ご神木

結局303号室と405号室にも閉じ込められていた加勢鳥達を開放して、やっと加勢の上は、いづこかへ飛び立った。

帰路に見上げた入り口の槇の木には沢山の白い小鳥達が枝に止まっていた。きっと解放した加勢鳥達なのだろうと鶴子と渕上は思った。



事務所に戻ると、どうしたことか物件を探すお客が順番待ちをしていた。


「お疲れ様!ツルちゃん接客をお願いします。」


山鹿室長が少し申し訳なさそうに鶴子に伝えた。

鶴子は今日の体験を思い起こす暇もなく接客に追われ、物件の案内に出かけた。


19時に閉店後に事務所に戻ると渕上が誰かに電話で苦情を言っていた。


金城きんじょうさんの責任ですから、すぐに来て下さい」

「20時? 30分で来てください!!待っています」


有無を言わせず電話を切った。

櫻田店長と山鹿室長も遠巻きに様子をうかがっている。

鶴子はすぐに渕上のデスクに駆け寄った。

「渕上さん、どーしたんですか?」

「現場監督の金城くんに苦情です」

「渕上さんが、すぐに来いって言うなんて事、あるんですね」

「ツルちゃん、あれ」と言いながら窓の方を指さした。


「・・・・。」

「よく、見て」


指さされた方を注意深く見ると、そこには加勢の上が30㎝バージョンで立っていた。

「あ、ああーっっ。どど、どーしてですか!?」

加勢の上を思わず指をさした。


指をさした方向を櫻田店長と山鹿室長も凝視するが何も見えない。


加勢の上が「こらぁ~指をさすんじゃない!!」言うとフワリと風がたった。

驚いた店長が渕上の傍に駆け寄った。

「な、なんですか今の!!?」

山鹿室長は、そろりと鶴子の横に寄って来た。

営業から戻っていた藤田と森田はデスクの陰に隠れた。

もりや不動産に勤めると普通の社員は、こんな反応になる。

その様子を見て渕上が説明した。

「すみません皆さん、現場からついてきました。」

「危なくないですか?」

藤田と森田は顔だけをのぞかせて聞く。

「ついて来た理由が分かってますので大丈夫です。」


渕上は厳しめに加勢の上を睨んだ

「おとなしく待って下さらないなら、ご神木は届きませんよ。」

「渕上殿、おとなしくする。おとなしくする。何卒、何卒」

「風はいけません」

「吹かせません。吹かせませんから何卒、何卒」


渕上は頷いた。

「12月24日に引き渡されるマンションに住まわれていた神様が、この事務所に来られています。もう風が吹いたりしませんから、安心して下さい。」


この言葉を聞いて森田と藤田はデスクの下から出てきて仕事を始めた。

「慣れたもんだな」と鶴子は感心した。



店長は面白半分に渕上に聞いた。

鶴子と山鹿室長も興味津々で渕上の話を聞いていた。

「金城くん、何したの?」

「金城さんはご神木を救いました。300年も、あの敷地を守っていたご神木が切り倒された時に、切り株から出た芽を持ち帰っていたみたいです。」


「ええぇぇ!!」今度は鶴子が驚いた。


「へぇ~!!お手柄だね」

櫻田店長は手をたたいて面白がった。

「そこはお手柄なんですけど、200近い加勢鳥をマンションの室内に封印してました。」



「加勢鳥ってなに?」櫻田店長と山鹿室長には、ピンと来ない話だ。




ガチャリとドアが開いた

「お疲れ様です!20分で来ました」

金城が入って来た。

両手に大切そうに植木鉢を持っている。

「こちらに下さい。」

金城から渕上にご神木は渡された。

その植木鉢には盆栽と呼ぶにも貧相な挿し木が心もとなく立ったていた。

ザワリと空気が震えた

またもや大粒の涙を流しながら小さくなったご神木を愛おしく包み込む加勢の上の姿を鶴子と渕上は見つめた。


「あの、伐採した木を持ち帰っちゃマズかったですか・・・?」

申し訳なさげに金城が言う。

「いいえ、お手柄ですよ。これ、神様が宿っている木なので。ありがとう。」

「そ、そうなんですか?」

金城にもピンと来ない話のようだったが鶴子も一生懸命、お礼を言った。


「あの~、お手柄なら僕、どーして・・・あんなに叱られたんですかね?」


先程の電話の事を言っているようだ。


「あなたが加勢鳥達を封印したからです!」

「へっ?」

「へ?じゃありません。前にも言いましたけど、アナタは現場監督ですよね?ドアの取り付け工事が終わった後は施工確認しますよね?」

「はい・・・。」

「金城さんのご実家は?」

「拝みやです・・・。」


一同が金城の顔を見る。


「だから、なんですか!!」

「アナタがドアの取り付け確認した時に思う事は何?」

「そ、それは・・・しっかり住む人を守ってくれよっと!!ドアにお願いながら、泥棒とか入りませんように! お客様にカギを渡すまで、渡した後も誰も妙なヤツを通さないでくれよ!って思いを込めて施錠します」


一同が、ああ・・・そうか と言う顔になる。


「はい。その強い思いが加勢鳥達を外に出られなくなる結界を産み、閉じ込めていたんです」


「加勢鳥ってなんですか?」


金城が目を白黒させている。


「ご神木と共にありながら鳥の姿で、そこに住む人々を見守り五穀豊穣を呼ぶ吉祥の神です。ご神木を切り倒されても実態を無くしたご神木と共に自然界で暮らしていたのですが、コチラの世界でマンションが立ったので加勢鳥達の住む空間とマンションの部屋が重なっていたんです。そこに金城さんがやって来てドアの取り付け時に空間も封印してしまったんです」


「なに言ってるんですか!!んな訳ないでしょ!!」


「んな事、あるんです!!」鶴子が割って入った。

「誰ですか?」

「営業の島津です。島津鶴子と言います。加勢鳥達を開放するの、凄く大変だったんですよ! ね、渕上さん」

「はい、大変でした。金城さん、ドアの点検で念を込めて施錠するのは止めて下さい。お願いします。」



金城は結局わけのわからない説教の末、半年ちかく管理して育てた盆栽は置いていくよう言われて帰えされた。

半年間の盆栽に対する「愛着」を主張してみたが、現場から物を持ち出さない決まりを破った事は内緒にしてあげるからと言われて引き下がるしかなかった。


帰り道に何やら幸せな気分と感動が、急に湧き上がり車の中で涙をたっぷり流しながら運転している自分に気づき「ああ、そうか」と思った。














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