3 変人フルペース


 俺は話す。元々どう言い訳しても信用されそうにない話だ。できる限りわかりやすく、それでいて嘘は混ぜずに、最初から本当のことを言った。

 昔に若気の至りで書いてしまった理想郷、ワンダーランドであるLDWTが昨日から現実化した。

 学校から家へ帰る道のりで戦闘に巻き込まれ、次の日にはシャンク・ダルクが登場している……そんな話を続けた。

 相手が変人レイメイだとしても、話に乗ってくれるかはわからない。それでもレイメイは時折メモにペンを走らせながら、話を黙って聞いていく。

 時折首をかしげて視線を逸らされたり、冷やかな目で俺を見つめたこともあったが、話をさえぎることなく最後まで聞いてくれた。

「ふむ……」

 話を終えるとレイメイはしばらく黙り込む。ブルーのメッシュを人差し指で突き、いじりながら下を向き考え込んでいた。

 レイメイはこのワンダーランド現実化を人づてに聞いてをどう思ったのだろうか……。

「まず、オカルト部としては協力できそうにないと断言しよう」

「なぜ?」

「本棚を見たまえ」

 レイメイはイスから立ち上がり、棚に仕舞われた本達の存在を、両手で指し示してアピールする。

「あるのは水木しげるや手塚治虫の漫画。心霊スポットや廃虚スポットの観光ガイド。『我々は月に行ったのか?』……このオカルト部の歴史が見て取れよう。ここは心地よい嘘を楽しむ場でしかない。過去のオカルト部員達は、地域特有の都市伝説や民話などに興味はなかったのだよ」

 そこからレイメイは眉をひそめながら本棚からファイルを取り出した。それを机に広げ、一つの見開きを俺に見せた。

 どうやらそれは、昔オカルト部が発行した合同誌のようだ。やっつけのダサいフォントで「タマアザラシによる世論誘導! 事実隠蔽!」と書かれた大きい見出しが良く目立つ。

「興味があるとすれば、それは政治家達による陰謀か、誰も知らない意外な真実らしい。それらが破綻した理論で成り立っているカカシな嘘だとしても、だ。どうやら過去の政治家達は、仲間の辞職や逮捕事件から話題を逸らそうと、タマアザラシを放って世間を騙そうとしたようだ。馬鹿か。しかも実際に川に出没したのはアゴヒゲアザラシだということなど今の私が調べてもわかることなのに、かれらはタマアザラシと表記してしまっている。つまり過去のオカルト部員の調査能力というのは、その程度なのだよ」

 レイメイは敬意などこめず、そのページをコンコン、と二回小突いた。

「僕は陰謀論に対する好みを表明する気は無い。何かの事実や真実を証明するならば、それらが正当だと主張する理論武装が必要だと言いたいだけさ。そして彼らはそれを明らかに怠っている。何歩か譲って、故意に面白おかしく陰謀論を語るのであれば、まだギャグセンスもあるだろうが、そういう知的な態度もない。残念だ」

 そう言いながらレイメイは自席に戻り、一息尽くと結論を述べ始める。

「凡庸な人間は普遍であることを好み、普通であり続けることを権利として主張し、変人を弾圧する。残念ながらオカルト部は凡庸な人間の集まりだった。君の話には協力できそうにない」

 レイメイは言い終えると、つまらなそうな顔をした。不服とも言えよう。

 だがそれは演技がかっていた。俺にはわざと気落ちしているように見えた。

 話は終わった。だが俺が考えるに、レイメイはこのまま話を終える気はない。

 何故なら、彼女がさっき裸になったのは凡庸を嫌ったからだ。そして特別な自分になることをレイメイは好んでいる。

 ならば、俺が話した確認不能な現実離れのワンダーランドを、彼女はどう思っただろうか。

 凡庸な嘘だと断じただろうか? そうは言っていない。ならば答えはひとつだ。

「オカルト部が協力しないのはわかったけど、俺にはお前が協力したがっているように見えますよ」

 そう言うとレイメイは間髪入れずに立ち上がり語る。

「そうさ! 僕個人はとても興味と関心を寄せている。ヤマイ、キミが一体どういう人間で、どういう事件に巻き込まれているか。それを詳しく検証したい!」

 話しながら歩みを進め、俺の肩を両手でガッチリと掴む。いきなりなので俺もビクリとする。そんでもって強く握りすぎだぞ。

「それこそ僕の、希鳥零名が残そうとする凡俗で卑しく、くだらない暇潰し、そしていつかは完全に消える果てしなくどうでもよい、生きた証になりえるのだから!」

 そのまま迫真の力説で口説くレイメイは、ハッと行き過ぎた行動を自覚する。そして何事も無かったかのように俺の肩から手を離した。

「オホン。僕としたことが。いや、悔い改める必要もないだろう。僕は変人を目指しているのだから」

 芝居がかった咳払いをして、レイメイはもう一度ガッシリと俺の肩を掴む。

「あと、忌み嫌われる大衆的凡庸な指摘を僕がしてしまうのは、癪であり、特別感が薄れるので、可能であればしたくはないのだが……僕は『お前』ではなく『レイメイ』でね。名前を大脳皮質に刻みこんで、今後はそう呼んでくれると嬉しい」

 そう言葉を出した苦い顔つきは、レイメイからにわかに発せされた、かわいげな姿だった。そこだけは凡庸な、すこしわがままを言うただの女の子。

 それもまたそれで良い姿だが、彼女は目を逸らして悔しそうに歯を噛んでいる。もっと変人ぶりたいのだろうか。妙なこだわりなことだ。

 特別を愛し、凡庸を嫌う。それがレイメイの行動原理なのだろうが、まだ全てのコモンセンスを捨てきれないのだろう。

 俺は素直にレイメイの言うことを聞き入れる。むしろ聞き入れずに「お前」呼びを続けるほうが失礼だ。

「お前……いや、レイメイは俺の話を信じる、のでしょうか?」

「信じる? 今の話をかい?」

 レイメイは人差し指でクエスチョンマークを描きながら話し始める。

「確かに今、僕は信じる、あるいは信じない選択が可能だ。そして『僕はキミを信じる』と時めく様な発言をした後に『僕は信じてたのに!』と悲劇のヒロインのように責任転嫁することもできよう。しかし、信じないことも選択できたのならば、何も根拠なく信じるという行為には物語的な無能さが溢れ出る」

「つまり信じてないのか」

「信用は、信じる選択をするより前に作られている。僕らが問いただすまでもなく、無意識に天井が崩れないことを信じているように、ね」

「信じてないんだな?」

 俺は念を押して強く言う。それにムッとしたのかレイメイも強い語り口で俺に釘を刺す。

「信じる信じないの選択など、物語を読む読者に眩暈をもたらす飾りだ。ヤマイ、キミはそれを現実に持ち出してしまっている。キミは信じる信じないの選択をする行為自体を、常々行う当然の常識だと思っているだろう。崩れ落ちることがない天井を信じるように。僕はそれを忌み嫌っていると指摘したに過ぎない」

 レイメイは人差し指を伸ばし、俺の額にツンと当てた。

 いささか俺の理解能力が足りないせいで、話の方向がよくわからなかった。信じる信じない、という話題自体が、レイメイにとってウンザリするものらしい。

 俺の不安も察して欲しいものだ。確かにレイメイは奇天烈だが、俺が体験したワンダーランドは混沌を超えている。だから協力してくれるという人物が現れたことに、いささかの懐疑心によって確認したかったのだ。

 ……いや、そこでレイメイが「信じる」と言って何が得られようか。

 裏切られて「信じていたのに」というセリフは俺にも言えてしまう。それこそ悲劇の主人公ぶって。

 つまり、俺は信じた後にどっちに転んでも、信じた自分が正しいという保険と安心が欲しかったのだ。それはちょっと、ズルイのだろう。

 それらを考えて、俺は話を切り出す。レイメイが信じようと信じまいと。

「これからどうしたほうがいい?」

 そう声をかけるとレイメイも肩を落とし感情を平静に戻す。その後は落ち着いて、いつもの奇抜な口調に戻り語る。

「僕がヤマイにアドバイスするならば、ひとつは楽しむことだ。虚構が現実化するなんて、並大抵の出来事ではない。まさしく、おとぎ話の楽しい世界。そのまま人生ごと浸かるといい」

「そこまで無邪気にはなれない。自分が作った妄想で人が死ぬようなことがあれば、末恐ろしいぞ」

「それはお優しいことだ。ならば、この虚構を無に返すかい? その方法を見つけるまでに、一年以上の連載期間は必要だとは思わないかい?」

「マンガの話か? 確かに俺のLDWTが、ワンダーランドが現実化した理由は全くわかない。手がかりがない」

「身内である可能性は高いよ。少なくとも、キミの物語を観測する必要があるからね」

「だが他人にあの原稿用紙を見せたことなんて……あ」

 俺は思い出してしまった。それは少しどころではない、やっかいなことだった。

「ネットにアップしてた……」

「……ほう?」

 レイメイは首を伸ばし俺に近づいてくる。その目の輝きようといったら、新しいおもちゃを見つけて無邪気に喜ぶ子供のようなことで。

「するとあれかい!? キミは原稿用紙に向かって筆を走らせるどころか! 恥ずかしげもなくインターネットの海に物語を垂れ流したのかい!? となれば、ヤマイの理想である神殺しの黒獅子銃一郎は誰にでも閲覧可能なわけだね!?」

 興奮しながら顔を近寄らせ、前のめりになるレイメイ。そのまま語りを止める気配はない。

「素晴らしいよヤマイ! キミが考えた無配慮かつ独自の妄想を、自信たっぷりに恥じることなく見せびらかすとは!! 僕は敬意を表するよ!」

 やめろや。

「僕はこれでも人の目を気にしていてね。一種の羞恥心が捨て切れなくて、たとえ匿名だとしてもそこまでには至れない! できない諸行さ! 最高だよキミは!」

「ああ存分に馬鹿にしてくれ! 俺は今"後悔"しているよ! あんなウスラトンカチなワンダーランドをネットに"公開"していることにな!!」

「何を言う! 僕は純粋に評価しているよ! 確実に僕に足らないものをヤマイを持っている! 間違いない! いいかい? 残念なことに人は自分の妄想や語りを具現化しないし、書こうともしないし、公開しようともしない! その点においてヤマイが上を行っているのは明らかだ!」

 レイメイの興奮冷め止まぬお喋りは、いつまでも止まる気配を感じさせない。止めようにもそのタイミングさえ図らせてくれなかった。

「確かにキミを認めたくない者や、気の利いた分析批判をできない者は、この行動をキモイだのイタイだの言うだろう! それがどうしたというんだい!? そんな一般的で普通の常識的コミュニケーションと、滑稽な多数派重視の連帯感を求めてしまう愚劣な自己中心的人間道徳など、捨ててしまいなよヤマイ!! 彼らの言うキモくてイタくて社会に出たら通用しないような、特別な人間になろうじゃあないか! 僕と共に!」

「その熱に押されかねない、実に魅力的な提案だ。恐ろしすぎて眩暈がしてきた。想像するだけで寒気がする」

「ならば!!!」

「けどなレイメイ、道徳は大事だろ」

「道徳が大事……?」

 その瞬間、レイメイの表情は見る見る熱をなくし、野原に投げ捨てられた鉄板のように冷たくなった。気が落ちたというべきか。

 そのままレイメイは自分の椅子へと姿勢正しく座ってしまう。その後に肘を机に立て手で顔を支える。しかも何も言わなくなった。大いに不満なのだろう。

 俺はその不満な原因が察せられなかった。よくわからん。

 ……道徳は大事だろう? レイメイの中では大事ではないのだろうか?

 レイメイは黙ったままだ。そのままいつまでも黙り込まれたら困るので、俺は口を動かす。

「話しを戻すぞ。俺が作ったワンダーランドはネットに公開されてるから、誰でも知れる。つまり、誰でも世界を改変した神様の可能性がある」

 俺はずれすぎた話のテーマを再確認する。一呼吸置いてレイメイも返事をした。スネられたままかと思ってたので助かる。

「うむ、神様探しは現実的ではないね。探し見つけたとして、言うことを聞いてくれるとは限らないだろう」

「俺としては、ぶん殴ってでも元に戻したいんだが」

 それを聞いてレイメイはキョトンとした顔になった。意外な答えらしい。

「戻したい? なぜだい?」

「あぶねぇからだ」

 俺は即答する。

「LDWTはな、今日はドンパチ、明日はドンパチ、過去編でもドンパチのバトルモノだ。いや、バトルのみモノだ。もっといえば、擬音であるギャッシアアアアなんつう言葉が何遍も幾度となく延々繰り返される。小さな被害が想像できん」

 俺は雄弁に誰にでもわかるように語ったつもりだが、レイメイの顔を見るに疑問が解消されてないようだった。

「……? そんなの放っておけばいいだろう?」

「放っておけないだろうが」

 言葉を返し返しするが、レイメイはさっきからずっとキョトン顔だ。

「ヤマイ、もしやキミは、募金箱に千円札どころか一万円札を入れる人間かい? アフリカの子供達を本気で助けようと、直接現地に行ったりしてしまうのかい?」

 レイメイによる、俺には意図がよくわからない質問だった。なので、俺はそのまま思ったことを回答をする。

「入れられるのなら、一万円札は入れたほうがいいし、こんな俺でも役に立てるのなら、行ったほうがいいだろ」

 そう言うとレイメイは首をカックリと落とした。よほど衝撃的なのだろうか。

 その後は鈍くゆっくり戻していく。そしてまた喋り述べる。

「いやあ、全く共感できないよヤマイ。キミは行き過ぎた正義感と偏った道徳教育をこじらせすぎだ。まるで出来の悪い創作の凡庸な主人公だよ」

 レイメイは今までとは明確に違うタイプの半笑いをしていた。無理やりにわざと笑っている、という風だ。

 そんなに変なのだろうか? 間違ったことを言っているつもりはないのだが……。

 レイメイは募金箱に一円も入れず、アフリカにも興味がないのだろうか。

 まあ、募金箱に一万円を入れるなど経済状況によっては大変ではあるし、善意だからって他人にアフリカへ行くことを強要するのはよくない。レイメイがそうしたいのなら、その自由も認めるべきだろう。

「そもそも、俺よりお前のほうが変だろう、レイメイ」

 皮肉気味に言ってやった。途端にレイメイは見違える笑顔になって「そうだろう! 僕は特別なのだからね!」と鼻息を荒くして認めた。皮肉が通じない変人だと確かに思った。

「なあヤマイ、僕はひとつ、とても知りたいのだが」

 そこから、レイメイは手を伸ばす。お小遣いの硬貨をそこに乗せてくれと、言わんばかりの手のひらだ。

 口元を緩ませ、小悪魔めいたイントネーションでレイメイは言った。

「僕とヤマイにはまだ情報的格差がある。これを解消するためにはひとつ手段が必要だろう。つまり、LDWTを見せて欲しい。可能であれば、ぜひ原文でね」

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