7 回想シャンク・ダルク
「いいかいヤマイ。時に奢られ、時に奢り、時に均等に払う。意見が合えば二人とも払わず食い逃げしてもいいだろう。その選択肢を自由に選べる状態こそが、対等な関係であり平等とはいえないかね」
花壇の砂からベニヤ板まで揃うホームセンターにて、買い物かごをぶら下げながらレイメイは語った。
「あと、僕は奢られるのがあまり好きじゃないんだ。自分が受け入れるべき痛みを他人に背負わせてるみたいで罪悪感を覚える。爽快な気分になれないんだよ。まあ、奢るのは好きだけどね。フフン」
そのまま人差し指を立ててレイメイは自慢げに微笑む。
何故こんな話になっているかというと、LDWTの妄想達と対抗するためにホームセンターで必要な道具を購入するということになり、その経費を俺が払うと言い出してしまったからだ。
俺はあんまり小遣いを浪費しないタイプの人間なので、お金ならちょっと余っているのだ。
というわけで、善意を込めて代金のすべてを払う気でいたのだが……。
「レイメイ、お前は特別な人間になりたいんじゃないのか?」
二人で店内を歩き周りながら、俺は疑問をぶつけてみる。
俺の考えている特別な人間とは、いつも誰かに愛される存在、スター。だからレイメイの発言は矛盾してるのではないかと思った。
「確かに僕は、凡庸とはかけ離れた特別な人間になりたい。けれど寵愛を受けてしまうのも怖いんだ。無償の愛なんてあるわけない、ってね。馬鹿な思い込みだろう? 理屈的にあり得ると思っていても違和感を覚える、恐怖を感じてしまう。だからそれを和らげるために、お返しをしているんだよ。恩を返せばチャラになると思ってね」
「無償の愛が怖い、か……」
わからないでもない、気がする。
たとえ話、誰もが楽して大金を欲しがる。だが突然他人に「百万円あげます」と言われて、素直に受け取れるだろうか。
俺は怖い。裏に何かあるのではと勘繰ってしまう。後で何か対価を要求されるのではないかと、疑ってしまう。
損な性格だ。そしてその性格は俺にとっては普通だな、と思える部分でもあった。
なにせレイメイは、自分が特別になるためなら周囲の眼を気にしない。あまつさえ草木と話せるぐらいに、大胆な変人である。
おそらくレイメイの辞書には「羞恥心」の三文字が記載されていない。
でも、恐怖を感じることはあるのだ。
徹底した合理主義者なイメージがあるが、レイメイにも人並みの感情を持ち合わせいるのだろう。
そんな人間臭い一部分を見ると、ちょっとホッとした。
なんだろうか。雨の中捨てられた猫を見つめるヤンキーを、微笑ましいと思う感覚に似ている。これが"萌え"という奴だろうか。
「とにかく作戦に必要な物資を調達しよう。えーっとガードフェンス、作業服、マスク……」
俺はレイメイと一緒にホームセンターを歩き回る。
学校に誰一人進入させないための、小道具探しだ。単価は安いだろうが、量が必要である。
「ふむ。おおよそ五万円程度かな。ヤマイは出せれるかい?」
「割り勘ならな。アルバイトさえしていない高校生にはちょっと値が張る」
俺は財布をちょっとだけ開き、一万円札二札をレイメイにこっそり見せた。
何かを買う意欲さえ沸かなかったので、お金は余っていたのだ。ただ、使うとしたらゲームを買いたかったけど。
それよりも「全校生徒と先生を騙すためにお金を払う」という、一見すると損しかしない金の使い方は初めてで、不安でしかたがない。
もっと良いお金の使い方があったのではないだろうか。既に、もやもやとした徒労と、喪失感が芽生えている。
「どうしたんだいヤマイ? たったこれだけの資金でひとつの学校を救えるのだよ? ヤマイのような道徳主義な人間達が言う『とても良いこと』ではないのかい?」
「バリケードを並べて『放射性物質が見つかった』と嘘をついて騙すやり方じゃなければ、な」
工事現場に良く置かれるオレンジ色の網を、指で撫でながら俺は言った。
「もう少しマシな手段はないのか? できれば犯罪スレスレのことは避けたいぞ」
「脅威を証明できるすべが少なすぎるからね。まず、未来に隕石が降る、と真実を言い張るのは厳しい。もっともらしい嘘の脅威を振りまくほうが、まだ確実だね。常に何人もの生徒が出入りする学校の敷地に人を入れてはいけない、という縛りも難関さ。誰も入らない廃虚ならバリケードだけで事足りるけど、大多数の行動を揺さぶるには言葉が必要だからね。それに付随する服装も必須さ」
レイメイはつなぎの作業服を広げて俺に見せ付ける。
確かにこれを着てマスクもつければ、放射性物質を除去する作業員と言い張れるだろう。
「それらより簡単な手段は『真田"辛"村を学校に来させない』に限るだろう。しかしLDWT原文を読むに、説明されていない摩訶不思議な力でやってくることが想定される。これも難しい」
「突然学校の屋上に雷が落ちて登場するからな。書いた俺にもわからん」
今まで起きた事件の地理関係を考えて、俺達が通っている高校に現われると踏んではいるものの、それだけである。
そうとも。これが俺とレイメイが出せる真の全力だ。
二人とも派手な魔法や超能力を持ちはしない。政治的権力さえひ弱だ。地味で姑息な手段に出るしかないのだ。
「……いいのか、レイメイ」
俺はふと不安になる。
あまり確実な作戦とは言えない。そのクセにコストもかかるし、リスクも大きい。そして成功しても、待っているのは説教と停学だろう。
俺はともかく、レイメイはこの作戦に乗らなくてもいいはずだ。無理をさせたくない。
「ふむ、道徳性が強いヤマイらしい配慮だね。心配無用さ。むしろ僕は心が躍るよ」
そう言うとレイメイは眉を上げ、濃い赤の瞳に活気を輝かせる。
「大多数の他人にとってなんの意味も無い迷惑行為を、僕達だけが有益であり、成し遂げなければならない善行だと知っている! この孤独感! たまらないね! ああ僕はなんて特別なんだろうか!」
***
ついにその日はやってきた。
まだ太陽も出ていない朝方にて、俺は作業服で学校へ向かう。
レイメイと合流すると、ガードフェンスを乗せたリアカーを引っ張り学校を目指し歩いて行った。リアカーが重く引っ張るのが必至で人の目を気にする余裕はありがたいことになかった。
学校に着くと、すぐ校門に黄色の網達をバリケードとして立て並べていき、ビニールテープで結んで意図的に壊させないようにする。これは真剣に進入を防ごうとする演出だ。
さらには工事現場にありそうなそれっぽい張り紙をフェンスに貼り付ける。「通報があったため放射能処理作業員以外立ち入り禁止」その下には架空の会社や電話番号が記載されて、いかにもな雰囲気をかもし出す。
最後に赤色に白線を交えた三角コーンをひとつ配置する。「ないよりマシ」と言ってシャンクが提供してくれた真実機関特製「人避けの円錐」だ。数が多くないと効果も強くならないが、理屈を超えた力で人々をなるべく近づけなくする事ができるらしい。後でちゃんとお礼をしよう。
「裏手門も準備完了だよ。あとは疑り深い大衆達に、疑いさえ抱かせないようにするだけさ」
「わかった。シャンクの様子も見てくる」
レイメイにそう告げて俺は走る。階段をかけ上がり屋上に出た。
そこには長い赤髪を風で揺らしているシャンク・ダルクが居る。大仏様のように座り目を閉じて瞑想に入っていた。
「えー……シャンク、さん?」
俺はついつい敬語で話してしまった。いまだにシャンクとの距離感が掴めていない。それを聞いたシャンクは目を閉じたまま口だけを動かす。
「山井か。今更かしこまる必要もあるまい。気軽なお前でいればいい」
俺の心情を察しているのか、シャンクは柔らかく語りかけた。いくばか友好的だ。
俺もその優しさに甘えて一呼吸し、肩の強張りを減らす。ちょっとは楽になった。
「えーっと……調子はどう?」
「問題無い。異変があればすぐ刀を抜ける」
そう言うとシャンクは座禅を解き、刀を抜くと目で追えぬ速さで空を裂いた。その振りかぶりで風も吹いた。
「名も知らぬ刀だが、気に入っている」
刀を輝かせてシャンクはそう自慢する。刀を見る目は優しげで儚かった。
すまないシャンク。刀にさえ名前を設定しなかった俺が悪い。
「まあ私はモブキャラクターだしな」
シャンクは茶化した調子で言った。俺は飛び上がりそうになった。
「読んだのか……」
「読まずにはいられなかった」
シャンクはそのまま気落ちする雰囲気を続けさせた。
確かにLDWTはネット上にアップされているので、誰でも閲覧が可能だ。日本語がわかればその内容もクソゲロな汚物だと理解するだろう。
だがそれは、シャンク達のようなワンダーランドの住人にとって、あろうことか世界の真実であり、今後起きうることが記載されている預言書、アカシックレコードなのだ。
「……」
シャンクは俺に声をかけた後、しばらく沈黙を保った。目を少し細め、瞳を少し下向けるだけ。俺は彼女の心境を読むことができない。
シャンク・ダルクはLDWTを読んでどう思ったのだろうか。
自分が稚拙な創作に一瞬だけ登場するキャラクターだと知ったその時の気持ちを、俺は想像することができない。
「気づいてはいたんだ。生まれた時から私は……薄い、と」
顔を落ち込ませ、伏せたままシャンクは喋り始める。
「片腕を無くした。だが強い恨みもない。根深い心の傷もない。力を持ったが野望もない。戦う理由も希薄だ。幼いころの思い出など、平凡そのもの。何も語れる要素がない」
つらつらと、自身を攻めるようにシャンクは語った。
俺も攻められている気がした。付け足された過多な風貌と設定に理由や説明さえ無い、そんなシャンク・ダルクを作ったのは俺だ。
黒獅子銃一郎と戦い、そのままやられるキャラクターを、俺はあまりにも練っていない。
シャンク・ダルクがどんな食べ物を好むかとか、苦手な生物はあるのかとか、将来の夢は何なのかとか、その一切が設定されていない。
そして現実化は、それらをそのままにしていた。
まるで原作を重視しすぎるアニメーション作品のようにだ。
「時たま思う。私は存在しているのか。私に……意味があるのか」
そう喋るシャンクは、本当に消えてしまいそうだった。
それをなんとか止めようと、俺は精一杯にシャンクの意味を語りだす。
「あるさ。お前が今、俺達に協力してくれることはとてもありがたい。シャンクがいなかったら、どうやっても悲劇を止められない」
「その悲劇、私が止められる保証はない。それに私でなくとも、確実に止められる人間はいるだろう」
「でも、俺達の話を聞いて協力してくれる人間はお前だけだ! シャンク・ダルク、お前に意味はあるんだ!」
俺は懸命に叫んだ。シャンクはモブなどではない。唯一俺達に味方してくれるワンダーランドの住人なのだ、と。
だが、それを台無しにする声が聞こえた。
「ないに決まっているだろう」
真っ向からの否定。俺は振り返った。見るといつのまにか、レイメイが階段を上がってきていた。
「地球とって人類は、あってもなくてもいい無意味な存在だ。銀河系で考えれば、地球はあってもなくてもいい。その銀河でさえ、宇宙にとってはちっぽけだ。その宇宙を内包する超越した存在にとって、シャンク・ダルクは何の意味を持つのだろうね?」
レイメイはいつもの調子だった。時たま灰銀髪を払いながら、不安定なイントネーションで言葉を強くアレンジし、最後に両手を広げて殊更アピールする。
そんな自慢げに極論を述べるレイメイに俺は怒りを覚えた。
今のシャンクに必要なのは、そんな言葉じゃないだろう。
「そんなこと言ったら、意味がないだなんて、いくらでも言えるだろうが!」
そんな俺の怒りに応じてか、レイメイも激しい語気で語りだす。
「そうとも!! ありとあらゆるモノに意味はないと言える! 時代遅れの親共が、楽しいゲームを『意味のないことをするな』とのたまい勉強を押し付ける! 過去を知らない子供達は、親がゴルフに行くと『無意味な玉遊びをしている』とため息を吐く! フェルマーの最終定理はあらゆる無学な人間にとって必要性が無いし、今僕らがこうして幸せな議論の時間を過ごすことは、地球の裏側じゃどうでもいい!」
雄弁に、何かを気づかせるような、羅列されるたとえ話。
レイメイはいったん言葉を止めて、しばしの沈黙をあえて作る。
そして優しく微笑んだ。
「ゆえにシャンク、キミが落ち込む必要もないのさ。元々全人類、この地球や宇宙さえ無意味だ。ならば、そもそも無意味を恐れる必要もなかろう」
それは偏屈な変人であるレイメイなりの、一風変わった励まし方だった。
「さあ、僕らも無意味なことをしようじゃあないか。たとえば……他愛もない話をしながら家に向かって、三人で駄菓子を貪りながら、パーティゲームを楽しく遊ぶとか、ね」
わざとらしくレイメイはニヤけた顔になる。シャンクは鼻で笑った。
俺も心の中で笑った。
「私としたことが、弱ってしまっていたな。すまない」
シャンクの顔から落ち込みは消えた。
意味の無い自分がどうでもよくなった、無意味になったのだろう。
俺は意味があることでシャンクを励ました。レイメイは意味がないことでシャンクの存在意義を立てた。
人生の意味など、いくらでもあると言える。いくらでもないと言える。俺達はそれを無意味に証明した。
それはちっぽけな、どうでもいいモブキャラクターのシャンク・ダルクにとって、意味があることだった。
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