4 沈黙トーク
人は、なかなか自分の創作物を他人に見せたがらない、らしい。
プロならともかく、アマチュアや初心者は「他人に見せれる自信」というものがないから、気が引ける、だとか。
ゆえに、自分を全く客観視できない稚拙な頭脳を持った若者の、毒にもなりえない無意味な文字列はよく公開されるのだという。
レイメイによれば、それは「自分が普通」と考えている人間が、無意識的に出す反復言語であり駄作。
彼らはそうした駄作は見せるくせに異形かつ冒涜的な傑作を見せたがらないとか。
なので、俺が物語を見せることに「いいよ」と許可を出すのは、異常だとレイメイは語った。
異常と言われるのは勘弁だが、レイメイの性格や言動を考えるに、褒め言葉なのだろう。
レイメイは異常や特別を愛している。耳に蛸ができそうなほど色々な事を語られたが、自分と同じ仲間を見つけて饒舌になったのかもしれない。
そんなレイメイと一緒に俺はオカルト部の部室を出た。
空はオレンジがかった赤色だ。
「では、お邪魔するとしようか」
夕焼け頃、建物達を黒くしながらも、夕陽は燃え盛るように輝いている。
俺はレイメイを自宅へと案内することになった。つまり共に下校した。
傍から見れば俺はレイメイという彼女と一緒に帰る彼氏だ。とても仲が良いように、見える。
道中の俺は穏やかな気持ちになれなかった。帰り道、隣に同じ学校の女子が居る、という現実が神経に緊張を煽ってくる。隣に居るのが希鳥零名という変人中の変人だとしても、だ。
しかも、あれほど饒舌だったレイメイは、一緒に歩くと全く喋らなくなった。
ただ少しだけ微笑みながら、ノーマルに足を進めている。それはそれで気になってしかたがない。
オカルト部の部室から出て、家に着くまで結局一言も会話をしなかった。それは俺にとってあまりに気まずく、不気味で怖かった。
「……キミは人の顔を見すぎだね、ヤマイ」
最後の最後、そうレイメイに俺は言われる。
聞いた耳から血管がうねって、心臓の締め付け具合は鼓動を止めそうなぐらい苦しくなっていく。
「通り過ぎる人過ぎる人、全て視線が一度、顔に行っていたよ。何もなければ、すぐ僕のほうに戻っていった。誰からどう見られているのか、気になってしかたがないようだねぇ。くっく」
自分でも気がつかなかった深層心理をレイメイはズバズバと当てていく。
「善良な人として見られたい、おかしい人として見られたくない、という欲求が見透けていたよ」
どうやら俺は無意識にずーっと人とレイメイの顔色を伺っていたらしい。
臆病すぎる。「うーわっ! 山井くんってやっぱりキモーイ! きゃははは、うけるー!」とでも言われ心を踏みにじられる恐怖でも感じていたのか。そんなことを言う人間なんて漫画でしか見たことがないし、レイメイだって言うわけがないだろう。
俺は女性、いや人間に対する恐れや畏怖をいまだに抱いているのだ。
他人が怖い。他人から下される俺への評価が、「普通じゃない」と言われるのが怖くて仕方がない。
「いっそのこと『自分は他人と違うのだから、奇異な目で見られてもしかたがない』と開き直るといい。楽になるよ。それができないのなら、髪の毛でも染めて元々目立つ風貌にでもなるといいさ。僕のように、ね」
レイメイはゆっくりとした動作で自慢げに前髪を撫でた。その灰銀髪の中に、ブルーメッシュ色の髪束がアクセントとして垂れ下がっている。遠くから見てもかなり目立つ、レイメイ独特のファッションだった。
「どうだい? これ」
そのままレイメイはここぞとばかりに蒼く染め上げた髪を指でいじくり回して主張した。
「……俺にはオシャレがわからん」
「つれないねキミは。お世辞でもいいから適当に『カワイイ』とか『カッコイイ』とでも言って合わせておけばよいものを。ヤマイ、キミはこういう時も正直なのは感心するが『どんな時も嘘を吐いてはならない』という思想はいささか道徳的すぎる。もっと嘘を吐いて得をするべきだ」
「嘘、ねえ……」
「そうとも。僕の存在を両親に説明するのならば『今日知り合ったオカルト部の部員』と言うよりも『最近できた彼女』と嘘を吐いたほうが、理解の手間も省けてスムーズに納得してもらえるし、お茶菓子が出るかもしれないよ?」
彼女、というキーワードを聞いて俺はドキッとした。
「レイメイ、お前は俺の彼女と勘違いされていいのか?」
「今更過ぎる質問だね、ヤマイ。言っておくが、下校時二人きりの男女が、付き合っている状態であると認知される可能性は高いといわざる得ない。ならば、そのリスクは背負ってしかるべきだ。外野は僕らをいかようにも表現できる。しかし、僕とキミは自覚しているだろう? 僕達はまだ、ほどほどに気が合う程度、だと」
「つまり誰がなんと言おうと、俺達が内面で仲の良さと悪さを把握していればいいと?」
「うむ。不特定多数の人間に認識の一致を求め、強要するほど僕は愚かではないのさ……で、いつになったら玄関の扉を開いてくれるんだい?」
気づけば俺は無意識に足を止めていた。そこには表札に「山井」と書かれており、日本語が読めれば俺の家だということが誰にでもわかる状態だ。
つまり、ここでレイメイが率先して扉を開けても構いはしないのだが、彼女はしなかった。変人を目指す変人ならば、他人の家の玄関を平然と開けても不思議では無いが、しないということはレイメイの中にも他人への配慮はあるらしい。
あくまでこの玄関は俺が開けるべきであり、他人が勝手に開けるのは無神経だ、とレイメイは無意識に思っているのだろう。そういうところはレイメイは気が利くというか、常識人のようだ。
ならば俺が開けねば始まるまい。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いて俺は自分の家に帰宅した。
……レイメイを連れて。
手を洗いに、一度リビングに出て洗面所に向かう。その道中に母親と会う。
「お帰り。今日は昨日より、早かったんじゃない?」
母は台所でラジオを聴きながら、夕飯の準備をマイペースに進めていた。包丁を叩く音。俺にとってはいつもの光景だ。
「毎日このぐらいに帰ってくるのなら、私も心配せずに済むんだけどなーんてねー」
機嫌が良いのか、おどけた言葉遣いで喋る母。この調子なら、と俺はレイメイについて言及した。
「今から友達もあがらせるから」
俺はそう何気なく、いつもの通りの出来事を装って、ぼかしながら伝えた。
だが、敏感な母はすぐ目線をまな板から俺に向け、凝視した。
「えっ!? 友達!?」
単純な驚き方だった。俺が友達を連れてきたことに母は驚いている。
そうとも。俺も初めての経験だ。同じ学校に通う同年代の人間を、自分の家に入れることは、生まれて初めてだ。
母親は、というか俺の家は子供向けの娯楽に疎い。または厳しかった。
菓子はせんべえ、飲み物はお茶だけでジュースは買わない。漫画や携帯ゲーム機は許されたが、据え置きゲーム機は無かった。
特にこれといった面白いボードゲームもない、寛げる環境でもない。
俺にとっては、特に気にもしない当たり前の環境だが、友人が家に来る理由も、呼べる理由もなかったのだ。
……それよりも、もっと根本的な問題があったのだが、それについては我が身のために触れないでおく。
つまり、ありとあらゆることを含めて、母親の驚愕は回避できない必然的出来事なのだ。
それでも俺は母親からイチイチ派手に反応されるのが面倒臭く感じた。
「うん、俺の部屋にあがらせる」
「そ、そーうなのねー……」
母は少し困惑したが、しばらくすると平静になり、包丁でまな板を叩く主婦へと戻った。
今のうちだ。俺の言う友達が女性であることを母はまだ察知していないはずだ。レイメイを手で招いて家にあがらせる。
俺は母からレイメイを見せないように、そこはかとなく壁となる。
その行動を見てかレイメイは、一度だけ片眉を歪ませたが、全てを察し足音を小さくして歩いてくれる。そこから視線を俺に向け、首をわざと大きくかしげた。
一連の行動を見せ付けられ、無言であるはずのレイメイからあの独特な語りが聞こえた気がした。「ヤマイ、キミはいささか小心者過ぎる。女の子を家にあがらせるのが、そんなに恥ずかしいことなのかい? キミの母親はそんなことで怒り捲し立てる、荒ぶる神か何かなのかい?」という疑念の表情ニュアンスが数秒で形作られていた。そこまで読み取れた俺も怖い。
しかし、この読み取りは俺の妄想かもしれん。本当はそうではないかもしれん。妄想ならしかたがない。
ならば俺は無感情、何も気にしていない……と心に念仏を唱え始めよう。唱えている合間は楽だ。
そうこうするうちにレイメイは手を洗い終えるので、俺は先陣を切って自分の部屋に行き、ドアを開ける。
無簡素で特徴の無い部屋だ。大体のモノは引き出しと本棚に入っているので、取り立てて面白い装飾品はない。
あるとすれば、ベッドの下に放り出されているカピバラのぬいぐるみぐらいだろう。母が買ってきたものだ。捨てるに捨てれん。
そういう、捨てるに捨てられないモノが俺の部屋にはたくさんある。黒歴史小説の原稿用紙達だってそうだし、ブロック遊びの積み木箱も本棚の一番下に配置されている。捨てるタイミングがわからず、かといって邪魔でもないので、高校生になっても捨てられずにいるのだ。
レイメイが俺の部屋に入ると、まあ当然の行動だが、部屋を一通り見回して、本棚に何があるか確認していくので、俺はちょっと恥ずかしくなる。積み木は捨てて卒業しよう。でも、それを母親に言ったらなんか怒られそうで怖い……
物を大事にしろ、と人は言う。母も言っていた。そうして俺は物を捨てずに大事に保存している。
そうとも、ポジティブに捉えるならば俺は物を大切にするいい人間だ。
「……この部屋を見るに、キミは過去に縛られるどころか未来も作れない人間に思える」
そう思っていた俺の甘い幻想論は、レイメイは真っ二つに切り裂かれる。
「与えられた既存の枠組みから、進化も脱却もせず、そして奇形としても変化せず放置された、十年前の風景を見せられた気分だよ」
探偵のように振る舞いはじめるレイメイ。指を刺しながら推察し、なにもかもを当てていく。
「僕が予測するに……ヤマイ、キミは物が捨てられないというより、捨てる物さえ与えられていなかったんじゃないかい?」
「そんなことはない」
俺はレイメイの予想に反論しようと、机の引き出しに手を伸ばし、それを開ける。
原稿用紙が大量に詰まった黒歴史の引き出しだ。俺は一番目のLDWTの原稿用紙を手に取った。そこからレイメイにこれでもか、と見せ付ける。
原稿用紙ぐらいは与えられているぞ、と言い張るように。
「……ほう」
レイメイは目を見開き、興味を隠さず感嘆の息を漏らす。
「なるほど、ね。想像を凌駕するものが、想像外から現れるのは必然というわけだ」
そのままレイメイは原稿用紙を受け取り、ベッドに腰をかけてLDWTの表紙をめくった。
もう俺はLDWTを見られることに対して、恥ずかしくもなく、気にもしていなかった。それがドロクソオメガワンダーランドだということは説明したし、それをわかった上でレイメイに読まれるのだ。
部屋を掃除している途中で偶然それを発見し、何も知らないまま読み始める母親とは天と地ほどの状況差がある。むしろどう喜ばれるか、あわよくばの期待をした。
が、レイメイはそれほど時間をかけず、原稿用紙を突き返した。
「どうした?」
読むのが恥ずかしくなったのだろうかと俺は思った。だがレイメイが、今更恥ずかしがる性格にも思えない。
目線を斜め下に構え、少し困った顔でレイメイは答える。
「その、字が汚すぎて読めないね、これは」
呆れられた一言だった。俺は慌てて原稿用紙をめくり、原文を早読みする。
……へっこれならどうだ。バンバンバン! ドカーン! それは効かないな。 ジャギギギギギィン! ドババァン!
うむ。少なくとも、このどうにもできないクサい汁を垂れ流す汚物的内容にこだわらなければ、読める代物だ。
「そんなに俺の字って汚いか?」
「読めないね」
間髪いれずにレイメイは俺を断罪する。
「原稿用紙の四角枠に囚われず、文字が暴れるように大きくなったり、小粒のように小さくなるとは想定外だったよ。力強いセリフや大きい効果音はでかくみせて、弱弱しいセリフはそれを表すかのように線を曲げながら小さくしている。ところどころ漢字間違いがあるし、誤字脱字がひどい。古代エジプトで使われたヒエラティックかのように、ひらがなやカタカナの字体は歪んでいるし、創造されたオリジナルの漢字まで使用されるとお手上げだ。同じ日本語なら大丈夫だと思った、僕が浅はかだったね」
「……ごめんって」
レイメイは最後に「自分が浅はかだった」と付け加えたが、これはどう考えても俺が悪い。人に読めない文章を読ませようとした俺が悪い。
「ヤマイ、キミが謝るようなことではないよ。これは僕の認識が甘かったに過ぎない」
レイメイは何ももったいぶらず、態度にも表さず、素直に謝っていた。あの変人奇抜な、レイメイがである。
本当にレイメイは、俺を攻めるつもりは一切ないのだろうが、それが気遣う優しい思いやりに見えて、逆に俺の心には効いた。
ごめんって。
「読めれば原文が読みたかったが、しかたないね。ネットに公開されているのなら、そっちを見るとしよう……もしかして、サイトの背景色を読みにくい色とかにしてないだろうね?」
「それはないっ!」
さて、LDWTをアップしたのは小説投稿掲示板である。小説を投稿するサイトはあちこちにいくらでもあるが、その中でもトップでなければさほどマイナーでもないサイトにLDWTは投稿されていた。
ちなみにその小説投稿掲示板は投稿者でなくても、閲覧数やお気に入り登録数、良評価悪評価を見ることができた。今確認したところ、LDWTの閲覧数は七十九で他はゼロだったが。
さらに投稿者いわく、LDWTは「世界の真実と嘘を証明する物語」らしい。そう紹介文にポツリと書いてある。んー、誰なんだろうなあ、こんな事を冒頭に書いちゃう奴は誰だろう? ひたすら原稿用紙からキーボードに電子変換して、小説と称しを投稿しちゃうクソバカは一体どんな奴か、どんな顔つきなのか、考えている脳みそも見てみたいものだ。
そんな俺の思考を他所に、レイメイはスマホをいじって俺の黒歴史を検索し、無事たどり着いたようだった。
「文字数が二十万文字か。書けるだけで感心するよ」
「だがその半分がセリフで、その半分が擬音だ」
「その雰囲気だけはさっきも感じたさ。期待しておこう」
そう言いながらレイメイはバッグにスマホを戻した。
そしてお互いに沈黙。やることが無くなったのだ。
それを察してかレイメイと俺は目を見合わせた。俺はすぐ逸らした。レイメイとはいえ女の子と目をあわせ続けられる度胸はない。
「おや、どうしたんだいヤマイ? 僕はまだここにいるよ。クドイように言うならば、この座標位置に凡庸な人間である希鳥零名は存在している、ということさ」
ならばその存在理由とやらを問いたいものだ。俺もこの部屋も、ロクな手品だって見せることはできんぞ。
「ふむ。必要が無いのであれば、ここでお別れということになるだろうね」
そう言ってレイメイは素早く立ち上がる。
「ちょっと待て、そんなあっさりな」
その動きに連れられて、俺は無意識にレイメイを止めようとした。
本当に何にも考えず、ただ右手と口を開いてしまった。
「ほう? キミはまだ僕を必要とするのかい?」
その無考慮をレイメイは逃さない。すかさず切り込み、うっとおしく言葉の濃淡を響かせ語り始める。
「僕の目的は、可能ならばLDWTの原文を読むことだった。そしてそれは叶わなかった。ゆえに僕はこの家になどもはや用はないのだけども、ヤマイが呼び止めるのならば仕方がない。一体どんな理由で僕と何を過ごすか、気になるところだよ。さあ言ってくれたまえヤマイ。僕と何をするんだい?」
熾烈にレイメイは俺を攻めていく。グイグイと首を突っ込んで、上げては下げて様々な角度で俺を顔を窺ってきた。俺はたじろいで何も答えられない。
そらそうだ。瞬間的に呼び止めてしまったんだから。何も止める理由は無いのだ。
ただ無意識に、止めてしまった。なんなのだろうか。
「……ふむ」
レイメイは右手を自分のアゴに当てて、俺を観察し続ける。
そんなに見るな。俺は自分の格好にそれほど自信をつけていないのだ。恥ずかしいから。
するとレイメイは、何かを思いついたかのように手を合わせ、そのまま戻りベッドに腰掛けた。そこから振り向きざまに、また語る。
「ならばしばらくの合間、僕と恋人のような友好関係でも築くかい?」
「ばっ!?」
思いもよらないキーワードを投げてきた。
こいびと、とは、ふざけたことを。
「くっくっく。思ってたより友好的で嬉しいよ、ヤマイ」
冗談を言うがままに軽く、レイメイは笑った。
「なあに。そこまでの関係には発展しないさ。僕も生まれてこのかた恋に落ちたことがなくてね。友情より上の段階に愛情という概念が存在すると、勘違いしている最中さ。ならば、多少世間話をしたところで婚姻を約束する事態になりはしない。そもそも異性と会話するだけで悦楽を得られるほど僕も単純じゃないからね」
右人差し指をメトロノームに振りながら、レイメイは煽り気味に恋愛を論じた。
俺も恋に落ちたことは無い。なぜなら愛情を抱く前に恐怖を感じるからだ。
「どうだいヤマイ、男性のキミは女の子と喋ることに快感を覚えないかい?」
「どちらかというと、人と喋るのは緊張する。女なら倍増だ」
「そうなのかい? 僕と喋る時はそうは見えないけど?」
レイメイは何気なくそう語り、俺はハッと目覚め気づかされた。
確かにレイメイと話す時、俺はそれほど気負いしていなかった。ちゃんと受け答えしていたし、むしろ話さない時のほうがガチガチに緊張していた。
「ああ、わかったよヤマイ。ひとまず前提として、キミは僕のことを変人だと思っているだろう?」
目覚めた俺を見逃さず観察していたレイメイは、考えを当てようと言葉にする。
「そんなことはないぞ」
傷つけようとするまいと、その場しのぎな嘘を俺は言った。
レイメイは出会った時から奇怪な喋り方をする変人。そのイメージは頭に焼き付き離れることはない。
「まあ変人だと思われたら僕は気分を良くするけどね」
そう言ってレイメイは一本だけ伸びだ青髪を人差し指で払う。フワリと髪は漂った。
くどさ溢れるアピールだった。今更変人呼ばわりされても、レイメイは何も思わないどころか好意的に解釈する。
俺が心配するまでもなく、そもそも最初からそうだった。そんなところがまさに変わってるのだ、と俺は思う。
一般的には変人と言われるよりも、普通呼ばわりされるほうが嬉しいだろうに、と俺は考えているのだがレイメイは真逆だ。
そうだ。俺とレイメイの考えや価値観は対となっている。それゆえに居心地が悪くない……のか?
「ヤマイ、キミは変人に変だと言われてもしかたがない、ゆえに心に響かない、傷つかない理論を無意識に有していないかい?」
ズバリ言ってやったと、レイメイは首を斜めに傾けて俺の心を見透かした。
レイメイの指摘は俺も納得せざるえない。今まで俺が怯えてきた人達は全員「普通の人」だ。そして知らずのうちに俺が恐れてないのは「変な人間」である。
その「変な人間」というレッテル、カテゴリにレイメイは何気なくスムーズに入っているのだ。だから、俺はレイメイを恐れずフラットに会話できているのだろう。
レイメイは簡単にそれを理解し説明した。俺も意識しなければ思い立つのに時間がかかっていたかもしれない。
確かに思い立てばすぐ至る結論だろう。でも、レイメイ無しでは出せなかったとも思える。
俺は自分の頭が良いと思える自信が無い。細かく言えば普通より下だ、と。
「レイメイ、お前は妙なところで賢い気がする」
変人とはいえレイメイは俺より頭が良さそうに思えた。
くどったらしい口調や独特の音階が躍り出る語りが、そう思わせるのだろうか。
少なくとも凡夫な山井仲二郎より、希鳥零名は非凡に見える。一歩前に出ているのだ。
「おお。僕を褒めてくれているのかい? 嬉しいねえ。盲目なことに、いかような人間からどんな形だろうと賞賛を得るのは心地がよくてね。もう少し話せば、もっと褒めてくれるのかな?」
ニヤけた煽り笑みを、露骨にレイメイはさらけ出す。左手を口元に当て小刻みに震え「くっくっく」と小声で笑い出していた。
……天才や秀才というより"変才"と形容するのがよさそうだ、とは言わないでおこう。言っても喜びそうだけども。
「では、お礼に褒め返そうか。僕はね、僕が長ったらしくクドイ表現で好きなように話をしても、ヤマイがウンウン頷いて、聞き手として迷いながらも必死に理解しようとしてくれるのが、随分と好きなところさ。くっくっく」
レイメイはそのままで笑った。下品と上品が混ぜあわって、結局は普通のかわいげ溢れるような、レイメイ独特の「くっくっく」という声が響く。
俺は変人にどう思われようと気にしていないはずだった。だが、無意識にレイメイからの褒め言葉を心地よく受け取っていた。
黙って人の話を聞くのが精一杯な俺は、人に褒められることなんて、めったに無いのだから。
やはり俺は、賢くない。
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