第12話 マジ、バカップル
「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたら伺いますが?」
ママミへの褒賞のことを考えているとホールスタッフが水を持ってきてくれたので、いつもと同じものを注文をする。
「ミルクティーをお願いします。ホットで」
最初にモモさんとこの店に来たときもこの席だったな……
窓の外を見ると、その時にはまだ堅い蕾だった桜の花が、いまではすっかり綻んでいる。
例年より寒さの厳しかったこの冬の鬱憤を晴らすかのように咲き誇る桜は今が盛りで、町の
モモさんと出会ってから一月が経った。
二人は神社への願掛けというなんとも他力本願なイベントをきっかけに、不思議な縁で知り合った。
彼女は自分より三つ年下だが、歳や外見の可愛らしさに似合わないしっかりとした振る舞いに、自然と「モモさん」とさん付けで呼んでいる。その方がしっくりくるからだ。
モモさんの仕草や表情を思い浮かべながらぼんやりとしていると、窓から誰かがこちらを覗いていることに気が付いた。
くすんだ色のスーツを着たサラリーマンだ。わざとこちらの視線にまで腰を下げて、にやついている。
なんだこいつは、失敬なやつだ、と思った気持ちがこちらの顔に出たのだろう、相手もすぐに不機嫌な表情になり、そして今にも泣き出しそうな顔つきになった。
ガラスに映った自分だった……
お約束だな。
熱い紅茶を一口すすり気持ちを落ち着けていると、窓の外、桜の木の根元になにやら動くものが目に付いた。
コロコロと転がるように走り回る、茶色い毛玉のような……
「シンさん、お待たせしました」
不意に両肩に置かれた小さな手に振り返ると愛しい笑顔が目に入った。
「こっちもさっき来たところですよ、モモさん走ってきたの?」
頬を桃色に染めた彼女の細い肩が上下している。
モモさんは、一度深呼吸をするように息を整えると前の席に腰掛けた。
「えぇ、お待たせしてはいけないと思い」
「惜しい、いい線行っているけどもう少し他の言葉の方が嬉しいな」
「――本当は、シンさんに早くお会いしたくて走ってきました」
彼女はそう言い直すと、にこりと微笑んだ。
その輝くような笑顔に、話を振った自分の耳が熱くなる。
「バカップルだね」
思わず照れ隠しを口にする。
「バカップルですね」
モモさんの目が楽しそうに細められて小さな口元に白い歯がのぞく。
いつからそこにいたのか、テーブルの脇ではホールスタッフが紅茶と水の乗ったトレイを片手に、声を掛けるタイミングを見計らっていた。
その不自然なほどに冷静な表情から察するに、おそらく一部始終を見ていたのであろう。トレイを支える手が細かく震えている。
申し訳ないような恥ずかしいような、しかし、決して悪くは無い心持ちに浸っていると、おかしな音が聞こえてきた。
「ぐっ、ぐぐっ、ぐっ、ぎゅっ」
モモさんもそれに気が付いたらしく、音のする方向、薄い仕切りで隔てられた隣の席に視線を向けて首を傾げている。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ、うぐっ」
音は未だ続いていた。
困ったことに、私はこの音に聞き覚えがあった。
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