第24話 師匠と呼ぶことにした

「と、いう訳だ! わかったか」

 その声に目を開けると、そこは馴染みのタチバナ家のキッチンだった。

 あぁ、戻ってきたんだ。


 あれだけの長編スペクタルだったにもかかわらず、夢を見ていたのは、ほんの一瞬のことだったようだ。

 キクさんは、不思議そうに首を傾げてモモさんと私を交互に見ている。


「と、いう訳だ! わかったか」

 私がまだ、夢の余韻に浸ってボンヤリとしていると、ドヤ顔のモモさんがもう一度繰り返した。


 私は寝ぼけまなこでモモさんを見つめる。

 ――カワイイ。でも、今の中の人はククリさまなんだよな。

 それにしてもククリさま、お人好しだったなぁ……ふふ。

 

「と、いう訳だ! わ・か・っ・た・か!」

 思い出し笑いを浮かべるだけで返答をしない私に、三度目のセリフを繰り返しながら、今度は人差し指で頰を突いてくる。仕方がないので返事をした。


「――はい、なんとなく」


 命の危機にあった赤子、そう、あれがキクさん。モモさんのおばあさんだったわけだ。その身体に飛び込んだククリさまの力が引き継がれ、孫のモモさんに類稀たぐいまれかんなぎの素質を持たせた。

 つまりは、そう言うことだ。

 それについては、ククリさまの夢で十分に理解した。


 少し頼りない返答になったのは、同じく夢の中で語られた『ククリさまのアクティヴィティーを手伝う』ということについて、いま一つ理解が追い付いていないためだ。


「なんとなく? 頼りない返事じゃな。これから山ほど仕事があるのだぞ、そんなことで大丈夫なのか?」

 モモククリさまは、あきれたような表情で少し仰反のけぞった。


「神さま、少しモモさんと話をさせて頂いても?」


「ん? あぁ、よかろう。モモもお前と話したがっておる。こら、モモ、押すな! 慌てるでない! こらっ!」

 中で何が起こっているのだろう……私は深く考えないことにした。


「シンさん、大丈夫ですか? ちゃんと夢から戻られました?」


「ありがとう。大丈夫、戻ったよ。モモさんの方こそ大丈夫? 辛いこととか嫌なこととかない?」


「はい、大丈夫です! 安心してください。ククリさま優しいんですよ」

 私は、自分の身も顧みず赤子を助けたククリさまの姿を思い出して、そうだろうなと頷いた。


「で、神さまのアクティヴィティーの話……手伝うって言っちゃったけど、あれでよかったんだよね?」


「もちろんです、シンさんならそう答えてくださると思ってましたから」


「――ところで、どんなことをするのかな?」

 私は声を潜めて訊ねた。

 モモさんの中に同居するククリさまにも当然聞こえているはずだから、ひそひそ話も意味はないのだが、なんとなくそうなってしまう。


「私もよくは分からないんです……ねぇ神さま、私たちはどのようなお手伝いをすればよいのですか?」

 モモさんは少し横を向き神さまに話しかけた。


「決まったことをするわけではない、その時々によってやることは異なる」

 こんどは反対側を向いて神さまが答える。

 

 これは……

 うん、落語だな。

 

 ククリさまの時は、下手(向かって左側)に向かい少し低い声で話しかける。顎を上げているのでかなり偉そうな態度に見えるが、まぁ、神さまだから当然か。


 一方、モモさんの時は、上手(向かって右側)に向かい柔らかく話す、少し上目づかいになる。


 私は、神さまが降りたこの状態のモモさんのことをと呼ぶことにした。


「あら、あらあら、ククリさまがいらっしゃるのね?」

 私たちのやり取りを興味深そうに眺めていたキクさんが、ようやく状況が呑み込めたようで、師匠に話しかけた。

 しかし、この状況が理解できるとか……


「あぁ、ここにおるぞ。キク、息災で何よりだな」

「はい、お陰様で。いつも私共をお守り下さりありがとうございます」


 神さまと茶飲み友達のように気軽に話をしてるな、タチバナ家おそるべし。


「あの、ククリさまはキクさんの中にいらっしゃったのでは?」

 私が夢で見たのは、キクさんの身体に飛び込むククリさまの姿だった。それがなぜ、今はモモさんの中に?


「昔はな。だが、我の力は弱っておったから、キクとは話もできず、ただ見守るだけであったが」


「このようにお話しするのは初めてですね、でも、いつもククリさまが側にいてくださるのを感じていました」


「キクも分かってくれておったか、そうかそうか」

 モモさんの姿でククリさまが、うんうんと頷く。


「シンや、我は力を取り戻しつつあるが、まだ万全ではない。世の中に触れるためには仲立が必要となる。それも、強い力を持った者がな」


「それがモモさんという訳ですね」


「そのとおり、キクも素質は持っておるが、孫のモモの力が飛びぬけておってな、今はこのモモに力を借りているということだ」

 モモさんの姿をしたククリさまは、その胸をポヨンとたたいた。


「では改めてここに宣言する! 活動再開だ! シン、モモ、巷で良縁の兆しを集めてくるのだ」



 こうして私は、彼女のモモさんと一緒に神さまのアクティビティーとやらをお手伝いすることになった。



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 これにて第二章は終了です。


 ククリさまとタチバナ家の関係を中心に書いてみました。

 少し地味な章になってしまいましたかね……


 神さまと人々のやりとりから、アットホームな雰囲気や、意外と身近な神さまとの距離感を伝えたかったのですが、成功していますでしょうか。


 さて、いよいよ次章から「ありとあらゆるものをくっ付ける」神さまのアクティビティーに焦点を当てます。「縁結び編」開始です。

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