住人2

自分の姿が見られている事に興味をしめしたのか、真っ直ぐに鶴子と渕上の方に進み始めた。

渕上が急ぎ鶴子の両肩を持って自分の後ろに導き両手を合わせた。

同時に自身の護法神を呼び出した。

「シロちゃん」

いつもは普通の猫サイズで事務所でくつろいている白猫が白馬ほどの大きさで眩い光と共に現れた。

ふわりと渕上の髪が揺れると同時に強力な結界が生まれる。

真っ直ぐに歩いて来たボサボサの蓑を被ったソレは、はたと足を止めた。

鶴子は黙って渕上の後ろで成り行きを見守るしかなかった。


続いて渕上は二礼二拍手して口上を述べた

「五穀豊穣の神、加勢鳥かせどり様と存じます。何かお困りで御座いますれば私にお手伝いさせて下さい」

「我はこの地で300年間、この地を守りし神じゃ。まこと加勢の上大鳥かせのかみおおどりじゃ」

「はい」

「何故、木の芽の伸び分かれまで見守って来たわれらの木を切った」


言葉と共に凄まじい上昇気流が生まれ突風が吹いた。

護法神のシロが結界を敷いていなければ、そこに居る者は吹き飛ばされ階下のアスファルトに叩きつけられたに違いない。

この日のローカルニュースでは森谷市に突風被害で瓦が飛んだとか、子供が転倒したと騒がれた。


「この地の住人をお探ししましょうか?」


渕上の落ち着いた声を聞いた加勢の上は言葉に詰まった。


「よい・・・。知っておる」


加勢の上は突然へたり込んでしまった。

同時に激しい風も止んだ。


「皆、いなくなった。知っておる。」


渕上は落ち着いた声で続けた。

「2年前です。この土地が手前の会社に売り渡されました。元々の持ち主は楠洋一くすのきよういち様です。」


「よ~いちぃいい~。300年、ずっと見守って来たんじゃ。」

なんと加勢の上はつぶらな瞳から大粒の涙を流し始めた。

そして、身の上話を始めた。

この加勢の上が守り神となったのは300年ほど前の事だった。

楠家くすのきけは元々は農家の出だったが、武家に奉公して武士となった。しかし戦に破れてからは都を逃れ現在の森谷市に根付いた。

その後は農民に戻り農業と商業で家を栄えさせた。

農民でありながら作った作物を独自のルートで売る事が出来たのは元々が武家だったからかもしれない。

そこで五穀豊穣の神と信仰されていた※加勢鳥かせどり信仰を深めたていった。


「加勢の上様がお守りでしたのに、一族が霧散されたのは何故ですか」


渕上が申し訳なさそうに聞いた。


「洋一の父、龍太郎が道路が通ると言って・・・ご神木を切ったのじゃ。」

「そ、そうでしたか。」

「我らはバチを当てたりしていないぞ。本当じゃ」

また大粒の涙を流し、猛烈な風を起こした。


「ご神木はこの地に良き風を呼び込み、悪しき風を異界へ帰しておったのじゃ。

そのご神木を切り倒したのじゃ。今まで繋がっておった異界への道が閉ざされて、悪しき風がこの地に流れ込んだのじゃ。みな、身体を壊してしまった。たった2年で、いなくなってしまった。」


どーどーと風が吹き荒れて、小雨が降りだした。


「加勢の上様、先程・・・あの部屋のドアを見上げておられましたね」

渕上の問いかけに「あっ」となった加勢の上は急に慌て始めた。





※加勢鳥信仰

現代ではこの加勢鳥信仰は秋田県で蓑を被り水を撒くと言う豪快な祭りが毎年行われている。

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