赤ちゃんを助けたい
鶴子は母の実家である八犬神社に居た。
朝から祖父の清史郎にまとわりついていたが清史郎は嬉さを微塵も出さずに神社の仕事を続けていた。
「おじいちゃん、いつからもりや不動産の仕事依頼をうけてたの?」
「おじいちゃんが現れた時はマメ鉄砲食らったみたいに思考が止まったよ~」
「ねー、ねー、麻美さんのお店の赤ちゃんはどうなるの?」
とにかく質問は止まらなかった。
「わかった、わかった、ちょっと待て。
和代さんが死んでからは朝の仕事が大変なんじゃ。話がしたかったら手伝いの一つもせんか」
和代さんとは鶴子の祖母だ。2年前に他界した。
「うん、わかった」
鶴子は喜々として神社の仕事に掛かった。
まずは境内の掃除だが、鶴子がほうきを手にした時には、ほとんど終わっていた。
次は供物の準備に取り掛かる。祈祷予約に合わせて準備をする。
この日は戌の日(いぬのひ)だった為に安産祈願の予約が4件入っていた。
他にも商売繁盛や、車の納車に合わせて安全祈願の予定も数件あった。
祈祷の最後に神様にお供えする榊(さかき/常緑樹の葉)を同じ長さに切りそろえ紙垂(しで)を取り付ける。紙垂とは神社でよく見かける、しめ縄などに付いている白い紙の事と言ったらイメージできるだろうか。
鶴子は幼い時から母に連れられて八犬神社を訪れていた。
10歳(小学3年生)になると一人で自転車をこいで、この神社に通っていたし、夏休みともなれば自宅によりも祖父母の元に居る方が多かったのだから仕事は身に付いている。
とにかく神社が好きで毎日の様に神社の仕事をしていた記憶がある。
しかし7歳より前の記憶は無いが本人は気づいていない。
手際よく仕事を片付けて、社務所の窓ガラスを拭き上げて全開にする。
社務所の中に朝の空気が流れ込んで来る。
お守りや絵馬を整頓し、祈祷の受付用紙を鉛筆と一緒に並べれば準備は出来上がりだ。
朝の6時を過ぎると、参道を散歩道にしている年寄りや出勤前のトレーニングで階段を駆け上がって来る男性などの姿を見かけるようになる。
祈祷の受付開始は八時半からだから、神職(しんしょく/神様に奉仕する仕事をする人をこのように呼ぶ。神主とも言う。)の食事は、受付開始前の、この時間帯になる。
6時半に社務所の奥にある台所と和室に戻ると、鶴子の母、美和(みわ)の兄、清(きよし)が迎えてくれた。
「鶴子ちゃん、久しぶりだね」
「清おじさん、おはようございます」
味噌汁と魚の焼ける、いい匂いがした。
「今日は手伝ってくれて助かったよ。父さんも嬉しそうだし」
「そうかな? そうなの?」
「ふふふ」
孫の鶴子が就職後に顔を出さなくなり口に出さずとも面白くないのは誰から見てもありありだった。先日の出張(祈祷)で鶴子に再会して戻ってからは上機嫌だった上に鶴子が早朝からやって来たのだから嬉しくて仕方ないに決まっている。
3人そろって食事を済ませた。
清史郎が箸を置くなり鶴子は尋ねた。
「ねぇ、紀州の赤ちゃんを助ける方法あるの!?」
「あるには、ある」
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