第27話 アレですよ? 本当に

「その、何といいますか……うちの弟、ですよ? 本当に」

 身内を評する言葉としては、なかなか耳にすることのない表現が飛び出した。この優しいモモさんをもってしてこの評価、弟さんっていったい……


「いいえ、断言しましょう。と言うならこちらの方がよほどです。間違いなく」

 もちろんママミのことだ。

 他人を評するにしてはあまりにも遠慮の無い言葉だが、この表現には十分な裏付けがある。私は自信を持って主張した。


「「人は好いのですが……」」

 言葉が重なり、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。


 弟さんの写真の前で固まってしまったママミだったが、それを再起動するのにゆうに三十分を要した。

 その際、で弟さんに面会させてもらう約束を取り付け、その後の夕食の席では弟さんのことをモモさんとキクさんから根掘り葉掘り訊き出したママミは、フワフワとした足取りでタチバナ家を後にした。


 台風一過のダイニングキッチンで、モモさんの入れてくれたお茶の香りに癒されながら緊急会議を開催中だ。

 キクさんは何やらニコニコしながら二階の寝室に上がってしまったので、モモさんと私の二人っきりである。


「それにしても、これから先、私たちに何か出来ることがあるのでしょうか?」

 モモさんが首を傾げる。


「うーん、あの様子なら放っておいてもくっついてしまいそうな気がするけど、二人を対面させるまでが神さまのお手伝いと言うことかな……」

 私は、二人を結ぶ……いや、ぐるぐる巻きに縛り付ける運命の赤いロープを思い出していた。


「神さまからは何か?」

「それが、お出かけのようで、呼びかけてもお返事が無いんですよ。休まれているのかしら」


 神さま、昨夜は大ハッスルだったからな……


「そうかも知れないね……神さま昨夜は長い間話をされていたから。ところで、弟さんとササヤマの顔合わせはいつ頃になりそう? と言うか、勝手にこんな話を進めて弟さんは気を悪くしないかな?」


 自分ならどう感じるだろう? モモさんに出会う前ならともかく、今の状態でこんな話が来たら迷惑以外の何物でも無い。


「大丈夫です」

 モモさんが間髪入れず断言する。


「つき合っている人がいるとかは?」


「あり得ません」

 モモさんの顔が少し陰る。


「あのこ……ケイに限ってそれはありません。なので、あの二人が赤い糸、いえ、ロープでつながっていたとしても、本当に結ばれるかどうか心配なんです」

 小さな肩が力なく落ちる。


「――もしよければ、詳しく聞かせてくれる?」


「ケイは、人に関心が無いんです。これっぽっちも」


「――と言うと?」


「ケイは何と言いますか、子どもの頃から自分の世界を持っていまして……その世界の外のことには一切興味がないんです」


「ほう……」


「なので、自分の世界の外にいる人……ママミさんと突然引き合わせたとしても、本人が気を悪くする心配はないのですが、ママミさんが目の前に居ることすら気が付かないのではと……悪い子じゃないんですよ、家族には本当に優しい子で……でも、とても失礼なことになりそうで」


「なるほど……」

 私は香り高いお茶を一すすりして考えた。


 みずから好んで自分の世界に閉じこもっているらしい……これは手強そうだ。


 しかしモモさん、ママミを甘く見てはいけない。

 あいつなら弟さんの張り巡らした障壁や結界がどれほど強力でも、ものともせず突き進むのではないだろうか……


 満面の笑みでくるみちゃんを抱え、巨大なドリルを手にしたママミの姿が頭に浮かぶ。私は慌てて頭を振り、そのイメージを追い出した。


「それはそれで仕方がないのでは? もし、弟さんの眼中に自分がいないと言うことが分かればササヤマも諦めがつくでしょう。それより、ここで会わせなければ、それこそあいつ暴れ出しますよ」


「そうですね、あの様子では……会わせると約束もしましたし。あとは成るように成れですね……でも、やっぱりママミさんのことが心配です。あんなに素直で真っすぐな方に、いやな思いはさせたくない……」


「モモさん、気に病まないで。その時は二人でササヤマをケアしよう」

 私はテーブルの上で組まれたモモさんの小さな手を取った。

 冷えた指先を温めるように包み込むと、モモさんはようやく笑顔を取り戻した。


「はい、シンさん。その時は助けて下さいね」

 人に頼られるというのは悪い気がしないものだ、特に惚れた相手の頼み事となれば。


「任せといて、モモさん」

 ママミの失恋はもちろん胸が痛むが、その時はモモさんを慰めることが出来る。となると……それはそれでまあ仕方がないかと思えてきた。ママミ、すまんな。薄情なようだがそれもまた人生だ。


「シンさん、ありがとうございます。覚悟ができました。うちのケイも、いつまでもあのままという訳にはいかないので、ちょうどいい機会ですね。そうなると、の日取りですが……ちょっと失礼しますね」


 すっかり落ち着いたモモさんは、一言私にことわると、スマホの画面をフリックし始めた。弟さんの予定を確認しているのだろう。

 それにしても、モモさんの中ではこのイベントは既にになってしまっているのか……これは大ごとだな、私も気を引き締めなければ。


「いつ頃になりそうですか?」


「えーっとですね、確か……あった! いま大学の研究で東北に出かけているらしくて、帰りに東京に寄るというメッセージを受けていたんですよ。予定通りだと金曜の夜ですね」


「金曜の夜? というと明後日か……なんと、ササヤマがクルミちゃんを引き取りに来る日か」


 モモさんと私は神さまのあまりの段取りの良さに呆れ、顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。

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