第22話 労使交渉

「我は本日より活動を再開する!」

 神さまは力強く宣言した。


「活動ですか?」


「うむ、今様に言うなればと言うやつだ。ここ最近は火消しばかりに力を使っておってな、なかなか本来のに力を入れることが出来なかったが、使い果たした力もようやく戻ってきた。かんなぎも現れたしな」

 神さまは、妙に本格的な発音の英単語を説明に織り交ぜ、一人満足げに頷いている。


「英語、お上手ですね」

 スルーしてもよかったのだが、と言う度にチラリチラリとこちらを見やる神さまの素振から、これは少し撫でておかねばと日頃の「接待スキル」が発動した。


「ふふん、近頃は異国より参る者達も多くてな、ひょっとして有名なのかのぉ、世界的に?」

 神さまは心地よさげに顎を上げている。よし、撫でて正解。


「で、巫と言うのは?」

 あまり撫ですぎると慣れてしまうので、早々にリップサービスを切り上げ、話を戻す。


「この娘よ」

 モモさんの姿をしたククリさまは、少し物足りなさそうな表情を見せながらも、そこそこ満足げに自分の鼻先を指差す。


「あぁ、それでモモさんの姿なのですね」


「いや、今の姿はそれとは関係ない、ここはお前の夢の中だ。われが夢に現れるときは、その者が最も心を寄せている者の姿になって現れる。お前の場合は、それがモモだということだ」


「夢の中では、人それぞれで神さまの姿は異なると?」


「そう言うことだ」


「なるほど……その一方で、この世にあらわれるときは、巫であるモモさんの身体に降りるので、誰が見てもモモさんの姿ということですね」


「うむ、お前の場合は、我が降りる巫と思い人が同じゆえ、夢でもうつつでもモモの姿だがな」


「ところで、神さまがモモさんの身体に降りられるときには、モモさんはどこにいるのですか」


「心配か?」


「はい」


「そんなに怖い顔をするな、モモを身体から追い出したりはせんから安心しろ。普通は神が降りれば巫の心は眠るのだが、この娘、モモは神と通じる力が強い。眠りもせずに我の隣でお前のことばかり話しておるわ……少し静かにしてほしいのだが、お前と同じで我に対してまったく遠慮がない」


「そ、そうですか……それはよかった」


「話がそれたな、戻すぞ……我は結びの神、ありとあらゆるモノを良縁にてくっつける、それこそが我の!!」


「――それは結構なことですね」

 ありとあらゆるモノって何だろうか……くっつけるのは人だけではないのか? なんだか接着剤の宣伝文句みたいな安易な響きが気にはなるが、まぁ、神さまがやる気満々と言うのは良いことだなのだろう。私は僭越ながらも賛同の意を示す。


「そうであろう? 喜べ、そこでお前の出番だ」


「――え?」

 お前の出番って……

 私は軽率に賛同した自分を恨んだ。


「楽しみであろう、五百円玉男」


「その呼び名は勘弁してください、シンです。それに、出番と言われても何をすれば良いのやら……そもそも私に務まりますか? 神さまのお手伝いなど」


「務まる、務まる、心配ない。と言うか、お前にしか出来ないことがある」


「私にしか出来ないこと?」

 オッサンキューピットという禍々しい言葉が、おぞましいビジュアルとともに思い浮かぶ。

 私は心の中で祈った、その方向はナシでお願いします。


「正確に言うと、モモとお前の二人にしか出来ないことだ。万象を良縁にて結ぶには、強い絆の力が必要となる。それがお前たちと言うわけだ」


「誠に申し訳ないのですが、まったく分かりません」

 どうやらオッサンキューピットの役ではないらしい。私はひとまず胸を撫で下ろしたが、意味の分からないことには変わらない。


「結びの効力は連鎖する。お前たちの強い絆はチェイン・リアクションを誘発する力を持っている。ということだ」


「チ、チェイ……もう少し簡単にお願いできますか?」


「――お前達のバカップルぶりが周りに伝染するということだ。分かったか? これ以上言葉を平らにはできんぞ」


「とてもよく分かりました。軽く馬鹿にされていることも分かりました」


「分かればよい。お前達には現場に飛んでもらうことになるからそのつもりでな。さあ、忙しくなるぞ~! お~!」


 神さまは、私のささやかな抗議にまったく気が付くこともなく、満面の笑みで片手を突き上げ、決定事項の伝達を行う。


 これはマズイ……

 広告代理店という仕事柄、ブラックな依頼に敏感な私は、社会人としての必須スキル「労使交渉」を発動した。


「あの、もし仮にですが、お断りした場合はどうなりますか?」


「――えっ!?」

 神さまは心底驚いたような顔で固まってしまった。万が一にでも断られることは想定していなかったようだ。


「こ、断る? まさか、そんなことが……」

 今まで人に断られるという経験がなかったのかもしれない。


「神さまは今まで、祈願されたことを断ったことはありませんか?」

 少し意地悪な質問だが、ここは交渉の正念場、許してほしい。


「――その者の為にならぬことは放っておく、誤った考えの者は正す……すべての祈願を叶えることはない……」

 神さまがしょんぼりとうな垂れる。


 やはり、この神さまはとんでもなくお人好しらしい。

 今の言葉、裏を返せば、真っ当な祈願は断わらないということだ。

 まぁ、自身を削ってまで人間を守ってしまうような方だし……


 私は心を決めた。

 ただ、その前に確認すべきことがある。


「神さま、モモさんはどう言ってますか?」


「――モモは、お前に従うと言っておる……」


 もしモモさんが嫌ならば、人に押し付けず自分で断るに違いない。そういう人だ。私に判断を委ねるということは、モモさんは助力してもよいと思っているということだ。


「承知しました。神さまのお手伝いをさせてください」


 神さまが、パッと明かりが灯ったような笑顔を持ち上げる。

「そうか! 引き受けてくれるか!」


「はい、どこまでお役に立てるか自信はありませんが……」


「んふふ~、心配せずとも、お前達の力があれば出来ぬことはない。超強力なのでな」


「それと、仕事もありますので、急な現場派遣はちょっと……できる範囲での対応となりますので、ご承知おきの程お願いいたします」


「うん、うん、分かつておる、分かっておる」

 神さまの喜ぶ様子を見ていると、なんだか心が温かくなってくる……


 その時、背景で早送りされていた映像に色が付き、通常の速度に戻ったかと思うと、それまで消えていた音があふれ出し、再び出産を取り巻く喧騒の中に引き戻された。

 いよいよ誕生間近という場面らしい。


「では、シンよ、もう少し見学しておれ。なぜモモが巫の力を持っておるのかが分かるであろう」

 神さまはそう言うと、私の横から離れ、妊婦の傍に寄り添った。

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