修行不足
窓に目をやると白い猫がいた。すぐに事務所のシロだとわかった。
「あれ?シロちゃん、なんでここに居るの」と言いかけて違和感に気づく。
窓はカーテンで閉ざされていた。猫は室内と言うか屋外にいるのか??
ああ、まただ。頭の中が大混乱。
どうしてシロちゃん、そこにいるの!?
鶴子が混乱を極めている最中に聞き覚えのある声が聞こえた。
「お早うございます」
清が出迎えようと立ち上がったが、ドアが開き人が入って来た。
そこに居たのは小柄で美形の女性だった。
「あ、渕上さん」
「あら、つるちゃん。おはよう。」
祖父の神社に突然現れたのは、もりや不動産の同僚だった。
出勤前に、こんな所で会うはずのない人だ。
最近は何もかもが突然で訳の分からない展開だ。
「あの、渕上さん今日は・・・いったい・・。」
「ぷぷっ」渕上は思わず吹き出してしまった。
「ツルちゃん、ただいま。」
手渡されたのはトカゲの形をした綺麗なマグネットだった。
「スペインのグエル公園でみつけたから」
渕上は公休と有給を纏めて取り海外旅行に行っていた。
「あ、お帰りなさい」
改めて土産を見ると綺麗なモザイク風のマグネットだった。
「あ~、楽しかったわよ。スペイン」
「行き先はスペインだったんですね。これ、可愛いです!」
「きょとーんとしてる顔、ちょっと鶴ちゃんポイでしょ?」
「へ?」またトカゲのマグネットを、まじまじと見た。
また「ぷぷ」と育子は噴出した。
「育子さん、お茶をどうぞ」
清が暖かいお茶と和菓子を差し出した。
「有難う御座います。」
育子は丁寧に頭を下げてから席に付いた。
鶴子も訳が分からないまま席に付き、お茶を飲んだ。
「あの、それで・・・今日は?」
困惑顔の鶴子を面白そうに眺めながら渕上は続けた。
「鶴ちゃんが八犬神社のお孫さんとは気づかなかったけれど、訳あり物件の浄化は長年、渕上神社と八犬神社で引き受けて来たのよ。」
清史郎と清も頷いてみせた。
「私は森谷市の南西に鎮座する渕上神社の神職兼、もりや不動産の事務員よ」
鶴子は椅子から落ちそうになるくらい驚いた。
なんといってもお洒落でスマート、仕事のできる職場の同僚が神職を兼務し祖父と加持祈祷をすると言うのだから驚かないわけがない。
「も、もしかして渕上さんも祈祷やお祓いができるんですか?」
「当然よ。」
「今日、ここに渕上さんが来られたって事は・・・、もしかして紀州の赤ちゃんの事ですか?」
「ええ、少し難しい案件と聞いて来ました。」
「そういう事じゃ」清史郎が膝を叩いた。
「しかし申し訳ない事に、鶴子は修行不足で役に立たん」
少し驚いた風に渕上は鶴子を見た。
「鶴ちゃん、修行不足って本当?」
「あの、その・・・。修行不足と言うより何もできません」
今度はコントの様に渕上がコケそうになった。
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