第31話 ドンドン団子

 ママミのやつ、これからクライアントになるかもしれない会社の製品をディスるとか……私は慌てて辺りを見回した。


 ご年配夫婦と目が合う。

 聞かれてしまったか?

 先ほどから、興味深そうにこちらのやり取りを見ている気配は感じていたが……


「あーら、あなたもそう思うの? そうよねぇ、味落ちたわよねぇ」

 意外なことに、奥さんがママミの意見に賛同した。


「はい! こんなのドンドン団子の方がずっと美味しいです!」

「ほんとよねぇ! やっぱりドンドン団子よねぇ!」


 すっかり意気投合した二人は手を取り合わんばかりの勢いだ。

 それにしても、なんだ? ドンドン団子って?


 試食用の紙皿を見ると『雪のゆめ』という、よく言えば上品、悪く言えばありきたりな名前が書かれている。

 うん、間違いない。これがこの会社の看板商品だ。

 間違ってもドンドン団子なんて言うおかしな名前ではない。


「ドンドン団子はこの店一番の名物だったんですよ……その団子にはいわれがありましてな……」


 初めて聞く単語のヒントを探して辺りを見回していると、今まで静かにお茶をすすっていたご主人が突然口を開いた。

 昔話が始まりそうな語り口だ。


「昔々、その昔、この裏山に寂しがりやのキツネがおったそうで……」

 ――やっぱり始まってしまったか、昔話。

 どうする? 途中でめるのも失礼だし……

 これから調査することがまだ残っているというのに、困ったことになったぞ。


 何とかうまく離脱する方法はないかと考えながらママミの様子を伺うと、やつはお茶と試食用団子の乗った紙皿を手に、万全の視聴体制を整えていた。聞く気満々だ……


 こうなっては仕方がない。

 私は、調査に『消費者カスタマーヒアリング』という項目を追加し、自分を納得させることにした。そうだ、これは調査の一環なのだ。


 それから三十分、結局最後まで話を聞いてしまった。

 途中からは、ご主人の味のある語り口に引き込まれて、気がつけば二人とも前のめりになっていたのだが……

 結論から言うと、聞いて正解。思わぬ収穫があった。


 ご夫婦が去り、他に誰もいなくなった試食コーナーで二杯目のお茶を頂きながら腕の時計を見る。昼過ぎの会議開始までまだ時間は十分ある。


 ママミはと見ると、試食品を平らげた後の紙皿と試食品の提供口を交互に見ている。お替りしようかどうか迷っているのだろう。


「ママミは知っていたのか? この話」

「はい! 知ってました。でも、今日は今までで一番楽しく聞けました! あのおじさん、お話が上手ですよねぇ」


 ママミは黒文字を紙包みに戻しながら答える。お替りはしないことに決めたようだ。


 それは、稲穂堂の設立につながるエピソードだった。

 昔話なので真偽のほどはわからないが、その言い伝えによると、稲穂堂のルーツはこの辺りに住んでいたキツネのために初代が考案した「ドンドン団子」にあるらしい。


 この敷地のどこかにおやしろがあって、今でもそのキツネをお稲荷さんとして祀っているとのことだ。


 ブランドの裏にストーリーあり。

 私は、老舗に相応しいいにしえの物語を、三百五十周年企画の提案書に盛り込むことを決めた。


「話を聞いていたらドンドン団子と言うのを食べたくなってきたな、もうここでは作っていないのか?」

 ドンドン団子マスターのママミに訊ねる。


「こっちですぅ」

 そう言うと、ママミは入ってきたドアとは反対の突き当りにある扉を押し開いてラウンジから外に出た。


 ドアには、流れるような筆文字で『ドンドン団子はこちらにあり〼』と書かれた小さな紙が貼られている。


 最新の工場に、筆文字の小さな貼り紙。

 ちぐはぐしているな……新旧どちらが本当の姿なんだろう?


 企業の進むべき方向に迷いがある、そんな印象だ。

 私は一人首をかしげた。



「おはようございまーす! やってらっしゃいますかぁ?」

 ママミは庭に出ると真っすぐに茅葺かやぶき屋根の小屋に向かい、元気な声を張り上げた。


「いらっしゃーい、どうぞお入り下さい」

 中から小さいが張りのある声が応える。


 ママミについて中に入ると、囲炉裏端に座ったおばあさんが笑顔でおいでおいでをしていた。


 着物に割烹着と頬被り。

 そのおばあさんがまとう雰囲気は、今しがた聞いた昔話から抜け出してきたかのようだ。


 ママミが近づいていくと、そのおばあさんが破顔した。


「ありゃぁ! マミちゃんかい?」

「おばあちゃん! お元気ですかぁ?」


 なに? この二人は知り合いなのか……

 ママミがまだマミと呼ばれていた頃からの付き合いということか。

 話が読めない自分は、空気となって脇から様子を伺うことにした。


「あのときは本当にありがとうね」

「もう大昔の話ですよぉ」


「ははっ、大昔かい。そうなるかねぇ……でもね、いつまでたっても感謝しかないよ。ここがあるのはマミちゃんのおかげなんだからね」


 なんだ? ママミのおかげでここがある? これは聞き捨てならない……


「そんなぁ~言いすぎですよぉ。それよりドンドン団子下さいな」


「マミちゃんは本当に好きだねぇ……もうじき焼けるから好きなだけ食べてって。今日はお父さんとお母さんは一緒じゃないのかい?」


「今日はお仕事で来たんですよ、だから両親はいません!」

 ママミが腰に手を当てて、なぜか自慢げに胸を張る。


「仕事で? そっか、マミちゃんももう社会人だものね。何の仕事しているんだい?」


「素敵なものがここにありますよ~って、世界中の人に伝えるお仕事です。それで、ドンドン団子を食べに来ました」


「へぇー、そんな仕事があるんだねぇ……ドンドン団子を食べる仕事?」


「ドンドン団子だけじゃないですぅ、もっといろんなものも食べるんですけど、今日はドンドン団子なんですよぉ」


 お前の仕事は何だよ! と、ついツッコミたくなったが、実のところ私の気分はよかった。

 それは、『素敵なものを世界中の人に伝える』というママミの言葉が気に入ったからだ。


 宣伝というとなぜか、金にまみれたイメージや胡散臭い印象を持たれがちだが、それが本来の姿ではないと私は考えている。

 ママミの言葉は、私たちの仕事の本質というか、あるべき姿を言い表しているように感じた。


 さて、ここまでの話を整理すると、ママミがまだマミと呼ばれていた頃にここで何かをしでかした。そして、信じ難いことにそれはどうやら善行の類らしいということだ。


 これはアドバンテージだ。詳細の聞き取りに入ろう。

 私は、おばあさんと楽し気に話をしているママミに目配せをした。


「で、こちらが会社の先輩ですぅ。今日は二人でお仕事にきましたぁ」

 すかさずママミが話を振る、絶妙のタイミングだ。

 本当に何者なんだよ、こいつ……


「はじめまして、サカキと申します。突然押しかけてすみません、今日は稲穂堂さんのことを勉強しにまいりました、よろしくお願いいたします」


「あれあれ、遠いところよくいらっしゃいましたねぇ。イナダです。今日は沢山食べて行ってくださいね、ドンドン団子。まぁ、上がって下さいな、どうぞどうぞ」


 誘われるままに、靴を脱いで土間から板の間に上がり、いろりを囲んで置かれている円座に座った。


 幅広の床板に太い柱、そして上を見上げると、長年煙にいぶされた火棚の竹が目に入る。長い年月としつきが染み込んだそれらは、黒く、しっとりと輝いている。


 イナダおばあさんは、囲炉裏の灰に刺した串団子をくるりくるりと裏返し、満遍まんべんなくこんがりと焼いていく。その様子をじっと見つめるママミの目には、団子を炙る炎が熱く揺らめいている。


「イナダさんはウチのササヤマとお知り合いのようですね」


「えぇ、マミちゃんがまだ小さい頃からね、毎年ご両親と一緒に来てくれましてねぇ……その頃この辺りは今みたいに開けてなくて、地元の人しか知らないようなお店だったのにねぇ。どこから来たのかって訊けば東京からだって言うじゃない、みんなびっくりしちゃって」


 それはびっくりするだろうな、東京からこの山の中まで、わざわざ団子を食べに来る家族……


 イナダばあさんは懐かしそうに眼を細めながら団子を一串抜き取ると、こちらに差し出した。


「はいどうぞ、焼きあがりましたよ。熱いから気を付けてくださいね。マミちゃんは次ね」


「ありがとうございます、いただきます」

 私はドンドン団子を受け取ると、まずはその姿を鑑賞した。


 太い竹串に団子が三つ、平たく押しつぶされた形で刺さっている。

 これは火であぶることを前提とした形だな。

 その形のおかげで全体にまんべんなく、実にいい具合にこげめがついている。


 団子の表皮は米粉の生地か……さて、中身は何だろう? 想像するだけで思わず唾液が溢れる。


 一口かじる。

 香ばしい……

 こがこがと炙られた団子の皮に炭火の香りがほんのりと移り、口の中に広がる。

 表面のさくりとした歯触りと、中のモチモチとした食感が混ざり合い、なんとも豊かな食べ心地だ。

 まだ皮の部分だけしか食べていないのに、思わずうなずいてしまう。


 もう一口食べる。

 中身に届いた。

 味噌だ、しかしただの味噌じゃない。

 なんだ、これは?

 そうか、水飴を絡めたクルミが練りこまれているのか……


 さらに一口かぶりつく。

 味噌の風味とコクに飴の粘りと甘み、そしてクルミを噛みしめたときににじみ出る上品な油分。それが香ばしくもモチモチとした皮と混ざり合い一つになる。

 素材一つ一つの風味が際立ち、それでいて一つの味にまとまっている。


 気がつくと私は、手に残された串をじっと見つめていた。


「どうですかぁ? 先輩~」

 ママミの声にハッと顔を上げると、ママミがこちらの顔を覗き込んでいた。口の端には、まさかのよだれが光っている。


 ケイ君の前では絶対にその姿を見せるなよと思いつつ、私は口を開いた。

「イナダさん、とてもおいしいです。もう一ついただけますか? それとササヤマ、昔ここで何があったか聞かせてもらえるか?」


 私は他に来場者が来そうにもないこの囲炉裏端で、ママミが過去にやらかした出来事を聴取することにした。

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