第15話 この子、男の子です!

「ふぅ……行ったか」

「行っちゃいましたね」


 私とモモさんは、ママミを乗せたタクシーのテールランプが、車の流れの中にのみ込まれて行くのを見つめながら呟いた。



◇◇◇



 バカップル事件の後、モモさんとママミ、そして私の3人は、桜の木の下を駆け回る子犬が気になって仕方がないので、お茶もそこそこにカフェから出ることにした。


 ママミは桜の木の根元に駆け寄ると、しゃがみ込んで遠慮容赦なく子犬を撫で繰り回し始めた。

「うりょりょりょ」とか「ぐひひひ」とか、言葉にならない音声を発しながら。


 子犬はハッハッと小さな舌を出し、まさに嬉しさ爆発という感じで身体をよじり、腹を見せて転がり回る。

 小さなしっぽが高速ワイパーのように地面の桜の花びらを掃いている。


「あの子とても楽しそう!」

 モモさんがこちらを見上げてニッコリと笑う。

 瞳がキラキラと輝く。


「うん、ササヤマのやつ子犬の扱いに慣れてるな」

 モモさんの弾けるような笑顔に、私は思わずニヤケながら答える。


 暫く子犬とじゃれ合っていたママミは、子犬を持ち上げて私たちの方を振り返ると、そのお腹を見せながら満面の笑みで言った。


「この子、男の子です!」


 声も高らかに男の子宣言をすると、ママミは子犬を私に押しつけて「先輩、だっこしてて下さい」と言い残し、突然どこかへ駆けだしていった。


 暫くすると、折りたたまれた段ボール箱を小脇に抱えたママミが満面の笑みで駆け戻ってきた。

 その箱には、流れるような和の書体で『くるみゆべし』と書かれている。ママミ、この箱、いったいどこで貰ってきたんだ……


「タチバナさん、この子、家に連れて帰ってもいいですか? っていうか、この子タチバナさんとこの子ですか?」


 ママミは手際よく段ボール箱を組み立てながら尋ねる。

 こいつ、訊く順序が逆だな。それに、もう、連れて帰る準備しるよね。


「うちの子じゃないんですよ。何日か前に近所の神社に現れて、飼い主を探したのですが見つからないので家で保護していたんです。でも、どうやってかここまで付いてきたみたいで……」


「じゃあ、じゃあ連れて帰ってもいいですか?」

 ママミが見えないしっぽを振り回してお預けのポーズをしている。


 モモさんの笑顔が炸裂する。

「それだとこの子も喜びます。交番にも相談したのですが、首輪もしていないし飼い主も現れないので、このままじゃあ保健所に連れて行くことになってしまうと……もしも貰い手がいなければ家で引き取るつもりですけど、私の家、もうそこそこ大家族なんですよ……ねっ、シンさん」


 犬の「ダイダイ」に猫の「カリン」、インコの「プラム」「アプリコット」夫婦と、亀の「ブドウさん」「アンズちゃん」親子。タチバナ家の賑やかなフルーツシリーズの面々を思い浮かべていた私は、突然話を振られても狼狽えることなく、その通りと頷いた。


「うん、モモさんの家は大家族だぞ。だからササヤマの家で引き取って貰えるならその方がいいだろうな。しかし、ご家族の方は大丈夫なのか」


「大丈夫でっす! さっき電話したら歓迎会の準備をするって両親が張り切っていました!」


 この娘にしてこの親あり……逆か? まあいいや。

 うん、目に浮かぶようだよ、ササヤマ家。



◇◇◇



 ママミと、くるみゆべしと書かれた段ボール箱を乗せたタクシーが立ち去ってしばらくしてから、モモさんに尋ねた。


「ももさん、今日の話というのは……」

「はい、あの子のことだったんです」


「よかったら聞かせて貰える? もう片付いた話かも知れないけど」

「では、うちにいらっしゃいませんか? ご飯を食べていってください。おばあちゃんもシンさんに会いたがっていますし」


「でも急にお邪魔したら迷惑じゃ……」

「今夜はカレーです。たぁくさん作ってあるんですよ。そこそこ美味しいです」


「いただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る