第4話 万能か⁉ 青信号断ち

 また、ある交差点では、信号待ちの間に本屋の店頭に並ぶ雑誌の見出しを楽しむ自分がいる。


 普段、雑誌と言う物をはほとんど読まないのだが、改めて見ていると面白いことに気が付いた。


 言葉や書体の選び方一つ一つに、人の気を引くためのノウハウや編集者の想いが読み取れるようになり、この業界におけるお約束のようなものが見えてきたのだ。


「榊君。この提案書だけど……」

 ある朝、課長から声をかけられた。

 温厚で寡黙な昭和のおじさんだが、提案書のクォリティに限ってのみ滅法めっぽう厳しい突っ込みを入れるという、少し変わったスイッチを持つ上司だ。


 その手には、どうせ修正が入るだろうからと、早めに仕上げて提出しておいた提案書が握られている。


「あぁ、それは来週末のコンペで使うプレゼン資料です。少し早めにできたので確認していただけますか、まだ期日までには時間がありますので、存分に叩いてください」


 そら来た! でもね、修正作業は日程に織り込み済みですよ。と余裕の表情で返したところ、次に課長の口から出た言葉は意外なものだった。


「いや、よくできてるよ、これ……クライアントに伝えたいことが漏れなく、分かり易く! しかもインパクトのある表現で盛り込まれているじゃあないか!!」


 課長は、絶賛のコメントをクレッシェンドしながら、手に持った提案書に目を向けて何度も頷いている。


 心当たりはある。

 おそらく、信号待ちの時間に本屋の店頭で習得した見出し作成スキルが功を奏したのであろう。


 その後、青信号断ちの賜物たるプレゼン資料は、社外向け説明資料の共用テンプレートとして部内のサーバーに登録されることになった。



 また、家の近所の信号では垣根からのぞく草木の種類に詳しくなった。


 さすがに梅くらいはもともと知ってはいたが、木瓜ぼけ蝋梅ろうばいなどは、通りがかりに目にした木々の特徴から、会社のPCで検索をして名前を特定した。万作に至っては信号待ちでぼんやりと眺めているときに庭の手入れをしていた上品なお婆さんから話しかけられ、その流れで憶えてしまった。


 そのお婆さんとはその後もちょくちょく話をする仲となり、三度目に会ったときには、大きくて丸い、見事な柿をいくつも貰った。


 一人ではとても食べきれないので会社に持って行ったところ、課の女の子たちが三時のおやつに切ってくれたのだが、とても上手に剥かれていたので素直に感心していると、温かいお茶がついてきた。

 程よく熟した柿はとても甘く、大好評を得た。


 課長の話によると富有柿という種類らしい。

 妙に詳しいので理由を聞いてみたところ、自身の出身地の名産とのことで、普段は提案書以外のことにはまったく興味のない課長が、故郷の柿について熱く語る姿に、午後のオフィスはいつになく和んだ雰囲気に包まれていた。


 もちろん、そのことはお婆さんに報告してお礼を言った。

 すると、たいそう喜んだお婆さんは「じゃあ次はモモだね」と笑った。

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