封印と解放

お出かけ


年が明けた2021年元旦に鶴子は初夢を見た。

その朝、鶴子は泣きながら目を覚ました。それは長い夢だった。

目覚めた時は、その夢の中で自分を必死に助けようと戦ってくれた男の後ろ姿だけしか覚えていなかった。


涙をゴシゴシと拭いながら「すごいドラマチックな夢だったような・・・」そんな事を思った。しかし正月の神社は恐ろしく忙しい。夢の事などすぐに忘れて初詣の氏子を迎えた。


神社は1月6日も変わらず多くの初詣の客が押し寄せていたが、鶴子のダブルワークが始まった。新年の初出勤は雪が降っていた。

空はどんよりと雲が垂れ込めていた。


新年の初出勤をすると事務所の前で山鹿室長と誰かが立ち話をしているのが見えた。

「あの後ろ姿は・・・」そう思った瞬間に、初夢で見た男の後ろ姿が浮かび上がった。


「あっ」


急激に息が苦しくなり喉が詰まった。苦しいと思ったが、もう声が出なかった。

事務所の前の二人を見ながら膝をついた。

山鹿室長が慌てて何か言った。

後ろを向いていた男が振り向いた。

「金城さんだったんだ・・・」鶴子は思ったが、意識はそこまでだった。



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鶴子の母、美和は島津の家に嫁いだ。

美和には兄の清がいたから、何の問題も無かった。そして嫁いで1年足らずで妊娠した。神霊に関わる家に生まれる子には普通に起こる隔世遺伝といえる現象で鶴子は高い霊力を持って生まれる事になるが嫁ぎ先で生まれる子は八犬神社の跡継ぎではない。

実は、八犬神社の跡継ぎとなる子には目印が付いて生まれる。

なんと小さな「石」を手に握って生まれてくるのだ。


八犬神社当主、清史郎は嫁いだ娘の妊娠の知らせを聞いた時、その子に目印が付くとは思ってもいなかったが、胎児が成長するにしたがって不思議な事が起きた。

八犬神社の本流となる大社の神々が清史郎の夢枕に次々と現れた。そして嫁ぎ先に生まれる子が跡継ぎの資格をを持って生まれてくることを察した。


その「石」は大切に保管しても必ず5年~10年で消えてしまう。

鶴子の握って生まれた石は7年で姿を消した。ちょうど鶴子7歳の誕生日だった。

猛烈に高い霊力を持って生まれた赤子にとって、その霊力は時に邪魔になる。

何といっても制御できないのだから周りには、その霊力に引き寄せられる数多の霊や自然霊に器(身体)を狙われる事になる。

当然、家族は結界を張り巡らせて子供を守ろうとするが生きている人間が完璧な守りを続ける事は容易ならざる業となる。その僅かな隙に子供の身体が奪われない為に、石が強烈なお守りになってくれるのだ。

霊力のコントロールと本人の身体が出来上がる頃に石は姿を消す。

鶴子の霊力は歴代の先人の中でも最高クラスだった。

1歳になるまでは、ほとんど結界の外に出る事は叶わなかった。



3月の中旬

守谷市の産婦人科で鶴子の母が妊娠中毒症で出産予定日よりも3週間ほど早く入院する事になった。すると産院の医師と看護師が困惑するほど毎朝、花が届いた。もちろん人からではない。見た事の無い色と形の花々が病院の敷地内と病室に生えてくるのだ。そして窓という窓の外に鳥達が並びさえずっている。これは自然霊からの祝福だっが、室内の鉢植えや屋外の花壇は朝になると満開の花が咲くので院内ではちょっとした騒ぎになった。

八犬神社は本宮に応援要請ををして清史郎をはじめとする神社の正規スタッフは全員が産婦人科に張り付いた。とにかく病室に強力な結界を張り巡らせる事に専念した。

また他の病室に迷惑が掛からぬように各病室に式神を潜ませる徹底ぶりだった。

産院の全体が結界に覆われた後は不思議な花が咲くのは止んだ。


応援要請を受けた八犬系の大社からやって来た神職達は留守をしっかりと預かってくれた。

10日もすると院内に妊婦は鶴子の母だけになった。

この病院に入院していた妊婦が全員、出産して退院した後は誰も入院してくる事がなかったのも何かしたに決まっている。


何かしたと言っても子供が生まれてくる時と場所は綿密に限界(前世)と霊界の間で仕組まれている。この申し合わせを確認しただけの事だ。

他の妊婦のいない産院で生まれた赤子は3150gの女の子だった。



鶴子6歳の3月

いつもなら鶴子の周りには必ず大人たちが取り巻いていたし、神社の外(結界の外)に出る時は祖父母や母が、しっかりと手を繋いでいた。

しかし、この日は違った。

無い事に鶴子は一人で街の中を歩いていた。

神社の階段を下りて駐車場を抜けると田畑が広がっていた。きょろきょろと辺りの景色を新鮮な気持ちで見渡していた。なんと言っても7歳になって、神社の外を一人で歩くのが初めてだった。来月からはランドセルを背負って通学が始まる予定だが、やはり神社の神職が付かず離れず護衛される事を予想していたし少々、うんざりもしていた。

「今日はラッキー。だれも付いてこない」

思わず独り言を言い「ふふ」と笑いが込み上げてきた。

ひたすら真っすぐに歩くと駅が見えた。

「電車に乗るにはお金が必要だな」と思ったがお金は持っていない。

もっと探検しようと決意して、踏切を渡り線路沿いの道を歩き続けた。随分歩いてからポケットに手を入れると小銭が入っていた。

「あれ? 」「電車に乗れたかも」と思いながら歩き続けた。

まだ1本も電車は走らない。空を見上げると電線に小鳥が止まっていた。

鶴子の視線を感じた小鳥たちは嬉しそうに鶴子の周りを飛び回っていた。

スズメでもないし、普段見かける白黒の鳥(セキレイ)とも違う。

「見た事がない色の鳥だけど、とてもきれい」

鶴子の気持ちが伝わったのか美しい鳥たちは時々、肩や腕に触れるほど近くを飛び回っている。足元には白い花が咲いていた。

初めての様で、よく見かけた気もする大きな花だった。

振り返ると、歩いてきた道に点々と花が咲いていた。

再び歩き始めると用水路の向こうに高い外壁が現れた。


どうやら橋を渡ると街がある様だ。


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