お別れ会 4

鶴子は亜美と取り止めのない話をしていた。

こんなに話したのは初めてかもしれない。なぜなら鶴子の周りには、いつも大人たちがいたからだ。

どんなに離れていても監視されている感覚が纏わりついていたからだ。

「ねぇ、つるちゃん時々教室の後ろをじぃーっと見てるでしょ?」

「そうかな?」

「ほら、ロッカーの方」

「ああ、うんうん。」

「あれ、なにしてるの?」

「うーんとね。。。」

つるこは少しためらった。母からは年長さんクラスのみんなや先生以外の人とお話ししてるのは内緒にしておくよう言われていたからだ。

「もしかして内緒なの?」

亜美の大きな瞳がこちらを見ている。内緒なの?と言われると不思議と話したくなる。

「う~ん。」

「じゃあ、誰にも言わないよ。亜美にだけ教えて!」

鶴子は驚くほど胸がドキドキしてきた。頬が赤くる気がする。

「いいよ。」

亜美の瞳も一層大きくなる。

「あのね、ロッカーの所に参観日があるの。」

亜美はキョトンとなる。

「参観日?」

「そうだよ。時々、幼稚園の教室に大人が来るんだよ。」

「ほんと?」

「うん」

「大人って?」

「何も教えてくれない大人も居るけど、この前は先生のおばあちゃんが来てたよ」

「ええーー、参観日に先生のおばあちゃんが来るの!?びっくり。」


「学芸会の日はお父さんとお母さんだけじゃなくてロッカーの上には、いろんな人が来てるよ。、気になって歌を歌うの忘れる時があるの。急に話しかけてくるおばあちゃんとかもいるし。」


「そんなの、困るね。」

「うん。」

わざと困った顔をしてみせたが、実のところ鶴子は感動していた。

いとも簡単に亜美は、鶴子の話を受け入れてくれた。

家族以外の人間と秘密を共有するのは初めての事だ。ついでに自分の事を『鶴子ねぇ』と言っていた自分が、自身をと言ったのも初めてだ。子供は親の監視から外れて少しずつ成長する生き物なのだ。


「つるちゃん、秘密を教えてくれてありがとう!」


亜美は真っ直ぐに鶴子を見つめながら言った。

鶴子はどんどん自分に力が湧いて来るような感覚を覚えた。

その感覚とは裏腹に照れくさくなった。


「うん」と頷きながら頭をかいた。


「あ、そうだ!亜美も何か秘密を言わないとダメよね!?」

「え?」

「だって、つるちゃんだけが告白した事になるでしょ。」


もう何だか鶴子には同級生の亜美が、お姉さんに見えて来た。

自分はいつも大人に守られながら、ぼんやりと一日を過ごしてきたのではないか?今までに誰かの思いや行為にお返しをしようなんて思った事があるだろうか・・・。

そんな思いをヨソに亜美は決意した様に話し出した。


「亜美はね、憧れいてる人がいるの!」

「え?」

鶴子のピンと来ない顔をみて亜美は言い換えた。

「だから、好きな人がいるの!」

「え、好きな人?」

ちゃんと鶴子が理解したかを確認しながら亜美は続ける。

「そう。好きな人」

「だれ?亜美ちゃんの好きな人」

「絶対、内緒よ」

「うん」返事をしながら何度も盾に首を振る。


亜美がその名を言おうとした時に声がした。


「亜美」


鶴子と亜美は同時に振り返った。

老人が子供用の自転車の横に立っている。鶴子は、この老人を知っていた。

「おじいちゃん」

亜美がハっとした様に立ち上がった。


「つるちゃん、おじいちゃんが迎えに来てくれたから。行かないと・・・。」


「亜美、自転車に乗っていくか?」


深い眠りに落ちそうなくらい優しい声だった。

亜美はうなずいた。


「つるちゃん、亜美に会いに来てくれたんだね」


鶴子もコクリとうなずく。

「おじいちゃん、つるちゃんを知っているの?」

「参観日に会ったんだ。」

さあと亜美に向かって手を差し伸べた。


「おじいちゃん、ちょっとだけ待って」


亜美は鶴子の手を取って走り出した。どうやら内緒話の続きをしようとしている。

「亜美、時間がない。」

「すぐに終わるから」


祖父に聞かれない十分に距離をとり鶴子に告げた

の憧れの人はね、りょううんさんだよ」

鶴子は意外すぎる人の名にポカンとした。


「え?良雲さん。」


言うと同時に亜美は祖父の隣に居た。自転車に跨っている。


「待って、亜美ちゃん。」


ゆっくりと亜美と祖父は空へ登って行く。

鶴子もフワリと浮き上がり二人を追っていく。亜美の祖父は驚く同時に慌てだした。


「ダメだ。君はついてきゃダメだ。」

普通ならは一緒に昇れないハズなのだ。


「亜美ちゃん、待って。」

「つるちゃん、会いに来てくれてありがとう。お花、持って行くね。」

「亜美ちゃん、待って。」


亜美は目を閉じて自分の最後の姿を鶴子に見せた。

間もなく小学校1年生になるお祝いに買ってもらった大き目の自転車に乗る練習をしていた。ちゃんと広場で練習をしていたにも関わらず広場に乗り上げて来た乗用車にはねられた。運転席で呆然と目を見開いてハンドルを握る老人の恐怖に支配された顔が最後に見たものだった。

次に意識が戻った時には誰も自分に気づいてくれな有様だった。母はずっと泣いていた。父も親戚も皆が泣いていた。親戚で少し良雲さんに似ている従兄弟いとこだけが涙を流さず、ずっと線香をたき続けてくれた。通夜の夜も、ずっと線香の番をして傍にいてくれた。

亜美は、ああそうかと思った。両親の姿を見るのは辛く、家の外で祖父が迎えに来てくれるのを待っている時に鶴子が会いに来た。

鶴子の姿を見た時にいつもの様に良雲がいるのかと思ったが鶴子一人だった。


「りょううんさんに会いたかったな・・・。」


鶴子は亜美の最後のメッセージを見て思った。

最後に良雲に会わせたいと。 

もしかして振り返ればいつもの様に良雲がどこかから自分をみているのではないかと思った。思ったのがイケなかった。亜美への思いが一瞬途切れた。


「あ」 鶴子を置いて二人は昇って行く。


「待って」亜美が手を振っている。


自分が結界を抜け出してきた・・・。だけど、いつもの様に良雲に一緒に来てと言っていたら、亜美の最後の願いを叶えられたかもしれない。

無性に悲しくなった。「ふぇ、」涙があふれ出す。

その時、声が聞こえた。


「お嬢ぉおおおーーっ」


良雲の声だ。





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