第30話 調査と分析
実を言うと、私はまだその有名な菓子を食べたことがなかった。
本日、新幹線の始発を使ってまでして早めに乗り込んだのは、ママミの道案内が若干不安だったこともあるが、打ち合わせの前にクライアントの情報を集めるためだ。その情報収集活動の中には当然のことながら、菓子を食べることも含まれている。
「出来立て菓子の試食か……これはいいな。よし、顧客調査を始めるぞ」
「アイ・アイ・さ~」
ママミがパンプスの踵を鳴らして海軍式の返答を返すが、その間延びした「さ~」は、どちらかと言うと「なんくるないさ~」の「さ~」に近い気がする。
入口の自動ドアを入ると、明るい吹き抜けのロビーが広がり、工場の模型(縮尺:百分の一)と、菓子の製造工程を説明するパネルが展示されていた。
受け付けはなく、だれでも自由に見学できるようだ。
「こっちで~す!」
わき目も振らずにロビーを通り抜けて、勢いよく見学順路に突入したママミを追いながら、ガラス越しに生産ラインの様子をチェックする。当然のことながら、衛生上の配慮で工場内と見学路は完全に隔てられている。
色温度の高いLEDの光が、工場内の白い床と壁で何度も反射されて部屋を満たし、その光の中に、曇り一つないステンレスのタンクや、名前も分からない機械群が整然と並んで輝いている。
その眩しさに思わず目を細めてしまう。
所々に人がいるが、特に菓子作りをしている様子はない。
おそらく機械の動作を監視しているのだろう。
全身を白い防護服のようなもので包んだその姿は、部屋の無機質な白さに同化している。
自動化された生産ラインは実に明るく清潔だ。
都会から遠く離れた山里に思いもよらぬ近代的な工場。
このギャップにはポジティブなインパクトがある。良いことだ。
良いことだとは思うのだが……
「先輩、着きましたよ~」
工場の様子に気を取られているうちに、いつの間にか生産ラインの終点に辿り着いていたようだ。ママミが一歩踏み出すと、見学通路の突き当りの自動ドアがスライドして小さなラウンジが現れた。
ラウンジの窓の外には、迫る山の緑を背景に小さな庭があり、昔ながらの
窓から差し込む自然の光を浴びてなぜかホッとした。
ラウンジには私たちの他にご年配の夫婦が一組、出来立ての菓子を試食している。
「おはようございます」
ママミが柔らかに挨拶する。
実はこいつ、普通の挨拶もできる。
いつもこの調子でいてくれればいいのに。
私もその夫婦に軽く会釈をする。
ご夫婦はにこやかに挨拶を返してくれた。
「先輩、どうぞ」
ママミが出来立ての菓子を紙皿にのせて手渡してくれる。
口をモグモグさせながら。
この顔、何かに似ているな……
あぁ、そうか。ドングリを頬張るリスだ。
「おぉ、ありがとう。まずは座ろうか」
窓際の日当たりのよい席に腰を落ち着けて菓子を吟味することにした。
「これは団子? だな」
皿の上には白くて丸い団子が二つ。
とてもシンプルな見てくれだが、よく見ると透明感のある皮の中に餡のようなものが透けて見える。
取り合えず、菓子切で真ん中を割ってみると、中からとろりと蜜のようなものが流れ出す。陽の光を受けて琥珀色に輝く様子は美しく、なかなかに
口に入れると、出来立てホヤホヤの柔らかい団子の皮と蜜の風味が溶け合い口の中に広がった。
ふむ、まぁ美味い。だが……
「どうですか? 先輩」
ママミが真剣な表情で目を覗き込んでくる。
「うん、まぁ美味いかな。白玉粉を使っているのか、この滑らかさと透明感のある皮は上品だ……で、この中の蜜は、とろみをつけた砂糖醤油にゆずの香りが
「本当に美味しいですか?」
――どういう意味だ?
正直なことを言うと、このみたらし団子の反転版を食べた第一印象は、作り立てホヤホヤと言うアドバンテージを以てして、普通に美味いという程度のものだった。
これを食べるためにササヤマファミリーが遠路遥々家族旅行で来るほどの味とは思えなかったのだ。
こいつはどういう回答を期待しているのだろうか……
「ササヤマはどう思うんだ?」
私はママミの真意を確認するために、教育担当の権限を発動し、質問に質問を返した。
「美味しくありません! 味が落ちました」
ママミはモグモグと口を動かしながら言い切った。
「どの口が言うか……」
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