住人 1

顔を見ないようにして首から下、首から下


渕上に言われ、スーツを着た女性の首から下を凝視する。

喉の奥が緊張で閉まる様な感覚がある。


嫌だ、見たくない

鶴子には自分の心の声がはっきりと聞こえた。

鶴子がこの世の人間以外を見たがらないのには理由があった。

本人は記憶の底に、その理由を閉じ込めている。


「ツルちゃん、紀州の赤ちゃんを助けたいんでしょ!?」


鶴子が目を逸らそうとした瞬間に言われた。

カウンターの上で母を呼ぶ、あの赤子の声と姿がよみがえった。


「は、はい!!」


新築マンションの通路の先でドアを見つめている女性の事を、じっと見つめる。

黒地に薄いチャコールのストライプが入ったジャケットは使い込んだ竹ぼうきの様にトゲトゲしたみのに変わった。蓑とは時代劇で見かける雨具である。


そこにいるモノの本当の姿が見えてくると共に、鶴子の胸が高鳴り冷汗が流れる。

また喉の奥が締め付けられるようで息苦しくなる。


「しっかり、ツルちゃん。怖くないから。」


背中に細い手を当てて渕上が支えてくれた。


怖くない 怖くない。 

でも、怖い・・・。 


足が固まって動けないまま蓑の塊に視線は釘付けになった。その時、風が吹いた気がした。 知っている気がする風だった。


不意に思った。

さっき、渕上さんが怖くないって言った。


思わず振り返り、渕上の顔を見た。微笑んでいた。

「ちゃんと見て、怖くないから」


また風が吹く。やはり知っている気がした。


「渕上さんが言うなら、本当に怖くないモノなんですね」


鶴子は初めて自分の意思で、ソレを見た。


みのを被ったソレは短い足があった。小さな足だった。人の足とは違った。

首から上に女性の頭が乗っていると思っていたのに、そこには白い雪が積もっている。手も見えた。手には木の枝を持ち、枝からは艶やかな新芽が伸びている。


何色の花が咲くんだろ?


鶴子が思った時に、ソレがこちらを向いた。

「鳥だ」思わずつぶやいた。

ボサボサの蓑を被ったソレは小さな足を生やし、ひな鳥の様に、まだ伸びきっていない黄色いクチバシを持ちつぶらな瞳を、こちらに向けた。






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