俺にシャンクの掛け声が届いた。

 視線を空に向けると、禍々しい紫色の雲が現われ出ている。あきらかな異変だ。

 時折雷が走り、雲の中心がどんどん黒く染まっていく。

 そして音もせず閃光が空間を裂き、赤い甲冑を着た男が屋上へ着地する。

 槍を舞わしてかっこうをつけ、歌舞伎役者のように名乗りをあげる

「おぉおぉれぇの名前は、さぁなだ、つらぁむぅらぁー!」

 あまりにも痛々しい真田"辛"村の登場だった。


***


 悲しいことに真田"辛"村の設定も、無いに等しい。彼もまた、ぽっと物語に出ては黒獅子銃一郎にやられるキャラクターである。

 真田幸村の「幸」の字を間違えて「辛」と書き、パソコンに文章を写す時も「辛」と表記し続けたことを後悔はしている。

 だが、今更恥ずかしいなどと言ってはいられない。

「いぃざ尋常にしょおおおぶ!!」

 そのまま槍を構え一直線に向かってくる。

 シャンクは刀を振り槍を弾く。金属が打ち合う軽快な音が響いた。

「ツラムラ、お前の目的はなんだ!」

「しょおおおおおおぶ!!」

 真田"辛"村は腕をうならせ槍で突きを乱舞し猛攻する。

「聖・戦・空!」

 シャンクも声を張り上げ刀で切り上げる。同時にカマイタチが飛び、床を切り刻みながら"辛"村を襲う。

 だがそれは槍を地面に刺しながら、ひらりと回転し避けられた。吹き抜けた風が後ろの柵を綺麗に二つへ割りはしたが、当てなければ意味が無い。

 俺は戦闘を避け柵に寄り、校門を屋上からのぞく。

 いまだにレイメイが怒り狂う教師達の相手をしていた。こちらには気づいてない。

 声をかけようか……いや屋上からは叫んでも、声が届かないかもしれない。

 俺は階段を走って降りる。最後の二段ぐらいはジャンプして飛ばし、急旋回しながら次の階段に向かっていく。

 下駄箱に降りて靴を履き、走ってレイメイが居るところに行こうとする。

 その時だった。頭上から、やけに眩しい光が差した。強烈な光線で目を閉じたくなる。

 明るさに耐えながら、なんとか目蓋を持ち上げ天を見上げる。屋上よりも遥か上、天空に発光している源に無数の小さい影があることが、かろうじながら確認できた。

 その影は少しずつ大きくなっているように見えた。だがあまりに違いがわからず、錯覚とも思える。

 それでも嫌な予感がした。危機感が薄れない。のん気に眺めている場合ではないだろう。

 急いでレイメイのところに行こうと、駆け足で校門に向かう。

 あと二、三歩前に行けば確実に声が届く近い距離。

 レイメイも振り返った。そして空を見て、とても驚いた顔をみせた。

 俺も空を見た。ビルほどの大きさがある巨大な岩石が、炎をまとい落ちてきている。

 数秒で地面に激突するだろう。止めることはできない。

 落ちる岩石をそのまま目で追った。追い続けるとそこにレイメイが居た。

 ぶつかる。止められはしない。そんな力は俺は持っていない。秒速の世界ではただ見続けてしまうだけ。

 そこにはレイメイが居る。目を閉じず俺を見つめていた。

 その姿のまま、事態が急変していても、レイメイは表情を変えない。いや、変える暇もない。燃える岩石のスピードは凄まじい。

 変えられないまま巨岩が降り注ぎ、希鳥零名は視界から消えた。


***


 岩石が降り終わり、何するべきかわからず俺は立ち尽くした。

 これは真田"辛"村の技だろう。シャンクとてそれは止められなかった。

 だがそれは想定内でもあった。この作戦の目的はとにかく被害を食い止めること。人命を守ることだ。

 だからバリケードを張った。そして生徒を一人たりとも入れなかった。

 作戦は成功した。今、目の前でこれだけの惨状が起きた。もうここに近寄る人間はいないだろろう。

 しかし、レイメイが、岩石に潰された。

 錯覚か。錯覚に違いない。馬鹿な俺によくある見間違いだ。

 レイメイが居た場所に近づく。岩石から出る炎の熱がうっとおしい。

 炎を避けながらも回り込んで、巨岩の裏を見てみようとする。

 俺の見えないところで、スラリといつも通り灰銀髪をいじりながらレイメイは立っているだろう。そう思い込む。……そうであってくれ。

 それでも見えたのは、下半身を岩石に潰されたレイメイの体だった。

 熱気を溢れさせる火と、飛び散った血に染まっていた。

 体の半分が無くなった人形。それよりも残酷な光景が目の前に映っている。

「……ぁ」

 レイメイは口を開けたまま音を鳴らす。

 まだ意識がある。まだ意識がある!

「レイメイ!!」

 俺は膝をついて顔を寄せる。

 レイメイのまぶたは開いてはいるが、眼球がピクリとも動かない。

 生きてはいる。まだ消えてはいない。だが死はその寸前まで這いより、レイメイを掴んでいるのだろう。

 これはダメだ、死にそうだ。

「レイメイ!!!」

 何度も叫び名前を呼んだ。

 レイメイと呼んで欲しいと言ったのはお前だろう。だからこうして叫んでいる。

 それでも返事は無い。あれだけ饒舌で雄弁で楽しげに言葉を並べ語るレイメイが、一切の声を発しない。発せられない。

 そうなると、あの常に楽しそうだったニクイ顔つきも、乾いた荒原のような、寂しいものに見えてくる。やめてくれ。

「レイメイ!!!」

 力いっぱい叫んだ。お前のような変人はここでは死なないだろう。そうだと言ってくれ。

 今から元気よく起き上がって、華麗な姿を恥ずかしがらす見せつけてくれ。

「……」

 返事は無い。

 空想は終わり、現実が刻一刻と迫ってきている。

「……キミ、は」

 レイメイは微かな音ををひねり出す。

「レイメイ! おい!」

 俺は必死に声を張り上げてレイメイを勇気付けようとする。

「てん……じょう……」

 消える間際に、一言添えられ声は途切れた。

 そうしてレイメイの全ては、止まった。

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